結び

 ***


 彼の死。それは彼女にとっての未練だった。

 できるのなら救ってあげたかった。きちんと回復し、自分と同じ生活ができるところまで、見届けたかった。

 回復を信じていた。それなのにと。


 あの日、彼女は大切な人だけでなく、自分の想いすらも失った。そう、最初から最後まで彼女の片思い。彼女はあの日、明確に振られたのだ。


 どうしようもなかったことは分かっている。

 これが運命なのだと、受け入れた。

 それでも、想いは燻る。


 所詮は初恋だ。忘れてしまえと、彼は言った。

 だけど、それはどうあがいてもできない相談だ。だから今も、彼を忘れられずにいる。


 結局、彼とは家族になれなかった。それがなによりの心残りだった。


 それでも、彼と出会ったことに後悔はない。

 彼と過ごした日々は幸せだった。大切な思い出でもあった。例えるのなら砂糖菓子のように甘く、とろけるような感覚。

 今でも思い出す。彼が褒めてくれた紅と、あの日――心に広がったレモンの味を。


 彼が褒めてくれたのなら、変えてくれたから、今の自分がある。

 自分はもう、昔の自分ではない。ならば、くじけてばかりではいられない。

 天国にいる彼に見られても恥ずかしくないように、今でも彼女はその身を飾る。



 静まり返った喫茶店。

 郷愁に駆られながら、席を立つ。


 ああ、そうだ。

 彼女は今でも、彼のことを愛している。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夕紅とレモン味 白雪花房 @snowhite

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ