第278話 サイツ侵攻

 クラン様より書状が届いてから、二週間ほど経過したある日、クラン様からの二通目の書状が届いた。

 現在、季節は七月末。冬も終わりが近づき、もうすぐ私の15歳の誕生日を迎える、そんな日だった。


 今まで通り防備を固めろ、と指示が出ていればいいが……

 そう思って、私は封筒から書状を取り出したが、その願いは叶わなかった。


 サイツ州を攻めろ、クラン様から指示が書かれていた。


 命令だけでなく理由もきちんと書いてあった。

 サイツ州は今手薄になっているので、落としやすくなっているという点。

 また、城を落とせば今ミーシアンに侵攻を仕掛けている、サイツ軍が防衛のために兵をある程度戻さざるを得なくなる点。

 カナレの軍は非常に優秀であり、短期間で城攻めを成功させることが可能という点。

 三つの理由から城攻めをすべきだと書いてある。


 理由も書いてあるので納得するしかない。

 本音を言えば攻め込むのは嫌だが、命令とあっては従わざるを得ない。


 また、援軍として一万五千の兵が来るようだ。メイトロー傭兵団も援軍として来るらしい。

 まさかの共闘三度目である。頼もしい味方であるので、援軍に来てくれるのは素直に喜んだ方がいいだろう。


 カナレは人口増加の影響で、以前より兵が増えて総勢一万三千くらいいる。

 もちろん全兵を出撃はさせられないが、三千人くらい残していれば良いので、一万人出陣可能だ。

 総勢二万五千人の兵士で攻め込むということになる。

 

 プルレード郡を落とせるかは微妙な数だ。

 だが、とにかくこういう指示が出た以上、やるしかない。


 私は家臣たちを集めて軍議を開くことに決めた。




 書状が届いた翌日。


 緊急招集された家臣たちが一堂に会し、軍議を開始した。

 私は書状の内容を話し、どういう戦略でサイツを攻略すべきか意見を求めた。


「しかし、この状況でサイツ州への侵攻をクランが指示するとは。あいつもたまにはやるじゃないか」


 ミレーユはクラン様を褒めた。

 彼女はサイツを攻めたがっていたからな。この指示には賛成なんだろう。


「いやいや、ここで攻めるのは結構リスクありますよ。サイツがどれだけ州内に兵を残しているのか、はっきりとは分かりませんし」


 ロセルは不安があるようだった。

 州境の砦を守っている兵の数はある程度分かっているが、サイツ全土の兵がどのくらいいるかは不明である。


「ミーシアンに攻め込むくらいだから、相当用意してんだろ? サイツ州の人口からしてそんなに残っているとは思えないけどね」

「それはそうですけど……傭兵と契約している可能性もあります」

「傭兵ねぇ。仮に契約してても普通に攻めるのに使うでしょ」

「それはそうですけど……俺はそもそも攻め込んだ後、ミーシアンから敵が兵を本当に引き上げるのか疑問があります。アルカンテスを陥としさえすればサイツ州からすると物凄く有利になります。辺境の郡を陥とされたとして、お釣りが来ますよ」

「ロセル、敵軍はルンド郡を陥とした後、アルカンテスは狙わないよ。サイツから遠いし、こんなところ陥としても兵站が持たない。恐らくルンド郡を陥とした後はマサを狙うだろう。その後、マサとサイツ側から二面攻勢を仕掛けて、カナレを陥とさせるっていう流れになるはずだ」

「マサを取られても不利ですよ! てか、カナレから考えればもっとやばいじゃないですか!」


 ミレーユとロセルが戦がどういう成り行きになるか議論していた。

 確かに城を落としたからと言って引き返すとも限らない。ミレーユの言葉通りになれば、ミーシアンから見てもカナレから見ても非常にまずい。二方向から軍が侵攻してきたら、流石に耐え切れる自信はない。


「二人とも。指示は出たんだし、今更どうなるか議論しても無駄だよ。今はどうサイツを攻略するのかの軍議だ」


 リーツが窘めるように言った。


「それにサイツ州をこちらに引き寄せられるかどうかは、僕たちの働きにかかっている。早めに城を攻略できれば、それだけ敵も脅威に感じて、兵を引き上げてくるだろうしね」

「そ、それはそうですね。すみません、リーツ先生」


 ロセルは素直に謝った。


「まずはカナレと隣接しているプルレード郡を攻略しなくてはいけません。プルレード郡の戦力に関しては把握しておりますが、流石に辺境の郡ということもあり手薄にはなっていないようです」


 リーツが敵戦力の説明を行った。

 ミーシアン攻めにプルレード郡の兵士は動員していないようだ。まあ、当然か。


「逆に守りの兵を増やしたりはしていないのかい?」

「いつも通りという話だ」


 リーツはミレーユの質問に答える。


「ふーん。この状況だと、隙をついてカナレ側から攻め入るのは想定は出来るだろうから、せめてプルレードだけでも防備を固くしてもおかしくはないんだけど。兵に余裕がないのか、カナレをなめてるのか、もしくは攻めてくることを想定しないくらい馬鹿なのか」

「プルレード郡は守りが固いので、それほど大勢の兵はいらないと考えているかもしれない。実際、カナレの兵力だけで落とすのは困難だ。メイトロー傭兵団が援軍に来なければ難しいだろうし」


 プルレード郡には要所を守るプルレード砦が存在しており、これがかなり堅牢な砦だ。簡単には落とすことは出来ない。

 また、プルレード郡にはほかにも、オーロス城という城が存在している。プルレード砦が襲撃を受けた場合、すぐに援軍に行ける位置に作られている城だ。城自体は大きくないが、丘の上に作られており、少し攻めこみづらい。


 包囲して落とすのはなかなか難しいが、強行突破するにもプルレード砦は堅牢な砦なので難しい。


「まずオーロス城から落とすのもありだね」


 ミレーユが提案する。


「うーん、この位置だと糧道を断たれかねませんよ。オーロス城も攻め込み辛い位置にあるから、簡単に陥とせないと思うし」


 ロセルが反論する。


「でもこの城があるからプルレード砦を攻めにくいのは間違いない……」


 どうすべきかロセルは悩む。


「あのさー、この前作った飛行船って奴使えば良くない? あれめっちゃすごい発明なんでしょ?」


 一応軍議に参加していたシャーロットがそう発言する。


「飛行船ですか……」

「まあ、あれをプルレード砦上空に浮かせておけば、敵は攻撃を防ぎようがないから降伏一択になるだろうね」

「確かにそうですね……」


 城攻めをするにしても、現状相手が飛行船を持っていない以上対処のしようがないので、無双できそうである。

 別に下手に戦略を立てなくても、勝てそうな気がしてきた。


「問題はどうやって飛行船を砦付近に持っていくか、でありますな」


 マイカがそう言った。


「そんなもんここから飛んでいきゃいいんじゃないかのか? めっちゃ高いとこ飛べるんだから、敵兵に撃墜される心配もないし」


 リクヤがそう言った後、マイカは呆れたようにため息をつく。


「一度に飛べる距離に限界があるということを聞いておらんかったのか兄者は。ここからプルレード砦まで行くのは恐らく無理ですぞ」

「そ、そうなのか」


 飛行距離に限界があったな。プルレード郡は人が住める地域が少ないので人口は少ないが、面積は結構広い。プルレード砦までも結構遠いので、一気に飛んで行くことはできない。


「なるべく近づいてから飛ばしたほうがいいだろうね。悪天候だと飛べないから、長時間飛ばすのはリスクがあるし」


 ミレーユがそう言った。

 この世界に天気予報なんてものは存在せず、いつ天気が悪くなるかは全くわからない。

 プルレードは雨こそあまり降らないものの、風が非常に強い日などはもちろんある。風が強すぎると墜落の恐れがあるので、飛ばすのは難しい。


 もし途中で降りないといけないとなったら、敵地で降ろされて孤立する恐れがある。

 そうなると、飛行船は高確率で壊されてしまう。現状、一隻しかないのであまりリスクのある行動は取るべきではない。


「風の魔力水も数がまだ揃っておりません。援軍が来たらすぐに侵攻をかけないといけない現状では、風の魔力水を補給する時間もありません。長距離の飛行は避けるべきです」


 リーツが補足して説明した。

 風の魔力水は大量に仕入れるつもりだったが、時間が足りずまだ大量には買えていない。現在持っている量だと、長距離飛行は困難だろう


「てか、そもそもの疑問だけど、飛行船は今攻撃用に改修してるはずだけど、いつ頃完成すんの?」


 ミレーユが質問した。確かに飛行船の改装が完了したという報告は受けていない。


「かなりの速度で改装は行なっているので、今月中には完成するはずだ。メイトロー傭兵団がカナレに到着するのが早くて今月末くらいだろうから、攻略を行うタイミングには間に合うはず」

「それなら使えそうだね〜」


 リーツが質問に答えた。


「長距離は飛ばせない。となると、カナレとプルレード砦のちょうど中間の位置に即席で砦を建築し、そこに飛行船を輸送。そこから飛行船を飛ばしてプルレード砦まで向かわせる、とするのがいいと思います」


 ロセルが戦略を話した。


「中間地点に砦ね。敵も黙って作らせてはくれないだろうから、野戦になるだろうね」

「それは勝てばいいだけです。敵軍はプルレード砦にはそれなりに大勢の兵を残してはいますが、メイトロー傭兵団の援軍を含めれば、兵力はこちらの方が上ですし。そもそも、全軍で建築阻止には来ないでしょうから」


 ロセルがそう説明した。

 急造の砦建築は、魔法を使えば作れる。

 魔法を使う者と、それからどういう構造の砦を作るのか指示する者が必要だが、カナレ郡にはリーツを始め築城適性が高い者が多い。

 作るのは可能なはずだ。


 戦略はこれで決定した。

 プルレード砦までの中間地点に砦を建築し、そこに飛行船を輸送する。

 飛行船を輸送する際は、とにかく注意して運ぶ。敵の密偵などが破壊工作を行うかもしれないので、シャドーを護衛に置いて安全に運べるようにする。


 仮に飛行船が途中で燃やされたりして、使用が不可能になった場合どうするかも話し合った。


 その場合は、やはりプルレード砦を先に落とすのは難しそうなので、オーロス城から落とした方がいい。

 糧道を断たれないよう、なるべく糧道を守るための兵士を増員する。その分、オーロス城を攻め落とすための兵士は少なくなってしまうが、そこは戦術で何とかする、という形になった。


 ただ、思ったよりサイツ州全体に兵士が残っていて、プルレード砦に大勢の援軍が送られてきた場合は飛行船が機能しないと砦を陥とせない可能性が高い。

 その際は素直に撤退して、守りを固める。

 結果カナレまで陥とされてしまうのが一番不味いので、もしもの場合、撤退の判断は早く下すべきだろう。

 それでクランの怒りを買うということはないはずだ。


 戦略を決めたあとは、戦の役割分担を決める。

 築城はリーツが指示。シャーロット率いる魔法部隊が魔法を使用する。

 建築を邪魔しに来たら応戦する。


 恐らく敵は大軍を出陣させることは出来ないだろうから、負ける心配はなさそう。

 ただ、戦が起こると砦の完成が遅れてしまう。その間に、プルレードにほかの郡から援軍が来てしまうという可能性もある。 

 砦の建築は急ピッチで進めなくてはいけない。


 飛行船の輸送はシャドーとブラッハムの部隊が担当する。

 敵が破壊工作をしてきた場合は対処する必要があるので、なるべく腕ききの兵士で護衛しながら輸送は進めたい。そのための役割だ。

 砦の建築が終わり次第すぐに輸送を開始したいので、ブラッハムとシャドーは前線には送らない。

 

 軍議は終了し、私たちはサイツ侵攻に向けて、準備を着実に進めていった。


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