小袋と帰宅

閉店時間まで、少し暇ということ以外、何一ついつもと変わっていたことは無かったというのに

やはり聖夜というのは不思議な力を持っているんだろうか、それとも彼女が少し変わり者なんだろうか。ただの知り合いの店員にクリスマスのプレゼントを渡すだなんて。

彼女の背中が消えていった方向をしばらく呆然と見つめていた、けれど、別に何も起こらないわけだから。少しだけ小袋に目を落としてから、軽くそれを振ってみた。中から聞こえてきたのは本当に小さくて軽い音。

その小袋の中身は気になったけど、とりあえずここで開けるのもなんだからカバンに閉まっておいた。

でっかいクリスマスツリーのある広場、やっぱりカップルも多ければ、子供連れも多い。いつもならこの時間帯、店からの明かりに照らされるのはほんの数名だというのに、今日ばかりはあまりの人の多さに、広場がごった返していた。俺は広場の近くにあるケーキ屋でザッハトルテをひとつ買って、そこから、人通りの少ない裏路地を抜けてからバス停まで少しだけ考え事をしながら歩いていた。

あの子は元気にしているだろうか、今はなんの仕事をしているんだろう、クリスマスだというのに残業させられていないだろうか…なんて。思い浮かぶのはあの子のことばっかりで。

バス停について、バスを待っている間も、あの子のことが頭から離れなかった。

きっと、俺が欲しかったのは、彼女からのクリスマスプレゼントじゃなくて、あの子からのものだったんだろう。

そんなこと考えているうちに、いつの間にか到着していたバス。そして目の前の扉が自動で開き、俺は車内に足を踏み入れた。時間的にもイベント的にも乗車しているお客さんは少なくて、どこにでも座ることができた。

窓側の席に座り、頬杖をついて窓の外を見つめた。夜の街だと言うのに眩しいくらいに煌めくイルミネーション。そしてそんな中を楽しそうに、手を繋いだり、腕を組んだりして歩いていく男女たち。

その真ん中には、一際大きく、それに見合う分だけ着飾ったツリーが立っていた。

年に1度、あのツリーはこうして華やかに着飾っては、カップルたちの距離を縮める仕事をしている。

あそこにもし、あの子がいたなら。

別の誰かといたのなら、俺は、笑って祝福できるのだろうか。

あの子の顔が、声が、鮮明に蘇ってきた。だけど、暖房の効いた車内、心地好い揺れ、だんだんと俺の意識は薄れていった。


しばらく経って、危うく自分の家を通り過ぎるところだったが、ギリギリでボタンを押すことができた。危なかった。カードをタッチしてから運転手さんに、ありがとうございました、と一言こぼすと、彼は何も知らずに、よい聖夜を。だなんて言うんだ。良いお年をみたいな言い方だけど、こういう人嫌いじゃない。ひとりですけど、と笑って返すと運転手さんは、私はサンタクロースになってきます、と笑っていた。あぁ、きっとこの人は素敵な父親なんだろう、そう思った。軽く頭を下げてから、俺は去っていくバスの背中を、少しの間見つめていた。

サンタクロースが夜にこっそりやってくるのは、きっと本業は別で、愛しい子どもたちのために毎日頑張っているからなのかな、なんて。

マンションのエレベーターに乗って、自分の部屋の階まで上がっていく。どんどんと小さくなっていく背の高い建物たち。ある程度の高さで、エレベーターは止まった。


自分の部屋の前に来て、鍵穴に鍵をさして、軽く捻る。無機質な音が響く。扉を押して中に入ると、外と比べると少し暖かいが、やはり部屋は冷えきっている。

「ただいま~」

昔からのくせで、つい言ってしまう帰宅証明。もちろん一人暮らしだから、帰ってくる言葉はない。

あーあ、なんだか寂しい。あんなに賑やかな街のせいだ。まだあの幸せそうな声と、流れているクリスマスソングが耳から離れない。

家の中が、余計に静かに、そして寂しく感じた。

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