あの星々に願いを

脳幹 まこと

生涯賃金ならぬ生涯評価について


1.

 最近、自分の中に酷く打算的な心が芽生えていることに気付いた。具体的に書くなら、何かをする度に「どれくらい価値があること」なのかを換算するようになった。

 例えば小説を作るとする。思うまま書くだけで良かったはずなのに、今は作品を書き上げる為の時間や疲弊具合を勘定に入れるようになった。その後、これで☆はいくつ貰えるのだろうかと考えて、釣り合いが取れそう(あくまで主観だけど)だと思ったものだけを書き進めていく。

 そんなことだから、書いている途中で急に割の合わなさを感じて投げてしまう。放棄した書きかけの小説がまたひとつ出来上がる。

 熱意が足りないのだと思われるだろう。実際、そうだと思うが仕方がない。私の心中には「やるべきこと」が沢山あり、小説はあくまでその候補のひとつでしかないのだから。

 最終的には「キング・オブ・やるべきこと」がライフワークとなり(現時点では輪郭すら見えないが)、最終的に私はそれに付きっ切りになる予定である。


 コストパフォーマンスの高いことをしなくてはと思う。でも何を基準にして高い低いを決めれば良いのだろう。例えば☆のひとつは、いくらに換算されるのだろうか。

 フォロワーを獲得した時の喜びは、スクワット何回分に該当するのだろう。高尾山の頂上に着いたら、小説を三千文字進めたくらいの実感が得られるのだろうか。また、この作品を書き終えた時の感慨、やりがいといったものは、高尾山によって埋められるのだろうか。

 この作品がひとつの☆も貰えなかったら、私が三時間かけて小説を書くよりも、三時間ずっとラジオ体操をしていた方が互いにとってマシってことになるのか。

 でも、三時間ずっとラジオ体操をするくらいなら、ドブに千円札を突っ込んだ方が人生経験になるような気がするなあ。お札がドブに辿り着いたら、その結末を見守ってやるつもりだ。おおよそ三時間くらい。


2.

 いいよな、○○は――好きなことして稼げるんだから。

 少し前まで、有名人の活躍を見る度にこんなことを思っていたのだが、今となっては凄さに感嘆するばかりだ。だって「好きなこと」に生活出来るだけの価値を付加しているんだから。自分だったらとても怖くてやれない。大体そんな将来性のある「好きなこと」が想像できないし。

 打算の上で成り立ってようが、熱意の上で成り立ってようが、関係ない。凄いことは凄いとしか表現できない。また、誰かのインタビューが始まる。その人の信念、進展、深淵――成果に至るまでの道筋が提示される。ああ、とても真似できないな。あの人の努力は一体、☆いくつ分なんだろう。


……☆? 何をふざけたことを。舞台が全然違うじゃないか。☆なんて関係ないじゃないか。人生に値段なんて付けられないのと一緒だ、プライスレスなんだ。

 でも、有名になったということは、何らかの行動をし、何らかの基準を超えたということだ。そう、私が三時間かけて小説を書く数億倍くらいの価値のある、何かをしたということだろう。それが誰かの琴線に触れたということじゃないか。

 努力は☆に変換できないのか。他の行動、スクワットや高尾山やドブ捨てにおける充実感に変換することは?

 不幸においてはどうだろう、もしくは犯罪においては。例えば高尾山から滑落したり、他人のお金をドブに捨てたりする。それは★いくつに該当するのだろう。★が百個くらい溜まりそうなのは何だろう。仮にAmazonに出品されたら、どれくらいの評価になるのだろう。☆四つは欲しいな。レビュー数が五十件くらいあると信憑性も増す。それを実現するための行動として効率的なものは何だろう。コストパフォーマンスを高くするにはどうしたらいいだろう。


3.

 現実的な着地案。誰かによって、高い評価がされたものを是とする。

 本を買う、ゲームをする、どこかの店に向かう。趣味や転職先を選ぶ――これら全てにおいて、評価を参考にしてみるのはどうだろう。

 評価が高いなコレにしよう。自分としてはピンときたけど評価が低いから見送ろう。評価が高いのに楽しめないのは自分のセンスが悪いのか。あいつの勤めている会社に評価で勝っているから安心だ。

 どこか間抜けに見えるけれども、侮りがたし。この評価優先案により、私の躊躇する時間は遥かに短くなった。誰かが評価してくれているという安心感がある。多くの☆に囲まれることは悪いことじゃない。星が多くなれば夜道も明るく照らしてくれる。

 都会にはビルの明かりがあるけれども、そこに住む私は垢っぽさの抜けない田舎の男。心中は夜になると真っ暗になってしまう。特に最近は日照時間も少なくなってきて、不安は増すばかり。冬が来るんだと思うと、今の蒸し暑さすらも愛おしいくらい。

……とにかく、☆で出来た揺り籠は心地良かった。関係者各位に心から感謝したい。ありがとう、評価の高いゲームや本。それらを作った制作者、スタッフの皆様。それらを評価し、私に安心感を抱かせてくれたレビュアーの皆様。

 私の役割は恩義に報いる為、何より私と同じような苦しみを負った方に向けて、絶賛のレビューを書くことなのだろう。こうして輪が広がっていくのか。さて、Amazonにアクセスしてレビューを書いて……


 レビューを書くという行為は、一体、☆いくつに該当するのだろう。


4.

 原点に立ち戻ろう。

 どうして私は☆――すなわち、評価や価値というものにここまで囚われているのだろうか。

 回答、年齢を感じることが多くなったから。疲れやすくなり、その疲れが取れにくくなり、走れば動悸、止まっても動悸、寝ている時ですら動悸。視界はかすみ目、記憶はおぼろ気。

 神経質なところばかりが目立ち、少しはあったはずの長所もすり減った。今は思案に耽ることもできるが、老けるに従い、それも許されなくなるだろう。

 今しかないのでは、と思った。今を逃したら、いよいよ一個の☆も得られないかもしれない。千円札ならまだしも、人生をドブに捨てるのはたまらない。だから考えることにした。なるべく早く人生における☆を得る為の方法、コストパフォーマンスの高い生き方を。

 何かをやろう。そして世に送り出そう。実績を、評価を、光り輝くものを。

 私が老いても、死んでも、☆は残るのだ。☆を得た数々のもの達が後世に残り、感動を伝え続ける――


 結論に思考が達した時、突然、胸が張り裂けた。痛みのあまり、私は口をぽかんと開いたまま微動だにできなかった。 

 そうだ。もう、夜空には☆が広がっているじゃないか。それこそ星の数ほど。

 インタビューを受けていた方をはじめ、私より輝いている星達はたくさんいるのだ。私が一生涯かけたところで、果たして☆いくつになるのだろう。何等星になるのだろう。 

 私がいなくても☆はある。私がやらなくても☆はある。私がうごかなくても☆はある――真の結論がここに決した。


 考える、故に我いらなし。

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