クリスマスプレゼント

森山 満穂

クリスマスプレゼント

 クリスマスプレゼントを開けるように勢いよく包装紙を破いた。だが、子供の頃のようなワクワク嬉しい気持ちではない。


 今日、12月24日の内に、段ボール50箱に入ったプレゼントを処理しなければならないのだから。


 僕は今年の7月から『ルーチェ』というアパレル店でアルバイトをしている。仕事内容は、レディースの店だという点もあって、店頭販売はなく、バックヤードでの商品整理業務が主だ。人見知りの僕にとってはありがたい仕事だが、まさかクリスマスイブにまで働かされることになるとは夢にも思っていなかった。



 陽気なクリスマスソングが無言の空間を満たしていた。店のBGMが僕のいるストックルームまで聞こえてくる。包装紙の中にあった紺色のスウェットを取り出しながら、聴いたことはあるが曲名が思い出せない洋楽に耳を傾けた。


 作業台にスウェットをうつ伏せに広げ、曲のリズムに合わせて背中側に袖を折り込む。あくまでも普通に作業をしている風に見えるよう腕を曲に合わせてテキパキと動かすだけだ。ここは意外と人の出入りが激しいので、小躍りしながらたたみでもしていたら誰かに見られる可能性が高い。細心の注意を払いつつ、僕は作業を続ける。


 袖を織り込んだまま、曲の息継ぎに合わせて二つ折りにする。そして値札を取り出し、また曲の余白でプライスシールを貼る。その間、さりげなくサイズを確認し、心の中で「S」と唱える。曲の最後の単語と同時にSサイズのスウェットの山にそれを置いた。そしてまたリズムに乗って次々とスウェットを処理していく。


 ふいにドアが勢いよく開き、赤いワンピースの女性店員さんが作業台の横を通り過ぎる。その瞬間、ふわりとバラの香りが鼻先に広がった。つい彼女を目で追う。彼女は少しカールのかかった後ろ髪を揺らしながら颯爽と歩いていた。長い黒髪がワンピースの赤と相まって一層艶やかに僕の目に映った。やはり彼女だった。


 彼女の名前は、三谷 聖夜のえるさん。僕より二つ年上のフロア店員さんだ。見た目はクールビューティーな感じの美人だが、人柄はフランクで可愛らしいところがあり、多くの人から慕われている。僕もそのうちの一人で、口には出さないが、彼女のことを密かに下の名前で呼んでいる。


 彼女が在庫棚の陰に消えるまで見届けると、今度は緑のパーカーの包装紙を破き始めた。全て破き終え、先ほどの作業を始めようとするとまた同じ赤いワンピースを着た他の女性店員さんが入ってきて、近くの棚からグレーのニットを取り、すぐに出ていった。別に赤いワンピースが流行なわけではない。


 この店はアパレル店では珍しく制服がある。僕が入ってきた頃は、桜のような上品なピンク色のシャツワンピースだったが、季節がだんだん冬に向かってくるとサクランボが熟したような鮮やかな赤いワンピースに変わった。



 また緑のパーカーをうつ伏せに寝かせた時、棚の陰から鼻歌が聞こえてきた。


「ふんふんふんふ、ふんふんふんふん~♪」


 聖夜さんだ。彼女はけっこうな確率で無意識に鼻歌を歌っている。その声が意外に可愛らしく、耳なじみが良かった。僕は彼女の鼻歌に合わせて、パーカーをたたんでいく。


「ふんふんふふ♪」


 僕はパーカーを二つに折り、軽く皺を整える。


「ふんふんふ♪」


 タグを取り出し、彼女の声に間が開くとプライスシールを貼り付ける。


「ふんふんふ、ふんふんふふ♪」


 そして、「M」と心の中で呟き、パーカーを作業台の右端に置く。また、新しいパーカーに手を伸ばす。その作業を繰り返した。なんだか彼女とセッションでもしているかのようだ。聖夜さんの鼻歌を聞きながら作業していると、自然と腕もスムーズに動いた。まるで魔法にでもかけられたかのように心地がいい。この時間がいつまでも続けばいいのに。


 そう思った矢先、急に音楽が消えた。もう閉店の時間か。時計を見ると、午後8時半を指していた。まだ段ボールは30箱近くはある。残業決定だ。さっきまでの幸せ気分は消え失せた。



 どれくらいの時間が経ったのだろう。僕はやっとあと10箱までプレゼントを処理し終えた。無心でたたみ続けていたら、時間の流れもわからなくなってしまった。時計を見ると、午後11時を回っていた。もうクリスマスになってしまいそうだ。急いで作業を再開させようとした時、ドアが開き、聖夜さんが白いトートバッグを持って入ってきた。


 お互いに軽く「お疲れ様です」と言い合う。聖夜さんはハンガーラックにトートバッグを掛けると、棚の間を縦横無尽に歩き回った。戻ってくると、次々と商品を「よいしょっ」と言いながらトートバッグに放り込んでいく。僕も彼女を気にしつつ、先程セットしたファーコートをステンレスパイプのついている場所へ持っていく。


 パイプに掛けようとした途端、バチバチッと凄まじい痛みが指先に伝わってきた。静電気だ。


 夏はまだ良かったが、冬になってニットを着る機会が多くなったことで毎回この現象が起きる。いずれは静電気に殺されるんじゃないかと不安でならない。


 痛みを紛らわすため手を振っていると、近くでクスッと笑い声が聞こえた。振り向くと、聖夜さんがこちらを見て笑っていた。恥ずかしくてその場を後にする。


 作業台に戻り、段ボールから今度はケミカルジーンズを取り出す。包装を破いている最中に聖夜さんが戻ってきて、トートバックにピンクのブラウスを放り込む。


「まだ残業?」


 聖夜さんはトートバッグの中の商品を確認しつつ、訊いてきた。


「はい。三谷さんもですか?」

「うん。最近の子は夢がないよねぇ。クリスマスイブ当日に自分で選んだ服をおねだりしてプレゼントしてもらうことが多いみたい。おかげで、店頭品切れで補充のために私は残業よ」


 その言葉に自分もまだ20代でしょと思いつつ、尋ねた。


「なんで夢がないんですか?」

「だってクリスマスプレゼントはちゃんと届けてくれるかわからない方が嬉しいし、楽しくない?」


 聖夜さんは振り向くと溢れんばかりの笑顔を僕に向けてきた。少しばかり動揺して僕は思わず顔を伏せる。聖夜さんは構わず続けた。


「子供の頃、サンタさんからプレゼントくるかなぁ?ってワクワクしながら待ってたでしょ? あんな感じが夢があっていいなと思うんだ。大人になった今でもワクワクしたいって思っちゃうし」


 聖夜さんはそう言うと、またトートバッグに向き直って確認作業を続けた。そして、思い出したようにクスッと笑った。


 その横顔が可愛らしすぎて、一瞬ドキッとする。ごまかすようにまたケミカルジーンズを素早くたたみ始めた。聖夜さんは確認作業が終わったようで、「んしょ」と言いながら商品で膨れ上がったトートバッグを肩にかけた。その姿はプレゼントの袋を背負ったサンタクロースにそっくりだった。


 彼女はそのままドアを開けて出ていってしまった。僕は先ほどの彼女の鼻歌を頭の中で反芻しながら、リズムに乗って手を動かし始めた。



 僕は最後に処理し終わったボルドーのスニーカーを棚に入れた。


 時計を見ると、25時56分だった。作業台に戻ってくると、聖夜さんは「んー」と伸びをしていた。僕に気付くと、「里中くんも上がり?」と訊いてきた。僕が「はい」と答えると、「おつかれー」と言いながらふにゃっと笑った。その表情が可愛らしすぎて、僕はつい口を滑らせた。


「三谷さんって……彼氏、いないんですか?」


 聖夜さんは「え?」と驚いた様子で僕を見た。当然の反応だ。なのに胸がモヤモヤした。


「それって……」


 そう言う聖夜さんの顔は困り顔に変わっていく気がした。


「いや、深い意味はなくて! ただ……お腹空きません? 一緒にファミレスでもどうかなと思ってたんですけど、彼氏がいたら2人ではまずいかなと思ったりして……言葉が足りなくてすいません」


 とっさに言い訳がつらつらと出てきた。我ながらよく出るものだ。


「なんだぁ、そんなの全然気にしなくていいのに! 私、フリーだから大丈夫だよ! ご飯行こ、行こっ!」


 聖夜さんはホッとしたように笑って言った。その後、支度を終えたら店の前で落ち合うことになり、僕は嬉しさ半分傷つき半分ロッカールームに向かった。




 支度を終え、外に出ると寒さが身に染みて伝わってくる。店先には赤いAラインコートを着た聖夜さんが立っていた。


「遅れてすみません」


 小走りに駆け寄ると、彼女はふいにこちらを振り向いた。ストールに顔をうずめた彼女は上目遣いに僕を見る。その瞬間、時が止まったように思えた。


 煌びやかに街を染めるイルミネーションを背景に赤いコートが浮かび上がるような存在感を放っていた。それを纏う彼女はスラリとしていてより美しかった。


 立ち止まり、つい見惚れてニヤけてしまう。


「あ! 今、私服も赤かよって思ったでしょ!」


 ムッとして言う彼女に僕は目を逸らしつつ、「お、思ってないですよ」と言ってごまかした。


 今日は彼女は僕にいろんな表情を見せてくれる。それがサンタがくれたクリスマスプレゼントなのかもしれないと僕は思った。


 頬が熱くなるのを感じて鼻の甲に手を当て、口元を隠した。


「その反応は絶対思ってたなー!」


 無邪気に笑う彼女にまたドキッとしてしまう。


「思ってないです」


 苦し紛れに言葉を返すと、彼女は詰め寄って言った。


「じゃあ、なんて思ってたの?」


 あなたが綺麗すぎて見惚れてましたなんて言える訳がない。


「……とにかく、行きましょう」


 そう言って、僕は先立って歩き出す。聖夜さんも小走りに駆け寄ってきて、横に並ぶ。


 クリスマスの朝、まだ暗い道をイルミネーションに照らされながら僕らは歩き出した。

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