第277話 カナレへの指示

 アルカンテス城。


 クランは急ぎ、城にいる者たちを集めて軍議を行なっていた。

 軍師であるリーマス、クランの右腕であるロビンソン、それからアルカンテス付近の領地を治めている貴族たちが集められている。

 緊急事態なので辺境にいる貴族たちを集めての軍議は行わず、書状だけを急いで送った。


「さて……困った事態になりましたな」


 軍議が始まり、最初に言葉を発したのはリーマスだった。呆れたような表情を浮かべている。


「敵が手を組むのは予想はできたことだが、こうも早く手を組んでくるとはな。パラダイルとサイツは元々関係が良いわけでもなかった。余程サイツ総督がやり手だったか、それともパラダイルのミーシアンに対する恨みが深かったか」


 クランがそう発言する。


「両方でしょうな。サイツ総督アシュドは下克上を果たした男。無能な人物ではありますまい。パラダイルもミーシアンには裏切られたと感じておるでしょう。先の戦で協力したのにも関わらず、独立宣言をされたのですからな」


 リーマスはそう言った。どこかクランを非難するような口調だったので、クランは眉をひそめる。

 パラダイル州は、他州とは違い皇帝への忠誠心が厚いため、サマフォースから独立を宣言し王を名乗ったクランの行動に対して激怒していてもおかしくはない。

 以前、同盟を組んだ仲なら尚更だろう。


「一つ言っておくが、独立宣言を行ったことに後悔はないぞ。第一間違った判断だったとして、もう遅い。今はこの状況に対処しなければならない。別に戦力的に必敗な状況ではないはずだ」

「まあそうですが。しかし、ルンド郡の状況は間違いなく悪いですぞ。州境の郡では一番警戒してなかった場所ゆえ、防備が薄い。元々城も堅牢とは言い難いですし、単独で守り切ることは不可能。援軍を今から送って間に合うかどうか分かりませぬ。サイツとパラダイル連合となると、相当な大軍が攻めてくることは間違いないですからな」


 大軍で攻めてくるとなると、援軍も大勢用意しなければならないが、大軍を動かそうと思ったらそれだけ時間がかかる。陥落前に間に合うかは微妙なところだった。


「……陥とされたら取り返せばいいだけのことだ。元々サイツを攻め落とすため、新たに傭兵を雇い、戦力の増強も十分である。サイツ、パラダイル連合といえ、負けないだろう」


 ミーシアンは景気が良く、国王であるクランは大金を動かすことが可能だ。

 数の上では新しく雇った兵を入れれば、サイツ、パラダイル二州の合計にも引けを取らない。


「アンセルの動きはどうなっている?」


 クランはロビンソンに尋ねた。


「アンセル州は相変わらず州内の覇権争いで、纏まりきっておりません。また領地を接しているローファイル州の脅威もあり、パラダイルから援軍の要請があっても軍を動かすことは不可能でしょう」


 ロビンソンは質問にすぐに答える。

 アンセルが動けないと聞き、軍議に参加していた貴族たちはほっとしたような表情を浮かべていた。

 流石に三州と同時に戦となれば勝ち目は薄い。


「大軍で援軍には来ないだろうが……警戒は続けておくべきだろうな。纏まっていないがゆえに、アンセルの各郡が自己判断で行動を起こすこともある。兵が手薄になれば、州境の郡がそれを見て攻め込んできてもおかしくはないだろう」

「それはそうですな。アンセルは実情が外から見た限りでははっきりと分かりませぬし、用心はしておいた方がいいでしょう」


 アンセル州には、サマフォース帝国の皇帝がいるが、皇帝はまだ若く実力もないため現在はお飾りであり、実権は家臣が握っていた。

 その状況をよく思わない者も大勢いた。

 自分が実権を握ろうと企む者や、皇帝に権力を戻すため動く忠臣、様々な思惑があり、たびたび内乱が起きたり、有力貴族が暗殺されたり、謀反の計画がバレて一族郎党処刑されたりと様々な事件が頻繁に起きていた。


 いきなりアンセル州が一枚岩になり、戦に大量の援軍を出してくるなどということはないだろうが、アンセル内の勢力の一つが戦で漁夫の利を得ようと、何らかの軍事行動を起こす可能性は十分にあった。


「とにかく州境以外の郡を治めている郡長たちに、一旦アルカンテスに兵を集結させるよう指示を出す。ルンド郡への援軍が間に合わなければ、取り返すための攻城戦になるだろう」

「州境以外となると、今回はカナレ郡は守りを固め待機ということでしょうか? いささか勿体無いような気がいたしますが……」


 クランの言葉を聞き、ロビンソンが意見を言った。


「確かにカナレの将兵は極めて優秀であるが、サイツとの州境にある以上、防備を無視は出来まい」

「カナレからサイツに攻め込ませるのはいかがですか? うまくいけば敵の兵力を分散させられるかもしれません。実際に城攻めをさせるわけではなく、あくまで攻め入った振りをさせるだけでも、サイツはカナレの兵に恐怖心があるでしょうし、効果的かと思います」

「攻める振りか……」


 クランはロビンソンの意見を聞き、腕を組んで思考をする。


「脅しにはなるが……ただ兵を出すとなると当然リスクは発生する……リーマスはどう思う?」


 悩んだ末、クランはリーマスに質問をした。


「わしは攻めるふりをさせることについては反対ですな。カナレの兵力で攻め入っても、脅しにはならんと思いますぞ。少なくともカナレが攻めてきたと報告が来て、サイツ側が兵を分散させることはないかと。そこまでカナレを恐れておったら、ミーシアンを攻め落とそうと戦を仕掛けてはこんでしょうからね」

「確かにサイツ側も陽動に引っかかるほど間抜けではない……か」

「ですが、カナレの強兵たちを戦が起きるか分からぬ場所に置いておくのは、勿体無いのも事実。わしとしては、攻める振りではなく、実際に攻めさせるのが良いと思います。城をいくつか落とせば、サイツも慌てて兵を引き上げざるを得なくなるでしょう」


 リーマスの意見を聞き、クランは少し驚いたような表情を浮かべる。


「実際に攻めさせる? しかし、カナレの兵力で城を落とすのは難しいぞ。下手に攻めてもし大敗でもすれば、その後カナレ郡を落とされる可能性だってあり得る。まあアルスたちががそこまで一方的にやられることはないとは思うが……」


 城を落とす際は、守る場合より多くの数の兵が必要になる。

 カナレはミーシアンの中でも、人口は多い方ではなく兵力も十分とは言えない。

 いくらカナレに優秀な将兵が揃っているとはいえ、城攻めを指示するのはリスクが高かった。


「援軍を送ればよろしいでしょう」

「援軍だと? 敵軍の数を考慮すれば援軍を送る余裕などない」

「城攻めが成功しさえすれば、敵軍は大勢の兵をサイツに戻すでしょうから、そうなれば援軍を出そうと防衛は成功しますぞ」

「それはそうだな……ただ、出すにしてもどのくらい出せば……多すぎるとこちらの防衛が持ち堪えられんかもしれんし、少なすぎたらカナレの侵攻が失敗する可能性がある」

「一万五千ほど送ればいいのでは?」

「一万五千か……それで陥とせるだろうか……」


 ロビンソンの提案を受け、クランは悩む。


「それから、メイトロー傭兵団をまた援軍に行かせてみてはいかがですか? 彼らは質の高い兵士の集まりですし、助けになるはずです。最近報酬を使って団員を増やしたという話も聞きましたし」


 さらにロビンソンはそう提案した。


「メイトロー傭兵団か……リーマスはどう思う?」

「わしも一万五千くらいが妥当だと思います。あと、メイトロー傭兵団も行かせた方がよいでしょう。以前援軍に行かせた時はカナレの防衛を任せましたが、本来は兵の気質的に守りより攻めに向いている傭兵団です。カナレと何度か共闘しておるので、連携も取れておりますし。数は多くなくとも、練度が高ければ城を落とせる可能性もあがりますぞ」

「うむ……確かに……」


 クランは考えこむ。

 援軍としては効果的ではあるが、防衛の戦力として残しておかなくていいのか、クランは思慮を重ねた。


(優秀な援軍を出せば城の攻略スピードも上がるだろう。中途半端な兵を送って長引かせるくらいなら、送らない方がマシだ……)


 クランは考え込んだ末、


「よし、ローベント家にはサイツ州への侵攻を指示し、その援軍としてメイトロー傭兵団を含む一万五千の兵を向かわせよう」


 そう結論を出した。

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