ムジナ(後編)
そこからどう帰ってきたのか、よく覚えていない。
家族から聞いた話によると、ムジナ山から帰ってきた俺は、そのままたっぷり一日寝込んでしまったらしい。後で聞いた話によると、それはSも同じだったらしい。
その後、Sと会って話をすると、アイツも俺と同じような状況に陥っていたことが分かった。ふざけてダッシュをしたら、俺の姿が急に見えなくなった。そうして俺を探しているうちに祠の前に戻ってきてしまい、そこで俺と会ったのだという。
俺とSの間で話したのは、それだけだ。細かい話は聞いていないし、聞きたいとも思わない。その話が真実かどうかも、確かめたくない。
この話を俺の爺ちゃんが聞いたとき、えらく激怒していた。普段は温厚で、蚊をも殺さず逃がしてやるような、俺の爺ちゃんがだ。
以下は、爺ちゃんの話を要約したものだ。
ムジナ山は1940年中頃まで、わずかながら鉱石の採れる山としてお国の炭鉱夫が在中していたのだという。だが知っての通り、その年代は、太平洋戦争の真っただ中。炭鉱夫たちに満足な食糧が行き届くわけもなく、彼らは仕方なしに山中の動物を殺して喰った。そしてムジナ山は、昔からアナグマの住み家だったのだ。雑食性の彼らを満足に調理できる環境などもちろん無かったが、それでも炭鉱夫たちは生きるために喰った。喰って喰って喰いまくった。食中毒になろうと、疫病にかかろうと、寄生虫に蝕まれようと、なりふり構わずに喰い続けた。そしてムジナ山は、アナグマの死骸で埋め尽くされた。
戦後、地元の人々はアナグマに対する慰霊の念を込め、山の至る箇所に菩薩像を建立し、今後、その山に人が入らないことを誓ったのだという。――俺とSは、地元に住みながら何も知らず、その禁を犯していたというわけだ。
幸いなことに、それ以来、俺の身に特段の不幸は起こっていない。
だけど、今でもたまに夢を見るんだよ。
鬱蒼とした山の中、腐った落ち葉の匂い、無表情で佇むのSの姿――そしてゆっくりと頬を釣り上げて、笑うんだ。
今にして思えば、あれは決してタヌキの鳴き声なんかじゃなかった。
夢の中で、その声をよーく聞くと、
「居る居る居る居る居る居る居る居る居る居る居る居る居る居る居る居る」
って言ってる。
ムジナ 神崎 ひなた @kannzakihinata
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