バニラ


 そうした中、不意に天井が揺れ始める。

 かと思うと、小さな粒子が降ってきて、ヒビも入りだす。


「うげぇ」


 思わず、顔をゆがめる。

 思うが早いか、彼女を連れて、走り出す。


「ごめんなさい。クリスタルがこの城の核だったようで」

「そりゃそうだ。あんな涼しげな見た目してるんだからな。クリスタルを元にして作ったんだろう」


 とにかく、早く脱出しなければならない。

 敵の影など、知ったことではない。

 ただただ走り続ける。

 階段を駆け下り、廊下を走り、ついに、出口へ。


 町へ飛び出す。

 直後に背後で城は崩壊した。


 一方そのころ、城にただ一人残った男は、床を這いながら、キラキラと輝く破片へ手を伸ばす。


「クリスタル……クリスタル……我が永遠の富」


 すがるように、助けを求めるように。

 だが、その声に応える者は誰一人としていない。

 スネークは城の下敷きとなる形で、命を落とした。


 ★


 なんとか命を拾ったが、生きた心地がしない。いまだに五体満足でいられること自体、信じられないことでもある。


「遅かったな」


 不意に、声がかかる。

 振り向くと、街灯を背にして立っている、男の姿があった。

 レイだ。しかも無傷である。


「なんだ、もう脱出してたのか」

「先に逃げて悪かったな。それとも、貴様は俺に押しつぶされてほしかったのか?」

「いやいや。そんなことはないよ」


 慌てて訂正する。

 そうした中、気がつくと周りの景色が一変していることに気づく。床に張り詰めていた氷は剥がれ、地表があらわになる。その石畳は温かみがあって、これがいままで眠っていたと思うと、惜しくなる。さらに空は青く澄み渡り、もくもくとした入道雲も視界に入る。日差しは暑く降り注ぎ、立っているだけで汗が吹き出してくる。これが本来の気候だ。これならば、まだ冷凍庫の中にいたほうがよかったと思うけれど、彼女を解放できた証と思うと、この暑さも悪くはなかった。


「俺はそろそろ戻る」

「どこへ?」

「故郷へだ」

「じゃあ、俺もそろそろ行かないとな。報告へ」


 彼は氷のクリスタルを破壊した。

 それ以上の役割は残っていない。

 任務は果たした。

 後は次の仕事へ出かけるだけだ。


「じゃあな、ありがとう」

「ああ。今回はお前がいなければ、どうにもならなかった」


 挨拶を交わして、別れる。

 さあ、こちらも向かうべき場所へ行かなければならない。

 今一度、少女と向き合う。

 彼女はくすっと笑った。


 ★


 氷は溶け、町から二人の男女が忽然と姿を消す。今は彼らが暮らしていた痕跡すら残っておらず、その行方をつかめた者は、誰一人としていない。

 そして、当の本人は遠く離れた町で、優雅な暮らしを満喫していた。


 昼間、カフェに入る。

 電球の温かな明かりが彼らを出迎える。

 席につく。テーブルやイスも暖色がかっていて、艶がある。いい雰囲気の店だった。


 注文したのは、クリームソーダ。メロン色をした炭酸ジュースの上に、バニラのアイスをトッピングしてある。グラスについた水滴が、涼しさを強調する。ストローでジュースを飲むと爽やかな香りとともに、炭酸のシュワシュワとした感覚が、のどを通っていった。アイスは甘く、濃厚だ。とても贅沢な気分になる。


「こいつは記念だ。ほら、俺たちこれから、一緒に暮らすだろ?」

「それは分かるわ。だけど、記念にしては縁起が悪いんじゃない?」


 少女は冷静に指摘をする。


「そうか?」


 青年は首をかしげる。


「ええ。アイスなんて、いつかは溶けてしまうものよ。それは私たちの関係が瓦解してしまうと言っているんじゃないの?」


 真面目な顔をして、問いかける。

 今の彼女は肩に力を抜いて、座っている。雰囲気はいつの間にか柔らかくなり、二人の間にはゆったりとした雰囲気が流れていた。


「バニラアイスだからいいんだよ」


 アイスをすくって、口に運ぶ。


「ほら、バニラって『永遠』って意味があるんだよ」


 それを聞いて、彼女はそっと微笑んだ。


「ならば、ずっと、終わりなき愛を」

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クリームソーダ 白雪花房 @snowhite

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