3.イルカショーのひととき

 駿河湾するがわんに面した港湾都市こうわんとしである、静岡県清水市しみずし


 そこから突き出した三保半島みほはんとうは、天然の防波堤ぼうはていとなって清水港を形作っている。三保の松原まつばらでも名高い。半島の突端に建てられている『清水港大学海洋博物館しみずみなとだいがくかいようはくぶつかん』が、ぼくの今の住みかだ。

 清水港しみずみなとの名物は、お茶の香りと男伊達おとこだてであるという。

 名物は、さらにもうひとつ加わった。人間によって知能を高められた『知的イルカ』のユウキくん……ぼくがそうだ。


 その日ぼくは、イルカショーに出演していた。

 博物館には、屋外プールが併設へいせつされている。

 強化アクリルの透明な壁面を持つ巨大な水槽だ。ぼくがすいすい泳ぐかっこいい姿がどこからでも見える。屋外プールを取り囲む、ひなだんになった観客席は、子供たちでいっぱいだ。


 ぼくは水中から高くジャンプして宙返りする。きらめく太陽に向かって飛ぶ、水色のブーメランのように。

 トレーナーの谷川さんが、ビーチボールをパスしてくる。ぼくは鼻面はなづらで巧みに受け止める。ボールを鼻先に乗せたまま、尾びれを猛烈に動かして水面に立ちあがり、歩いてみせる。ぼくの得意技だ。

 観客席から、子供たちの歓声と拍手が届いてくる。


 谷川さんが、観客席の子供たちに話しかける。

 「はぁい、とっても上手にボールで遊んでくれた、イルカのユウキくんでした。みんなユウキくんに拍手ー!」

 ぼくはすかさずさえぎる。

 「ちょ、ちょっと待ってよお姉さん、ぼくはもっと遊びたいよー!」

 子供たちは驚く。ぼくの声は、口笛と子供のはじける笑い声が入り混じったような音だ。谷川さんは不思議そうに周りを見回す。

 「あれぇ、今どこからか声がしたぞぉ……」

 「お姉さん、ぼくはここだよー!」

 子供たちは大はしゃぎだ。プールのぼくを指差し、谷川さんに教えてあげようとしている。

 「わぁ、驚いた。ユウキくんがしゃべった!」

 「海の底の小学校で、日本語を習ったんだ。生麦生米生卵なまむぎなまごめなまたまご、イルカ居ないか居ないかイルカ……」

 「まあ! よくお口の回ること!」

 「ぼくは早口言葉なら、誰にも負けないよ?」

 谷川さんはいかにも、困ったような顔をしてみせる。

 「うーん、お姉さんでは、勝ち目がなさそう。誰か、ユウキくんと、早口競争したいー?」

 はーい!

 子供たちは争うように手を挙げ、声を上げた。


 イルカショーは、大好評のうちに終わった。

 子供たちは満足そうだ。にこにこ笑いながら、両親に手を引かれて帰ってゆく。人間の父親は子育てをする。ぼくはいつも、感心して見ている。

 谷川さんがぼくを呼んだ。ぼくはプールサイドにすべり上がり、谷川さんのそばに寄った。

 彼女は笑顔で、ぼくの頭を撫でた。

 「ご苦労さん! 今日もいい演技ね!」

 「ありがとう! まゆさんもね!」

 ぼくは元気よく返事した。谷川まゆりさん、というのが彼女の名前の全部だ。

 ぼくはむなびれを差し出し、ふたりはひれと掌でハイタッチした。


 ぼくがイルカショーで働いているのは、知的イルカの評判を上げるためだ。

 ぼくは今、評判のよさを、とても必要としているのだ。なぜ? それは、これから分かる。





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