面影をもつ彼女
平和な店、ここの主と言っても俺一人の店だから俺しか店員はいないわけだけど。
まあ、ここの主の俺は、前述したとおり、いつもより平凡な日がやって来ていて、それに幸せを感じていた。もちろん、繁盛はして欲しいが。
窓から射し込む四角い陽射しに縋りつくようにカウンターに突っ伏して、半時間ほど客来んな、なんて商業人の隅にも置けないことを考えていた。
すると不意に
からんからん、と扉飾りが音を奏でた。
そうして俺は机で白に染っていた視線を
その扉の方へともちあげた。
そこに居たのは、どこか既視感のある顔立ちに
短めの髪を据えた女性だった。
彼女は軽く俺に頭を下げてから服に視線を落とした
その既視感に思い当たる節はたしかにあった。
けれど、そんなはずはないと首を振って、自惚れした思考回路をかき消した。
それでも、心に嘘はつけないというもので、ついつい彼女のことを目で追っていた。
『あの子かもしれない』
今までも何度かこんなことがあったんだ。
今回が初めてじゃない。
あの子に似た子が来店するたび、淡い期待が浮かんでは、それは数分後には泡のように消えていく。
それは何ヶ月か続き、何回もあった。
あの子は覚えているんだろうか
何気ない話の中で
ずいぶんと先の約束をしたことを。
『覚えてるはずない』
そう何度も自分にいいきかせた
だけど心のどっかで俺はきっと
きっと、期待していたんだろう
『覚えていてほしい』
『覚えててくれないかな』
驚いたように笑ってから
冗談のように約束とも言えないそれをした
何年も前の話を。
あの子は、覚えているんだろうか
「あの、大丈夫ですか」
その声にはっとなって、現実に引き戻された
「あ、はい。大丈夫です」
目の前の彼女は安心したように笑ってみせた
「よかった。体調でも悪いのかと思って」
「えっと…お会計、いいですか?」
そういった彼女の手元には赤色のマフラーがあって
慌てて俺は立ち上がった
「あぁ、すみません、えっとお預かりします」
何か起こるわけでもなく、値段を伝えてお金を受け取って…そんで袋にマフラーをしまっていると
女性はふと口を開いた。
「素敵なお洋服ですね」
俺は手元に注意を払いつつ、女性を見た
店のことを言ったのか、俺自身のことを言ったのか分からなかったからだ。
すると持ち上げた視線が彼女のそれとぶつかって
彼女は慌てたように両手を振った
「あっ、言い方おかしかったですかね!ごめんなさい…!」
慌てている彼女は、本当にあの子によく似ていて
思わず笑みが零れてしまった。
「ふふっ…ありがとうございます」
「え、いえっ」
袋を渡して、彼女はそれを受けとってから、視線を袋にやったあとに、俺をじーっと見つめてきた
顔になにかついてるのかと思って頬に手をやったけれど、特にこれといって何もない。
すると彼女は、はっとなってまた手を振った。
「ごごごごごめんなさい!店員さんのほっぺたになにかついてる訳じゃなくてですね!」
ちょっと、人を探してまして…と彼女は恥ずかしそうに頬をかいて視線を外した。
「人探し、ですか?」
そう聞くと彼女は、そんなだいそれたことじゃないんですが…私の自己満足で、と続けた
「このあたりで服屋さんをしているらしい知り合いがいるんです。行きたいんですけど、何せ手がかりがなくて…」
「連絡先とかは?」
「いえ、子供っぽいですけど、驚かせたくて。」
いたずらっぽく笑った彼女。
もしかしたら…そう思った。
『探しているのは、俺じゃない?』
『高校時代の先輩じゃない?』
そんな言葉はどれも喉に引っかかって出てくることはなくて、思ってもいない建前がそれを押しのけて口から飛び出した。
「…見つかるといいですね」
こんな一言で、あの子かもしれない子との再会は終わってしまうんだろうか
彼女はあの子かもしれないのに
こんなところで臆病になっていいんだろうか
「はい!ありがとうございます」
彼女は袋をぎゅっと握りしめて、俺に背を向けた
あぁ、終わってしまうんだろうか
長い間期待していたあの子の来店は
こんな形で終わってしまうんだろうか
こんな、店員と客の枠を出ないような会話で。
彼女が扉に手をかけたとき、喉につっかえていた言葉のひとつが飛び出してきた。
「また…!」
想像以上に大きな声が出てしまったことに自分自身驚いた。
彼女も弾かれたように手を引っ込めて俺の方を振り返った。
「また、いらしてくださいね」
そう言うと彼女は、おかしそうに笑って
「はい!また来ます…!」
と、返してくれた。
そうしてから扉に手をかけて、あたたかな笑顔を残して、凍えるような冷気と入れ替わり、彼女は消えていった。
店を出て、どこかへ歩いていく背中が見えなくなってから
今更になってどっと疲れが来た。
「あの子に、似てるんだよなあ…」
そう天井を見上げてこぼした
『俺に気づかなかったんだろうか』
『それとも、他人の空似なんだろうか』
正直どっちも嫌だった。
覚えててほしい。
顔みてすぐに「先輩!」って言ってほしい
あの子なら、俺の期待に応えてくれる。
そう思っていたけど、やっぱ夢物語だったかな
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