5.ふるさとの伝説
ぼくは水路を戻り、アトラクション用のプールから、飼育用の
夜になり、荒熊教授が訪れた。落ち着きを取り戻したようだ。
「ユウキ、元気になったかい?」
「さっきまで怒っていました。悔しくて……でも、今はかなり落ち着いてきました。
教授は、少しは気分がよくなりましたか?」
屋内水槽の縁には、対話用の腰掛けが設置されている。教授はそこに座り、両足を水に漬けた。
「
私がね、“イルカの頭に電極を刺したい”と言ったんだよ。そのとたん、潮が引くように、友達がいなくなった……。
私は、みんなの役に立ちたかっただけなのにね……」
教授は頭を抱えた。
「もう、止めてしまおうか?」
ぼくはびっくりした。教授は落ち着いてなどいなかった。落ち込んでいたのだ。
なんとしても、教授を励まさなければ。
「しっかりしてください! ここまで来たのに止めたら、もったいないですよ。今は苦しくても、この先きっと、良いことがあります!」
「どんな?」
ぼくは手がないから、頭を抱えることが出来なかった。
「それは……そうだ、ミス・ハルバードを見返してやりましょう」
「どうやって? いまさら研究の方向性は変えられないし」
「ぼくたちが、イルカの言葉を、イルカの伝統を重んじていることを、証明してやるんですよ! そしたら、ぼくは馬鹿じゃないし、教授もわがままじゃないことになります」
「何か考えがあるようだな?」
「前にもお話したでしょう。ぼくの母の故郷、
「まさか……」
教授はまじまじとぼくを見つめた。
「
江戸時代、徳川幕府はキリスト教を弾圧した。それでもキリシタンは信仰を捨てず、やがて恐ろしい衝突が起きた。
反乱軍の指導者には、天草四郎という、十六歳の若者が立てられた。不思議な魅力があり、人々の心を
反乱軍には、当時の領主に恨みを持つ、
天草四郎は再起を
それは黄金製の大きな十字架で、重さは6キロにも相当した。他には、金と銀の
それらの
ここまでは人間の伝承だ。疑う人も多い。
だが、母がぼくに語り伝えた、天草灘のイルカの昔話の中に、奇妙な共通点が見られるのだ。
――晴れた日、漁師の船から、きらきら、きらきら、降ってきて……。
足の
かしこいイルカは、つかまえて遊び、投げ上げて遊び、舞い降りては
かしこいイルカは、漁師の
きらきら、舞い降りて、飾り置き、きらきら、舞い降りて、飾り置き、いつまでも、いつまでも、きらきら……。
教授は、呆然としていた。
「しかし、それはおとぎ話だ。いや、お前の御先祖様の伝承を疑うわけじゃない……だが、人間側の伝承は、ほら話みたいなものなんだ」
「教授はぼくに、トロイの
「ああ……あの時、お前は『土を掘る』ということをなかなか理解できなくて、私を困らせたな……」
教授の引きゆがんだ
「本当か、ほら話か、調べてみて困ることが、何かありますか? 何も困りません。調べに行きましょう!」
「しかし、その名目では、大学の事務局は研究費を出さないだろう。お前を天草へ輸送しようにも、輸送費が……」
「何言ってるんですか。そんなの……」
ぼくは言った。
「泳いで行けばいいんですよ」
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