<禱れや謡え、花守よ・異聞>柳吹く風愛唄
@GAU_8
第1話 恋せし乙女は刀也
「呼びつけてすまなかったな。」
サァと襖を引いて景千代様が現れる
真向かいに座り、目線が合う
「いいえ。頭目たる
「よい。楽にせよ。今日は
…!それは…
「それは…」
「単刀直入に聞くぞ、風車。お前、涼を何処へ消してしまったのだ。」
「いいえ、景千代様。涼はここにおります。私こそが「いいや、風車。今、お前の内に涼は居ぬ。その目にあるのは鈍い鉄の色。
今のお前は血を啜るだけの刃となってしまった鉄の人形よ。」
分からない。景千代様が何を言っているのか分からない。その目が怖い
「何も言えぬか。では、問いを変えよう。
お前。霊魔の声に耳を貸したろう。何を吹き込まれたのだ。」
何を?いいや何も。あれは事実を述べていた。それだけだ。
力なき私は刀に…
「力なきは刀に非ず。胸にその名を刻め。…とは、お館様の言であったな。
拙ら七本刀が各々、刀の名を賜った時の言葉だ。」
「はい。しかと記憶しております。ですので、こうして私は風車として」
やはりな。と漏れた声が聞こえた
「お前に風車の名は重かったようだ。…腹を切れ。」
「え?」
「聞こえなかったか。切れ、と申したのだ。」
「な、何故。何故なのですか景千代様。何故私は「お館様の言を軽んじた為だ。そのような者に七本刀は務まらぬ。即刻腹切りその名お返し給え。」
ごとりと白鞘の短刀が目の前に置かれた。有無を言わさぬ鉄の目は私を捉えて離さず
私のものではなくなってしまった鼓動が早くと急かすように騒ぐ
震える手が柄を掴み、ギラギラと光る刃を剥き出しにする
腹切りの作法など私は知らない。ただ、この刃を突き立てれば私は死んでしまうのだろう。それだけは分かった。
思いとは裏腹に勝手に動く腕が力を込めた
「…生へ縋る心が打ち勝ったな。」
パシン!と響く音。見れば私の腕をぐっと景千代様が掴み、すんでのところで引き止めていた
するりと短刀を奪い、ビュッと自身の頬を裂く
訳も分からず飛んだ血を追いかけることしか出来なかった私へ今度は優しい声音が降る
「お前は見事、風車を殺して見せた。此度はこれで手打ちと致そう。」
呆けることしかできない。私がここに居て、景千代様が傷を負う理由すら分からないのだ
血を拭っただけでそのままにして再び向かいに座った景千代様が口を開く
「お館様の言だ。力なきは刀に非ず。胸にその名を刻め。とはな。芯鉄を強く持てという意味なのだ。
刀を名を持つとも己を見失わず、強く我を持てとの警句である。
しかし、お前は若くそこに付け込まれたのだろう。風車であろうとする余り皮鉄に執着してしまった。
故に刀に取り憑かれたのだ。風車は己を幽世に近づけさせる刀であるからな。
…このような荒療治となったこと。深く反省しよう。そして願わくはもう一度風車の名を拝して欲しい。」
地に着くほど深く頭を垂れる。ポタリと血の垂れるその姿に駆け寄る
「顔をお上げください景千代様。全ては私を思ってのこと。ならば何を責めることがありましょうか。
それよりもまずはその傷を。これを恥と思うならば私に手当てをさせてください。」
景千代様はただすまぬ。と顔を上げただけだった
止血をし、油を塗って脱脂綿を貼る
「…痛みますか。」
「いや、己でつけた傷だ。何ともない。」
強がりだろう。この傷はきっと跡となって残ってしまう
「それよりも、涼よ。」
「はい。」
「本当に良いのか。風車の名を被れば霊魔共と渡り歩くこととなる。お前は…」
「良いのです。私は景千代様のお傍に居られることが何よりも…。」
「そうか。そう言ってくれるか。しかし、拙は酷い男だ。
悩むお前に声をかけることすら出来ず、果ては刃を向けるような男だ。
それでもお前は拙の傍にありたいと願うのか。」
「はい。それが涼の願いであります。」
「…そうか。ならば、拙も話さねばなるまいな。」
そういって懐から長細い包みを取り出した
「涼よ。先にも言った通り拙は酷い男だ。
魔に堕ちたならば知己であろうと斬り、それに与するならば同じく斬る。
それがお前であっても拙は躊躇わず斬るだろう。
逆も然りだ。このような身、恨まれて当然。いつぞ野垂れ死ぬとも限らない。
それでも良いというのならば…これを受け取ってはくれまいか。」
包みを開けばそれは簪。赤珊瑚の綺麗な玉簪が包んであった
「これを…私に?」
頷く
「…嬉しい。嬉しい、です。今はつけられませんが、この簪が似合うよう髪も伸ばしますね。」
「う、うむ。…さぞ似合うだろうよ。涼は美人だからな。」
「お声が小さく聞き取れませんでしたが…景千代様?」
「いや、いいのだ。何もない。」
本当は聞こえていたのだが、私の方が恥ずかしくなってはぐらかしてしまった。
- 了 -
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