叱責と提案と蕎麦

「恥を知りなさい恥を!」

 そう言って怒鳴ったのは意志の強そうな眉を持つ女性だった。

 名を雪緒ゆきおという、栄吉の奥方だ。

「一体何度命を救って貰えば気が済むのですか! こんな事じゃ末代まで恩なんか返せませんよ⁉」

「はぃ」

 まるで親に叱られる子供の如く、縮こまって正座する栄吉。

「こんな小さい子たちまで巻き込んで。どういうつもりですか⁉」

「はぃ」

 もうこれしか言えないのである。

 一通り栄吉に小言を叩きつけた後、雪緒はくるりと鴉太郎に向き直った。

「怖い思いをさせてごめんなさいね。大変だったでしょう?」

 先の剣幕とは別人のように穏やかな声に鴉太郎は肩を強張らせた。

「い、いえ。無理言って連れて行ってもらったのはおれですから・・・・・・」

 鴉太郎の言葉に雪緒はいい子ねと微笑む。

「ところで相談なのだけれど、貴方ここで働かないかしら?」

「え?」

 思いもよらない提案に鴉太郎は疑問符を返した。

「鳶丸さんの手助けをしてもらいたいの。私たちはあの人に恩があって、でもあの人は片腕で不便でしょう? 私たちも仕事があるから付きっ切りという訳にはいかないし。それに鳶丸さんは貴方達のこと気に入っているようだから。勿論無理にとは言わないわ。でももし受けてくれるのなら、衣食住と、それから多くは無いのだけれどお給金もあげられる。どうかしら?」

「はい! やります! やらせて下さい!」

 願ってもない話だった。

「良かった。子供が家にいると私も嬉しいもの」

 雪緒は嬉しそうに笑う。後ろで項垂れている栄吉が見えなくなって仕舞いそうな程に。

「・・・・・・あの、ここまで良くしてもらって厚かましいとは思うのですが」

「何かしら? 言ってごらんなさい」

 遠慮がちに切り出した鴉太郎に雪緒は不思議そうな顔をした。

「その、お給金なんですが、前借は出来ないでしょうか。どうしても行きたい所があるんです」

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漆鳶と鴉の子 木々暦 @kigireki818

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