第17章

第711話 エリーの死*


遺体の表現があります。ご注意ください。

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 父親の追悼式が済み、その後の長い貴族会議はただいたずらに時間を食うだけのもので、リカルドをうんざりさせた。


 次代の王となる三殿下たちはまだ年若い。

 リカルド自身もそうであるため、彼を近習ではなく宰相として政務補佐をさせて経験を積ませるということで話は決まった。

 議題に上がると聞いていた魔族の扱いについては出なかった。

 わざわざエリーを避難するようにしたのに拍子抜けだった。


(馬鹿馬鹿しい、こんな会議5分で決まりそうなものなのに)



 会議が終了したのは、翌朝未明。

 じきに夜が明ける。


 彼の兄ピエールは今後の王宮での勢力争いから遠ざけるために、早々に領地へ戻ることが決めてあったので足早に会議室から出て行った。


 これからはクライン家のターンだ。

 よりよい舞台を整えて王都で起こっている不正事件を糾弾しようと考えながら彼は馬車留めに向かった。

 そこにはエリーにつけてあったはずのリリー・マルローが御者と話し込んでいた。



 彼が近づいたのに気が付いた御者が駆け寄ってきた。

 御者と言っても騎士だ。


「リカルド様。

 こちらのマルロー卿が大変な知らせを持ってきたのです」


「なんだ?」


 彼はリリーに顔を向けた。


「エリー・トールセン嬢が魔族に加担した国家反逆罪で逮捕されました。

 訴え出たのはテリオス司教と聖女マドカ。

 身柄はどうやら大聖堂カテドラルの地下牢と思われます」


「あのエリーが?

 そんなことできる訳もない。

 逮捕は何時ごろだ」


「はい、追悼式終了直後で、もうかれこれ5時間は経過しております」


 リカルドは心の中で舌打ちした。

 あのくだらない会議は、このための時間稼ぎだったのだ。



「サミーには知らせたか?」


「お知らせいたしました。

 ただカイオス卿の行方が分からず、お伝えできていません」


「わかった。

 カイオスのことはいい。

 すぐに大聖堂へ向かう。

 彼女の身柄の安全をまず確保する」


「はっ!」


「居場所は大聖堂でも最も奥まった隠蔽された塔と思われる。

 そこにヴェルシアの裁定が行われる水晶の間があるのだ。。

 マルローは先んじて大聖堂に私の来訪を告げに行け」


「はい! 直ちに参ります」



 サミーとの婚約で準貴族になったエリーを私刑では殺せないが、理不尽な暴力を受けている可能性は高い。

 リカルドは苛立ちを押さえながら、馬車に乗った。

 何事も焦っていては、よい結果は産まれないのだ。


 馬車へ乗っている間に、ずっと自分の周りに覆っていた光の精霊王の気配が途絶えた。


 次の瞬間、すさまじい圧力がリカルドを襲い、彼は座席から転がり落ちた。

 同時に馬が怯え逃げ出そうとするのを、御者はそれを宥めるので手がいっぱいとなった。


 数分ほど時間が経って、やっと外から声をかけられた。


「リカルド様、申し訳ございません。

 急に馬が暴れ出しまして……、しばしお待ちください!

 コラっ! 落ち着け。

 一体どうしたんだ?」


 身なりと息を整えたリカルドは、御者に声をかけた。


「もう大丈夫だから、とにかく馬を大人しくさせてくれ。

 ただ証拠隠滅をされないように、落ち着いたら大聖堂へ急いでほしい」


「? それはどういうことですか?」


「エリーが死んだ。

 今私の光の精霊王の加護が消えたのだ」


「何ということだ……」


「加護がなくても私の力に変化は……少しあるが問題はない。

 ああ、ソルが来た。

 入れてやれ」


「か、かしこまりました」


 馬車の後方に乗っていた護衛が、扉を開けてリカルドの相棒であるソレイユを中に入れた。

 ソルはそのまま彼の胸の中に飛び込んで泣いた。


(リカ、エリーが! エリーが!)


「うん、さっき光の精霊王が離れたからわかったよ。

 あの子は死んだんだね……」


(うゔ~)


「だが契約は完全に切れていない。

 死んだのは間違いないが、何らかの形で魂が残っているのかもしれない。

 それを回収しに行こう。

 馬が怯えているから、落ち着けてくれるかな。

 さぁ、涙を拭いて。

 ここからが大事なんだよ」


(うん……)


 リカルドがそっと小窓を開けると、ソレイユはリュンヌになって馬を宥め、急がせたのだった。



 大聖堂に着くと、まだ夜明け前で静かなはずなのにバタバタと騒がしい。

 何かが起こったのだ。


「リカルド!」


「オスカー殿、どうなされた」


「君が来ると聞いて、出迎えに来た。

 ちょっとこっちに来てくれ」


 彼はリカルドの腕を引き、耳元で声を潜めた。


「どうやら水晶の間の様子がおかしいのだ。

 裁定が終わるまでは中からしか扉が開けられないのに、誰も出てこない。

 犯罪者であるトールセンが暴れたのではという者もいる」


「それはありません。

 彼女は死にました」


「何⁈」


「よろしければ現場を拝見させていただきたい。

 我々人間では入れなくても、半精霊体でもあるソルならば入れるかもしれません。

 彼女を逃がしたり、証拠を隠滅したりするような真似はしないと魔法契約を結びましょう」


「わかった、君を信じよう。

 ただし契約は結ぶ」


「当然です」



 他の司祭たちの立ち合いの元、魔法契約を結んだリカルドとオスカー達はヴェルシアの裁定が行われた水晶の間に向かった。


 外からでもわかる、濃厚な血の匂い。

 誰かが血を、しかも大量に流したのは間違いない。



「ソル、入れるかい?」


 しくしくと泣いていたソレイユだったが意を決めたのか透過して中に入り、少ししてから扉を開けた。


 中には床にうつ伏したラインモルト枢機卿と2体の黒焦げの遺体、そしておびただしい血が流れた跡があった。

 余りの惨状にみんな息を飲んで、一瞬動けなくなっていた。


「ラインモルト様!」


「あっリカルド、待て!」


 一番初めにリカルドが動き、ラインモルトの息を確かめた。


「まだ息がある!

 魂の救済ソウルプリフィケーション

 ラインモルト様!

 力のないものに刺された、浅い傷です。

 しっかりなさってください‼」


 その返答は息も絶え絶えの、とぎれとぎれのものだった。


「……無駄じゃ。わしの命は代償として捧げた……。

 神の石とエリーは無事か?」


 リカルドが顔をあげると、オスカーが石を拾って掲げて見せた。


「神の石ならば、床に落ちていました。

 今オスカー殿が持っています。

 ただエリーは血痕だけ残して、姿が見えないのです」


「あの子は無辜むこじゃった。

 それなのにテリオスに化けた悪党に刺されたのじゃ。

 わしを助けようとして背中を向けたから……。

 床にこぼれたポーションをなめて、なんとか永らえたがもう無理じゃ」


 リカルドが周りを見渡すと、割れたポーション瓶と共に小さくて丸いものが見えて急ぎ拾った。


「とにかく安静にしましょう。

 あなたのお話が聞きたいのです」


「エリーは無辜じゃ。

 美しい光景じゃった……。

 テリオスに化けた者とジョエルは……『神の雷』でわしが倒した。

 それがすべてじゃ……」


 ラインモルトはだんだんつっかえつっかえになり、声も弱っていった。


「おお……見えるぞ。

 わしの小さなニールの娘が……この世界に素晴らしき救いを授けるさまを……。

 わしは間違っておらなんだ。

 親族を裏切っても、マリアを救ってよかったのじゃ……」


「ラインモルト様、もうそれ以上は……」


「わしの……後継は……レオン……ルトに……。


 おお……優しき女神よ。

 我に……静かなる眠りを与えん……有難きかな……」



 そうしてラインモルトは静かに息を引き取った。



 立ち会ったものは皆沈痛な面持ちになり、多くの者たちが涙を流した。

 ラインモルトは皆に愛された優れた教皇で、唯一のわがままがニールでの発掘調査だった。

 リカルドはそれがマリア、つまりサクリード皇国の遺児マリー・ルイーズとその娘エリーを見守るためだったのだと知った。


「私の目で見た結果、この血痕は1人の人間それも若い女性のものと出ました。

 ラインモルト様の証言からも、エリーのものであると断定してもいいでしょう。

 念のため、フジノ師とフィリッパ・ランドック伯爵夫人も呼んで見分させてから部屋を清めるとよろしいでしょう。

 ラインモルト様のご遺体は私が清めますか?」


 その場で一番階位の高い、オスカーが答えた。


「いや、それは我ら教会の者で致す。

 それよりリカルド、君は先ほど何を拾ったのだ?」


「……これです」



 彼の掌の上には小さなテントウ虫乗っていた。


「これは……?」


「これはエリーの作った魔道具です。

 その場の情景を記録する装置で、ここにあるということはこの件も記録されている可能性があります」


「重要な証拠じゃないか!」


「ええ、でも私のの映像も入っているかもしれなかったので、その部分は消して提出しようと思っていました。

 すぐに引き渡すとは契約になかったでしょう?」


 この一言でオスカーには、リカルドとグロウブナー公爵家の弱点であるエマのことだとだとわかった。

 従兄妹同士兄レイモンドとアナスタシアの交合によって生まれた『大人になれない子ども』。

 だからそれ以上の追及ができなかった。


「私と君とで見分して、それから公開しよう」


「そうしていただけると助かります、オスカー殿」



 それから2人はその映像を見た。

 エマの姿はなく、地下牢に入ってからのマドカの来訪、聖属性のネズミたち、ヴェルシアの裁定の様子からの殺人が行われる様子が記録されていた。


「トールセンの姿が映っていないな」


「視点の高さからして、たぶん肩のあたりにこの魔道具をつけていたのでしょう。

 ときどき布が映りこむ様子から、服の影に隠していたと思われます」


「最後の『神の雷』も床ギリギリのと猊下の詠唱の声しか残っていないな。

しかもそこで終わっている」


「刺されて倒れた時に魔道具が床に落ち、魔力供給源だったエリーが死亡したからでしょう。

 多少の距離ならば離れても操作出来ていましたし、飛ばすこともできたのです」

 

「それはすごいな。

 そこまで精密な魔道具を彼女は作ったのか……」


「ただ屋外ならば、従魔の方が勝手は良いかもと言っていました。

 大きく作るとすぐに見つかりますし、小さいと風などで飛ばされる可能性が高いそうです。

 それで次は従魔につけても安定のあるものを作ろうとしていました。」



 オスカーは顎に手をやり、フムフムと聞いていた。


「ほとんどすべての答えを持っているようだね、リカルド」


「そんなことはありません。

 ただ彼女は私の庇護下にあり、レント師の錬金術科教室で一緒に学んでいました。

 それで彼女の研究の実証はほとんど私がやっています。

 最近真工匠という高度なスキルに変化して、自由な創作を行っていました。

 鑑定してもそうは出ませんでしたが、賢者かそれに準ずる称号があったと思います」


「君なら見られたのでは?」


「頼めば見せてくれたでしょうが……信頼関係にひびをいれたくありませんでした。

 それにスキルや称号は、強い力で隠蔽されていたと思われます。


 彼女の側には空間を小さく圧縮して物を移動させるような魔法を、惜しげもなく教えてくれる魔族がいたのですよ。

 遠目でしか見たことはありませんでしたが、それを教えたビアンカ殿は相当歳を経た魔族で当時の私ではとても見ることはできませんでした」


「今はどうだい?」


「……わかりません。

 試していませんし、試すならば命がけです」



 動画も問題がなかったため、オスカーは国にこの事件のあらましを報告することになった。


 事件は『神の石』を狙った魔族による犯行。

 暗殺ギルドに所属していたオーギュスト・カロンが主犯で、ジョエル司教は操られていたとされた。

 ヴェルシアの裁定によりエリーは無罪だが、遺体がないまま死亡とされた。


 テリオス司祭の遺体も彼のベッドの下から、右手が切り落とされた状態で発見された。

 どうやら生きたままで切られたようで、苦悶の表情を浮かべていた。

 生存状態の右手を保存して、ヴェルシアの裁定の起動に使ったのだ。


 オスカーは彼がラインモルト付きになったことを、目を輝かせて喜ぶような純粋で優しい青年だったことを思い出していた。

 ひどくむごいことだった。


『神の雷』は当然の報いだ。



 この事件は、ヴァルティス王国と魔族を代表とする人間以外のヒト族との決裂を決定的なものにした。


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 フィリッパ・ランドックはエヴァンズの事務局員のエイムズさんのことです。

 彼女は過去視ができます。


 オスカーが床ギリギリのと言っているのは、あちらには映像という概念がなく連続した魔導写真のようにとらえているからです。


『神の雷』は教皇だけが使える、代償が必要なスキルで1度だけ使える攻撃魔法です。

基本的に聖女しか攻撃魔法は使えないことになっていますが、教皇が他の者が倒せないほどの敵と対峙した時に自らの命を使って共倒れに持ち込むものです。


カロンはそこまでの敵ではありませんが、神の石を持ち去られるとそんな敵を作り出すことになると判断し、ラインモルトは命を捧げたのです。



サクリード皇国をしばらくエクサールって書いていたみたいで申し訳ございません。

今読み返しができないのですが、そのうち地道に直していきたいと思います。

ホントに申し訳ございません.


7/5

申し訳ございませんが7日まで連載をお休みする予定だったのですが、誤ってアップしてしまいました。

ずっと執筆もしているのですが、いろいろ重なって時間がないので次の第712話は7/10にアップさせていただきます。

どうぞよろしくお願い申し上げます。

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錬金術科の勉強で忙しいので邪魔しないでください(web版) さよ吉(詩森さよ) @sayokichi

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