第710話 女神ヴェルシアの裁定*


流血・人の死あります。

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 ヴェルシア様の裁定は、裁判ではないがそれに近い。


 犯罪者、今回は私のことだがその罪状を読み上げて、敵対側、味方側、中立の立場の司祭がこの部屋の精霊石を起動させて罪があったかどうかを神に裁定してもらうのだそうだ。


 まず罪状読み上げだが、そんなことまで言うの? って感じの話ばかりだった。

 いろんな罪を言われたがやった覚えどころか、考えたこともないようなことも言われた。

 まどかさんのやらかしも含まれていたし、寮で同室だったスザンナ様のこともあった。

 その噂を流された被害者は私ですけど。

 ローザリア子爵に対して、高価すぎるドレスを販売した話もあるな。

 あの方の元々のドレス代が高いだけで、あれは適正価格よりも安いくらいです。


 あっ、でも他のヒトの仕事を奪ったみたいな話もあるな。

 これについてはやろうとは思っていなかったが、結果そうなったことがあるかもしれない。

 でも遅効性ポーションに関しては、誰の功績も奪っていない。

 リカルド様の依頼から派生したとはいえ、あれは1人で考えたのだから。


 この裁定は些細な罪でも有罪なら罪の証が付く。

 それを狙ったことなのだろう。



 罪状読み上げだけで1時間以上もかかってしまった。

 私だけでなく、ラインモルト様もテリオス様も呆れた顔をしていた。


 やっと終わってとてもホッとした。

 これ以上ラインモルト様を立たせたままはいけない。

 たしかにこれはおもんばかって当然だ。



「それでは神の石の起動を行う。

 皆、右手を石に乗せるがよい」


 ラインモルト様が最初に乗せて、次にジョエル様が石に手を当てた。

 テリオス様は教会の方には珍しく手袋をされていて、それを外すのに少しタイミングがズレていた。

 お顔の色よりも青白い手だ。

 冷え性なんだろうか?


 手袋は貴族にとっては不可欠なものだが、教会に入った時点で身分や家名を捨てることになるので基本的にはつけないのだ。

 どんなに偉い役職になっても、労働は祈りの1種なので必ず行う。

 だから手袋は邪魔になるのだ。


 オスカー様はされていることもあるけれど、指先のないものだ。

 あの方は司教でもあるが祓魔師エクソシストでもある。

 激しい戦闘をされることもあるので、メイスを持つ手の負担を軽減するために嵌めておられるのだ。



 これで3人の立会人が揃い、神の石である聖属性の精霊石が輝いた。


 ヴェルシア様の裁定が始まるのだ。



 私は縛られたままだったが、ひざまずき頭を垂れて祈った。

 自分の無罪を、ではない。

 あれだけ大量の罪状だ。

 何か少しでも引っかかることがあるかもしれない。


 私が頭を下げたのは、その大いなる存在を感じてだ。

 どうやらマスターから神の死を知らされたようだったが、この御力の前にその存在を否定することはできない。


 私は精霊石が放つ、輝かしい光の中に包まれた。



 その時間は長かったのか、短かったのかよく覚えていない。

 目を開けると天井から光が降り注ぎ、かぐわしい香りが漂い、花弁が散っていた。

 壁の水晶が光を反射してきらめき、美しい光景だった。


 これはマートルだ。

 私の紋章の花。

 女神の花だ。



「おお! 無辜むこじゃ。

 やはりエリーは罪など犯しておらなんだぞ‼」


 ラインモルト様、信じてくださってありがとうございます。


「初めて見ました。

 なんと美しいのでしょう。

 普通の無罪ならば、天井が光るだけなのですよ」


 そうなのですね、テリオス様。

 ヴェルシア様の裁定は関係者以外参加できないので、知りませんでした。



 それにしても無辜とは驚きだ。

 それは罪のないことだ。


 私に全く罪がないとは思えないが、今あげられた罪状は全て無罪だった、疑わしいこともないということだ。

 ヴェルシア差の裁定はヒトを裁くものではなく、無実の人に与える女神の祝福なのだ。



「そんな! そんなはずはない……。

 私は確かにヴェルシア様から天啓をいただいたのだ……」


「聞き違えたのではないか?

 エリーではなく、他の者の罪とな」


「間違いは誰にでもあることと存じます。

 認めることは恥ではございません、ジョエル様」


 お2人の言葉に、ジョエル様は頭を抱えてブツブツと違う違うと言い続けた。



 気が付くとラインモルト様が私のそばに立っていた。

 魔法で私の拘束を解き、着ていらしたガウンを掛けてくれた。

 下は冬物とはいえ、寝間着だ。


「嫁入り前の娘に、なんとひどいことを。

 これで脚も隠れるじゃろう」


「私は子どものままの姿なので、大丈夫です。

 冷えるとお体に障りますから……」


「ラインモルト様、気が利かず申し訳ございません。

 お体が冷えますので私めの服を」


 私の言葉を遮って、テリオス様が僧服を脱ぎ始めた。


「よい、エリーはわしのニールの子の1人じゃ。

 この程度、問題はない。

 それにこの素晴らしきことに胸が高鳴っておるわ」


 私をそっと抱きしめて、微笑んでくださった。



「やはりそなたには何かお役目をいただいているのやもしれぬ。

 よければ今わしのスキルでジョブ診断しても良いか?」


 ラインモルト様は教皇代理なので、教皇にしか使えないスキルをいくつかお持ちなのだそうだ。

 その中にジョブ診断をすることができるのだという。


「構いませんが、お寒いですからそれはまた後ほど……」


 そこまでしか、言えなかった。



 さきほどまでぶつくさ言っていたジョエル様が、突然ラインモルト様を式典用のダガーで背中から刺したのだ。


「うっ!」


 ラインモルト様は小さく声をあげてうずくまったが、堪えきれずそのまま床に倒れた。


 ジョエル様は違う違うとまだ言い続けていて、さらに刺そうとした。

 目の焦点が合っていない。

 まるで操られているみたいにおかしな状態だ。


「パニエさま、ラインモルト様を助けて!」


 するとパニエからレースが外れて延び、ジョエル様を鞭のように打ちのめした。

 彼は水晶の壁に叩きつけられたと同時に、それが体に巻き付いて拘束した。


 私はマジックバッグから特級ポーションを取り出した。

 これでバッグを持っていることは隠せない。

 だけどバレたってかまわない。

 ラインモルト様の方が大事だ。


 特級は上級よりも効果のあるポーションで、即効性がある。

 お体の弱っているラインモルト様には、上級ポーションでは足りないかもしれない。

 素材が足りないからと後回しにせず、エリクサーを作っておけばよかった。


 お側に駆け寄って体に掛けようとした瞬間、私の体にも衝撃が走った。






 おそるおそる下を向くと、私の心臓に別のダガーが刺さっていた。

 貫通している。

 何とか振り向くと、僧服を脱いだテリオス様が嘲笑を浮かべながらで立っていた。


 彼はそのままダガーをぐるりと回して、引き抜いた。

 おびただしい血が私の体から噴き出した。

 慣れた手つきだ。

 手の色がもう青くない。

 右手の小指がさっきより少し短い……。



 ふと昔学校で聞いた話がよぎった。

 Aクラスのエドセン君が彼に声をかけていたんだ。


「お前さぁ、なんで右手の小指だけ手袋余ってるんだよ」

 

「あっこれ? 実は治癒魔法に失敗して先がないんだ」


「マジで?」


「うっそ、生まれつきちょっと短いんだよ。

 この手袋、既製品だからさ」


 そう言って手袋を外して見せた。

 ちゃんと爪まで揃っていた。


「なんだ、びっくりさせんなよ」


 そう笑っていたような、他愛ない話……。




「……オーギュスト……カロン」


「へぇ、なんでわかったの?

 まっいっか、そんなこと。

 それにしても何? そのパニエ。

 せっかくのジョエル人形が使えなくなったじゃん」


 刺された衝撃で私は床にポーションをこぼしてしまった。

 このままじゃ、ラインモルト様が……。


「どう……して……」


「うん? もう死ぬのにそんなこと知りたいの?

 冥途の土産ってヤツ?

 俺の目的はこの神の石さ。

 これを使って神様になるんだってさ。

 眉唾だけど、人間が滅ぶんだったらどうでもいいや。

 そのためにさっきのジョエルを使って、ヴェルシアの裁定を起こさせたんだ。

 この中は教会の人間しか入れないからな。

 それでテリオスってヤツの右手を貰って、眠ってもらったってわけ」



 もう何も言えなかった。


 噴き出た血の量はわからないが、辺り一面が赤い。

 これは致死量だ。

 でもまだ死んでいない。

 心臓が止まっても、ヒトはすぐに死なないって本当なのだな。


 私は体を支えきれずに倒れこんだと同時に、耳の辺りから何かが落ちた。

 何だろ?

 ああ、目の前が暗い。

 子どもたちの元に戻るはずだったのに……。

 家族みんな領地で幸せに……笑いに満ちた暮らしを……。



 最期にかすかに聞こえたのは、ラインモルト様の祈りの声だ。


「神よ、代理人たるわしの身命すべてを捧げます。

 教皇スキル『神の雷』‼」



 そうして、私は死んだ。











≪Loading……。


 賢者エリー・トールセン、死亡確認。

 これにより前世からの呪詛より解放。


 神の因子、起動。

 再構築します……≫


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これにて第16章が終わります。

1週間ほどお休みをいただいて、再開は7/7からです。

休みと書きましたが私はそのまま書き続けています。


エリーは新スキルになったのは賢者の称号を得ていたからです。

それをビリーに隠蔽されていました。

そのため上級魔族たちとドラゴ君以外は。彼女が賢者なことを知りません。


ヴェルシアの裁定における敵対側は検事、味方側は弁護士、中立は公正を期すため、判事は女神ヴェルシアです。


この物語はハッピーエンドです。

必ず終わらせます。


どうぞよろしくお願いいたします。

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