彼女の正体

寒いし、さっさと風呂に入ってしまおう。そう思って、俺は鞄とコートをソファーの上に投げて、脱衣所へと向かった。


十分に体があったまったところで、俺は風呂を出て、寝間着に着替えた。入れておいた暖房がいい具合に効いていて、さっきの眠気を誘ってくる。

まだ飯も食っていないのに寝るわけにもいかなくて、俺は目を覚まそうとテレビをつけた。

聞こえて来るのはさっきと同じ街の喧騒とクリスマスソング。リモコンをとってチャンネルを変えると、今度は芸人の笑い声が聞こえてきた。

こっちの方が俺には似合うな、少し苦笑してから、ソファーに座ろうとして、ふと気づいた。

適当に投げたコートと、鞄。

コートをハンガーにかけて壁に吊るしてから、鞄を見て思い出した。

ーーーー彼女からの、プレゼント。

そういえば、そうだった。と、俺は鞄からさっきの小袋を取り出してからそれを片付けた。

もう一度ソファーにちゃんと腰掛けてから、テレビから流れてくる大きな笑い声と拍手を聞きながら俺は小袋のラッピングを解いた。

口の開いた小袋を手の上でひっくり返した。

カラン、と、音をならして、それは手の上に落ちてきた。


バスケットボールの…ストラップ、だった。


小袋の中には、もうひとつ、小さなメッセージカードが入っていた。女性らしい字…というよりは、綺麗な字だった。

それはとても、見覚えのあるもので。


その時ふと、彼女が初めて店を訪れた時を思い出していた。彼女は、俺にこう言った。

『探している人がいて』と。

『驚かせたいんです』と。


そして彼女は今日の別れ際、慌てて振り向き俺にこう叫んだ。初めて会った時と同じ…


『驚かせたかったんです!』




ーー全てが繋がった気がした。


俺は壁にかけたばかりのコートを乱暴にひっぱって羽織ってから、寝間着だということも忘れて、ストラップを握りしめて家を飛び出した。

初めから、彼女は気づいていたんだ。

よく考えればそうじゃないか、なんの関係もないただの店員に、わざわざ短い仕事の休みをぬって会いに来たり、話しかけたり、クリスマスプレゼントを渡しに来たりしない。

どうして気づかなかったんだ、どうしてあの子が努力して変わった可能性を俺は考えなかったんだ。

頑張り屋さんのあの子が、ずっとあのままでいるだなんて、どうして考えたんだ。

最初からそうだった、全部あの子は知っていた。

どうして俺の店を知っているのか、どうして俺だと分かったのか、疑問は尽きないけれど、そんなこと今はどうでもよかった。


ただ、今は彼女に…


あの子に会いたかった。



大きな音を立てて閉まる部屋の扉。

ソファーの上に取り残されていたクリスマスカラーのメッセージカードが

ひらり、と静かに床に舞った。




『36本の薔薇をあなたに贈ります』

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また、あの日の君を ねぎ @maya-tsukisara

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