23 新たなる怪異の始まり
第1話
桜が満開の校門前で、大きな声が聞こえてくる。
「新一年生しょくーーん! オカルト研究部へよーーこそー!」
満夜が大きく両手を広げて、いつでも感銘を受けた生徒を受け止められる準備をしている。
きっと、初登校日にこうして出迎える満夜に感激しない生徒はいないはずだ……ったのだが、みな危ないものを見るような目つきで満夜を見ては足早に通り過ぎて行くではないか。
「オレは傷ついたぞ!」
これ見よがしに大声で叫んだ。
「満夜……去年で懲りてへんかったん?」
「しかし今年はおまえとオレの二人きりではない。白山くんを見ろ!」
指さす方向に二年生になった菊瑠が白い入部届を片手に、菊瑠のかわいらしさに立ち止まった男子生徒と話をしている。
白い入部届の希望クラブのところにはちゃんと『オカルト研究部』と手書きで書き込まれてあった。
凜理と菊瑠のおかげで立ち止まってくれる男子生徒はいるにはいるが、みんなオカルト研究部のオの字を聞いただけで、『あ、いいです』と言ってスタスタと立ち去ってしまうのだ。
「あれは白山さんが可愛いからであって、入部に興味があるからやないで」
「くうう。オレは決してあきらめんからな!」
「好きなだけつきおうてやる」
呆れたような苦笑いを浮かべて凜理が言った。
近頃、平坂町のいたる場所で化け物の目撃情報が満夜の耳には届いていた。
誰が何を見たと聞く度に満夜たちオカルト研究部部員は目撃証言を聞き込みに行った。
そのときに一様に証言されるみんなが言葉が、
『この世のものとは思えない程大きな、ライオンのような化け物が道を歩いていた』
というものから、『空を飛んでいた』というものまで様々だ。
中には晴天に黒い雷雲が稲妻をちらつかせながら飛んでいたというものもあった。
満夜にはそれが何か、実はまるっとお見通しだった。というか、いつもいざなみ教の本山にやってきて散々飲み食いした後、ほろ酔いで帰って行く姿だとわかっていた。
「ヤツは不用心で良くない。本物の怪異と混同されてしまうではないか!」
満夜は聞き込みの帰り道いつもぼやいた。
「せやかて見える人には見えてしまうんやからしょうがないで」
「そうですよ、芦屋先輩。もふもふちゃ……鵺様もたまたま気を抜いていらっしゃったんです」
「そうそう気を抜いていてもらっては困る。オレが振り回されるのだぞ。もっと重要な怪異を探しているというのに、最近はヤツの目撃情報だらけだ!」
「そんだけ、平坂町が平和になったっちゅうことやんな」
「うう……む……」
満夜の役目は平坂町の謎を解くことで、その謎がつい最近解決してしまった。鵺の封印が完全に解けたことで目の前の黄泉の脅威がなくなったからだ。
「うわああっ!」
思い耽っていた満夜の背後を見た男子生徒が、いきなり悲鳴を上げて駆けだした! が、校門のレールの溝に足を引っかけてけつまずいている。
「お!?」
満夜は慌ててその男子生徒の元へ急いだ。
「大丈夫か!?」
「ひ……ひぃ……ば、化け物が……!」
そういいながら、満夜の背後を指さして尻餅をついたまま後ずさった。
「化け物がなんだ! 何が見える」
「茶色のライオン? ちがう、大きな虎が……宙に浮いてる!」
「ふ、ははははは——!」
「な、なんやの? 満夜」
「わからんのか! 鵺の姿は選ばれたもののみが見ることができる。オカルト研究部に選ばれた幸運な君、是非オカルト研究部に入部したまえ!」
「え、選ばれたもの? オカルト研究部!?」
すっかりうろたえている男子生徒に、満夜が白紙の入部届を突きつけた。
「ここに入部すれば、この化け物をコントロールする術を教えてやろう! でなければ、この化け物に悩まされる日々が続くだろう!」
「ええええ!?」
「それは脅しやな」
「脅しは良くないです」
「うるさい! この鵺が見えるんだぞ!?」
「ぬ、鵺!?」
男子生徒は慌てて立ち上がると鵺と同じくらい危なそうな満夜から走って逃げた。
それもそのはず。満夜の背には布にくるまれた八束の剣が背負われている。まるでファンタジーゲームの主人公のようだ。いいほうに解釈すればだが。
男子生徒の後ろ姿を見つめながら、満夜はほくそ笑む。
「逃げても無駄だ……オレはおまえを捕捉した。昼休みに回収に行くぞ!」
「何言っても無駄やな……」
そんな凜理を尻目に、満夜が声を上げる。
「鵺、ご苦労だった。そろそろホームルームが始まってしまう。解散だ」
「わしに命令するな。後は好きにする」
空中から姿の見えない低い声が聞こえてきた。
凜理は大きなため息をつく。
「はぁ……一年で一番恥ずかしい日やな……」
「毎年これをやってるんですか?」
「これで三年目や。白山さんも覚悟したほうがええで。しばらくこんな具合やから。それにしても満夜、うちらもう三年生やで? 受験勉強に本腰入れなあかん頃や。いつまでもオカルトオカルトいうてられへんで?」
「む……そうだが、オカルトを追求することをやめるわけにはいかん。オレはいずれ術師になるのだからな! こうして鵺を使って能力がある人間を探し、手足として使えるようにしなければいかんのだ。おまえ達のように」
「なんで手足やねん!」
すぱーんと満夜の胸に凜理の力強いツッコミが入った。
「どっちにしても、オレも将来のことは考えている。凜理に言われなくても、大学に行くつもりだ」
「やっぱり平坂大学?」
「うむ。民俗学でも学んで、オレの溢れんばかりの知識に花を添えようかと思うぞ」
「いつもながらえらそうな態度やな」
「それに、大学で我がオカルト研究部に興味を持たんヤツがいるとは思えん!」
必ずいる! と満夜は拳を握った。
「たしかにそうですねぇ……お姉ちゃんもオカルト研究部員だし……」
「そうだろうとも、白山くん! 賢明な人間はオカルトに対して理解がある。先見の明があるものは平坂町にいずれ危機が訪れることを予見しているはずだ!」
「危機が訪れるんですか!?」
「白山さんが不安がるから、そこまでにしときぃな」
「この前も話したが、平坂町には黄泉の入り口がある。今は塞がれているとしても、いずれそれを狙う輩が出現するはずだ。我々にはそれを守る任務がある。鵺の守護だけでは心許ない。ヤツは簡単に封印されてしまうだろう。それにヤツすらこの平坂町の脅威なのだ」
「でも、鵺はもう生け贄はいらんていうてたやないの」
「それを鵜呑みにするのか? それだからおまえは戦闘部員から昇格できんのだ!」
「戦闘部員ちゃうわ!」
すぱーーん!
校舎前でわいわい話しているところへ教師がやってきて、
「はいはいはい、芦屋くん、解散解散!」
満夜の毎年の行動を知り尽くしている教師がパンパンと手を叩きながら、教室へ戻るように言った。
「では諸君! 昼休みに一年の廊下で会おう!」
「しゃあないなぁ……」
「わっかりました!」
桜舞い散る春、芦屋満夜のオカルト探求の道への爆走は今日も続くのであった。
「きゃあああ! 誰!? 給食のおかずを食べたのは!!」
鵺もまた魂の代わりに美食を追求する道への邁進は続くのであった——。
完
怨霊鏡ねこむすめ! 〜オカルト研究部へようこそ〜 藍上央理 @aiueourioxo
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