第709話 マウスナイト


 眩しい光が収まると、まどかさんの体から立ち上った黒い何かは消えていた。

 私からもごそっと力が抜けたような感じはするけど、魔力は使っていなかった。

 なんだろ?

 緊張から疲れてしまったのだろうか?


「あ、アンタ聖属性魔法が使えるの⁈」


 まどかさんがそう叫んで、私はホッとした。

 正気に返ったのだ。



「違うわ、よく見て」


 私の前にさっきパンくずをあげたネズミたちが並んでいた。

 見れば大きい個体だけでなく、全員聖属性のネズミになって光り輝いていた。

 彼らがまどかさんを救済したのだ。


「このネズミたちは大聖堂カテドラルに棲んでいるのよ。

 あなたを助けてくれたのね。

 転生転移者は悪魔に狙われやすいの。

 まどかさんの心の弱いところを突いてきたのよ」


「あたしは心が弱くなんてない!

 アンタみたいに誰からも愛されて守ってもらえるヤツにそんなこと言われたくない‼」


 誰からも愛されるなんて、そんなわけないじゃない。

 ローザリア子爵からもユナからも、ずっと前だったらルノアさんやたぶんマルト・ドロスゼンからも嫌われている。

 男の子は接点がないからよくわからないけど、ユナの孤児院の子たちからは多分そう。


 そう言い返したかったができなかった。

 まどかさんが騒いだせいで警備の聖騎士がやってきたからだ。

 彼女はそのまま連れて行かれた。



 心配だ。

 このまま彼女を1人にするのは危険すぎる。

 また何かで気持ちが不安定になったら、悪魔に狙われるかもしれない。


 それで金色に輝く彼らに話を持ち掛けた。


「ねぇ、ネズミさんたち。

 もしよかったらなんだけど、彼女のこと助けてあげて欲しいの。

 あげられるものといったら、今はこのパンと干し肉ぐらいなんだけど」


 私はマジックバッグからパンを5個と干し肉のいくつか取り出すと、彼らは咥えて巣に戻っていったがまた戻ってきた。

 えっと……足りないってことかな?


 確かに私とまどかさんを助けてくれたのだから、もっといいものをあげたいな。

 


 それで何かないか探したら、あった。

 ハチの子入りのポーションキャンディーだ。

 これを1匹に1つずつ上げることにした。


 すると彼らはその場ですぐに食べて、まるで忠誠を誓うように私の指先にキスをした。


「まぁ、まるで騎士みたいね。

 ではあなたたちを私の騎士、マウスナイトに任命します」


 そうふざけて言っただけなんだけど、彼らはさらに光り輝いてしまった。

 あれ? テイムしてないけど……。

 しまった!

 真言スキルだ。


 このスキルは言語に関係するものに効果があり、私の戯言が本当のことになってしまったのだ。


 でも頼んだのはまどかさんの助けになることで、それもよかったらの話だ。

 彼らがまどかさんを助けなくてもそれは仕方がない。

 この牢から出られたら、オスカー様に頼んであの子たちをもらい受けよう。



 マウスナイトたちが去って、さほど経たずにまどかさんを連れ去った聖騎士たちが戻ってきた。

 どうやら私は監視下に置かれることになったようだ。

 牢屋の前に聖騎士が2人立っている。

 これなら荷物を取り上げられる危険を冒してでも、みんなと連絡を取ればよかったよ。


 するとまた荒い足音がして、今度は数人の司祭様方が入ってきた。

 最後に来たお一人だけ見たことのあるが、名前は知らないお方だ

 前にラインモルト様と再会した時にお茶会の給仕をしてくれた……その時は司祭だったけど今は司教の服装だ。

 きっと良い家柄のお方なのだろう。


 教会は全員信心深いという前提から元の身分で偉くなりやすいって、ラインモルト様が仰っていた。



 その司教様は憎々し気に私をにらんだ。


「お前のような穢れた存在をこの大聖堂に1秒でも置きたくない。

 今からヴェルシア様の裁定にかける」


 まだ夜なのに?

 他の立ち合いもなく?


 私は見張りの聖騎士たちに、後ろ手に縛られ目隠しされ猿ぐつわを嚙まされた。

 髪をつかまれ引きずられるように地下牢かつかまれた。

 最低の犯罪者の扱いだ。

 脚の腱を切られていないだけマシか。



 しばらく歩くと階段があり、さすがに目隠しだけは外された。

 担ぎ上げるのには天井が低く、聖騎士たちもかがんで登らないといけなかったからだ。

 このために腱を切らなかったのね。

 ここが大聖堂のどこなのか思いつかない。

 秘匿された塔なのだろう。

 それくらいの隠蔽を神々ができないはずはない。


 最上階まで上がって重そうな石の扉があった。

 少しだけ開いている。

 それを騎士たちが数人がかりで引っ張って中に入れるまで開けると、私は押し込められた。


 眩しい!

 目が慣れてようやくそこが光り輝くの石でできた部屋であることが分かった。

 前壁は3つくりぬかれていて、どうやら立席になっているようだ。

 いや壁が光っているのではなく、透明な水晶が光を反射しているのだ。

 

 この光はどこからと思ったら、中央に小さいながらもものすごい力を放つ石があった。

 それが光の源だった。

 鑑定しなくてもわかった。

 聖属性の精霊石だ。


 ないとされていた聖属性の精霊石。

 つまりこの石さえあれば、誰もが聖属性魔法が使えるもの。

 リカルド様が作ろうとされていたものだ。


「ハハハ驚いたか、これぞ神の石である。

 私に天啓を与えてくださった神の意思そのものだ」


 私を国家反逆罪だと言ったのはこの方だったのか。


「もはや逃げることは出来んぞ。

 これよりヴァルシア様の裁定を」


 そこまで名も知らぬ司教が言いかけた時、鋭い声が遮った。


「待て‼」



 入って来たのはラインモルト様だ。

 いつものお優しい丘をではなく、厳しい表情をされている。

 夜着にガウンのままのお姿で、お付きの若い司祭を1人だけ連れてきていた。

 少し息を切らしていらっしゃる。

 お加減が優れないのに急いできたからだろう。


「これはこれは、ラインモルト猊下」


「ジョエルよ。

 ヴェルシア様の裁定は夜が明けてから執行するはずでは?」


「この女が聖女マドカをたぶらかしたため、時間を早めたのです」


「勝手な真似を。

 エリーはわしが後援する子じゃ。

 裁定には裁定を受ける者の味方も中立の者も、同席させることになっておる。

 なぜわしを起こさなかった?」


「ご高齢の御身を慮ってのことでございます。

 親しかった子どもが悪に堕ちた様は見せたくないのです」


「何を言うか。エリーにそんなことは出来ぬ」


「フッ、猊下。

 下々の者は上手に嘘をつくのです。

 その証拠にこの女は隣国の辺境伯をまんまと騙し、金をせしめました」



 確かに私は嘘がつけないわけではない。

 でもそれは自分の命がかかった時だけだ。


 ただし演技スキルを使えば、私は本当でないことを通常でも言える。

 どうしてできるのかは私もよくわからないが、たぶん台本通り読んだだけだからだ。

 私がしたのは辺境伯にほとんど口を挟ませないようにして、セリフをしゃべり悪役令嬢を演じただけだった。

 それを本当だと思うかどうかは相手次第で、あらゆる事態を想定して台本を作ったのはリカルド様とモカであって、私ではない。


 リカルド様には私が台本を書いたことになっているけど。

 私にはあんな内容思いつかないよ。


 だから使わなかった設定もあった。

 最後の『クライン家なめんな』もそうだし、血気にはやった従者たちを『無礼者!』と打ち据えるのも使わなかった。

 襲ってこなかったからね、結構練習したのに……。



「わしはエリーを信じておる。

 実際の彼女は、捕まえたハーシアの貴族たちに必要以上の暴力を振るわないためにやむを得ずそうしただけじゃ。

 相手の再犯を防ぎ、戦争を起こさないための芝居じゃ。

 その程度のこともわからぬとは、おぬしは頭が固すぎるのう」


「その言葉はあなた様にそっくりお返しする!

 もはやあなたは地位にしがみつくただの老害だ‼」


「たとえ老害であっても、今はおぬしよりも地位が高いぞ。

 わしもヴェルシア様の裁定に参加する。

 中立の立場のものはテリオス、その方エリーと面識はないな」


 お付きの若い司祭に声をかけて、今初めて会ったと返事があった。


 こうしてヴェルシア様の裁定が執り行われることになった。


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ジョエル司教(当時司祭)は、第315話で給仕をしている話があります。


マウスナイトたちは夢の中のエリーの従魔だった子たちで、もちろんこの世界で初めて出会うのですが何か惹かれあうものがありました。

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