7.わだつみのいろこの宮
天草灘は、
広大な入り口の奥に、多くの半島、
その最も奥にあるのは、
有明海への入り口を
島原半島には、
雲仙普賢岳のふもとには、豊かな天草の海が広がっている。
波はいつもおだやか。
天草灘は、雄大かつ
だがこの地には、悲しい歴史が秘められてもいた……。
ぼくは天草灘の中央部にある、
島の沖合いには、
通詞島を拠点にすれば、ぼくの
ぼくは海面からスパイホップした。今日はいい日和だ。調査もはかどるだろう。
通詞島の
二つの大風車は潮風に吹かれ、くるくると気持ちよさそうに回っていた。
ぼくの呼びかける声は、うれしさで弾んだ。
「教授ー、やっと着きましたー!」
「ユウキ、調査は中止だ」
ぼくは、教授の言葉が、よく分からなかった。
「なぜ? どうしてですか!」
「
「もし何も出てこなかったら『残念でした。また今度』ではすまないんだよ。私たちは世間の笑い者になる。知的イルカの研究も、信用を失う」
「でも、母がぼくに教えてくれた昔話は……」
「島原と天草の農民はね、
当時、ヨーロッパ全体で金の産出量が、年間4トンだったそうだ。日本の
教授の声は、真っ
「私も悪かった。もっと早く、お前を夢から覚ましてやるべきだった」
「夢じゃありません!」
ぼくは叫んだ。
「ぼくはイルカの伝承を信じます! ぼくひとりでも、探しに行きます!」
ぼくは教授に背を向け、沖へと泳ぎ出した。ぼくの心の中を、黒い渦巻きが荒れ狂っていた。
「待ちなさい、あなた、ユウキですね?」
操船していた人間の、金色の髪がきらめいた。
「ミス・ハルバード? どうしてここに」
「鹿児島のカップルが、あなたの写真、SNSで公開しました、全世界に」
ぼくには、さっぱり分からなかった。陸の世界には、ぼくの知らないことが、まだまだありそうだ。
「ユウキ、あなた、なぜ天草灘に来ましたか?」
ぼくは、事情を打ち明けた。
今は亡き母がぼくに教えてくれた、イルカの言葉、イルカの歌、イルカの昔話のことを。
この天草の海のどこかに、母の昔話が伝えてきた何かが、今も隠されているはずだということを。
「……ぼくは、母の昔話が本当のことだと確かめるために、天草灘を訪ねて来ました。でも、それだけじゃありません。
ぼくは、お母さんのふるさとの海を、泳いでみたかったんです」
ミス・ハルバードは、静かにぼくの話を聴いていた。
「わたし、イルカの伝承、信じます。あなた、種族の誇り、捨てないで。
わたし、あなたのこと、誤解してました。ごめんなさーい。これから、応援しまーす」
ぼくの心の中でのたうっていた黒い渦は、どこかへ吹き飛んでしまった!
ぼくはとても簡単に、母の姉妹たちと出会うことができた。
彼女たちは、天草の海の真ん中を、のびのびと泳いでいたからだ。
母の姉妹たちは、母の旅の不幸な終わりを悲しんだ。でも、
ぼくは、母の姉妹たちの紹介で、天草の海で最年長の、
<わたしが子供のころ、お祖母さんが昔話をしてくれたものさ……。
わたしはお祖母さんに尋ねたよ。“わだつみのいろこの宮は、今もあるの?”お祖母さんはわたしを連れてってくれた……>
ぼくは、そっと、大お祖母さんイルカにお願いした。
<ぼくを、わだつみのいろこの宮に、連れていってくれませんか?>
<わたしは年寄り。もう深くは潜れない。
大丈夫さ、ひとりでお行き。わだつみのいろこの宮は、早崎瀬戸の、島原側にあるよ>
早崎瀬戸は、島原半島と
潮の
ぼくは、早崎瀬戸に潜った。
最深部は150メートルもあるが、ミナミハンドウイルカにとっては遊び場に等しい。
ぼくは、
ぼくのクリックス音は、
ぼくは、海底洞窟に進入した。洞窟の内壁は
ぼくは、わずかな水流を感じた。クリックスの反射が変だ。これは、海水じゃない。真水ではないのか?
そして、洞窟のいちばん奥で、ぼくは見つけた。黄金の十字架を。
洞窟の終点は、
そこに、人間の掌にすっぽり納まるほどの小さな十字架が、何百、いや何千個も積み重ねられていたのだ。
まばゆい黄金色の物も、鈍い
光り輝く十字架の小山の周りには、
とても
ぼくは海面に浮上した。そして、ミス・ハルバードに小さな贈り物をした。
まばゆい、黄金の十字架を、ひとつ。
夏の陽光は、黄金の十字架を、
「ミス・ハルバード。これは、ぼくからあなたへの、心からのお礼です」
「ありがとう、ユウキ。この十字架、わたしの一生の、宝物にしまーす」
ミス・ハルバードは、身に着けていたネックレスの鎖を、黄金の十字架に通し、首に掛けた。
彼女の金色の髪の毛は、天草の潮風に揺れ、黄金の十字架に何度も、じゃれついているようだった。
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