第708話 地下牢にて


 次に目が覚めたのは瞼の向こうがやたら眩しかったからだ。


 体感的には1,2時間眠っていたようだ。

 目を開けるとやっぱり眩しい。

 目を細めてようやく、私がこぼしたパンくずを5匹のネズミたちが食べているとわかった。

 その中の一番体の大きな個体が光り輝いていたのだ。


 ここは大聖堂カテドラルだ。

 聖属性の力で満ち溢れている。

 だから光属性の個体が生まれたのだろう。


「あなたたち、それで足りるの?

 もっとあげようか?」


 私がそう声をあげると、光っている子が近寄ってきた。

 眩しすぎる。


「ちょっとだけ光を落としてくれる?

 パン、出してあげるから」


 すると光を押さえてくれた。

 人語を解するほど知能が高いのだ。


 私が囚人服の裾にふれると、パニエ様がマジックバッグをそっと差し出してくれた。

 そこからパンを取り出して細かくちぎると、ネズミたちが群がった。

 教会はどこもかしこも掃除が行き届いているから、彼らは危険を冒して厨房からくすねる以外に食べ物を手に入れるすべがないのだろう。

 それでも何とかやってこられたのは、この光属性のリーダーのおかげなのかもしれない。



「ねぇ、ここは暗くて寂しいから、私とお友達になってくれない?」


 するとリーダーがチチっと鳴いて、私の掌に乗ってくれた。


「少しだけ見せてね」


 私が掌の中の子を撫でながら鑑定すると、浄化魔法が使えるようだった。

 つまり光属性から聖属性魔法に変わっているのだ。


 通常の家ネズミはあまりきれいなものではないのだけど、だからこの子たち全員とてもきれいなのね。

 他のネズミたちはまだ家ネズミのようだったが、この分だと聖属性に変わるかもしれない。

 彼らは特別役に立つわけではないけれど、側にいてくれると心が安らいだ。


 そろそろみんなが心配している頃合いだろう。

 バッグの中には通信鏡が入っているけれど、それなりの魔力を使うようなことをすればマジックバッグごと取り上げられるかもしれない。

 もう少し夜が更けて、ヒト気が去ってから使おう。


 するとネズミたちが急に壁に開いた小さな穴に走っていった。

 誰か来るんだ。

 私はマジックバッグを仕舞って、居住まいを正した。



「うっそ、真っ暗じゃない。

 ろうそくは……もう! めんどくさい。

 光の聖霊よ、我に光を」


 灯りをつけたのはまどかさんだった。


「どう? ちょっとは反省した?」


「反省も何も、やってもいないことを並べられて入れられただけです。

 もしかしてさっきのあなたへの発言が不敬罪に取られたんですか?」


「違うわよ、アンタは国家反逆罪。

 罪状は魔族とつるんで悪いことしたって聞いたわ」


「親しくはしていますが、悪いことはしていません。

 私には清廉スキルがあって、悪事を働くことができないんです」


「何言ってるのよ!

 どっかの貴族から金を脅し取ったって聞いたわ!

 アウラウンのことだって、アンタが黒幕ってローザのメイドが調べたのよ!」


 そういえばハインツ師から警告を受けていたな。

 まさかそのメイドって、ユナ?


「私には演技スキルがあって、台本通りだったら多少のことはできます。

 でもそれは戦争回避と、犯罪者に罰を認識して賠償させるための演技です。

 清廉スキルには抵触しません」


 ご子息たちが売却されたと聞いて親御さんたちが自殺などしないように、クライン様がネタ晴らしの手紙をすでに送ってくれている。

 これは温情でもあるし、コルテス辺境伯の顔を潰すためでもある。

 彼はまんまと私たちに騙されたのだから。

 ただし償いが済むまでは彼らを返すことはできないし、反抗や脱走するならば売却すると念を押してもらった。


 つまり暴れたり鉱山から逃げたり、その手助けをしたりしたら、魔法契約が働いて奴隷商人の元へ自分で向かってしまうのだ。

 そうしたら最も高く買ってくれるところに売ることになる。

 そしてコルテス辺境伯には彼らを買い戻すだけの資金はもうないのだ。



「このスキルは私の行動を制限しますが、私を守る役割もあります。

 国家反逆罪に手を貸すことなどできないのです」


「でも知らずに手伝わされていたら?

 やるんじゃないの?」


「それが不思議なことに危ない相手だと騙される前に教えてくれるんです。

 私がまどかさんを心から嫌いになれないのはそのせいですね。

 あなたはセレスさんを手に入れたいとは思っていても、私に危害を加えたいとは本当は思っていないでしょう?

 でも友達であるミューレン女子爵を裏切れないから、苛めに加わっていた。

 違いますか?」


 でも親しくなったら搾取はされるだろうけどね。

 ユナやジョシュはそのいい例だろう。



「……別にそんなんじゃない。

 あたしは余計なことに気を回したくないだけ。

 これまでずっと寝たきりだったから、効率の悪いことはしたくないのよ」


「ええ、よくわかります」


 つまり私への苛めも、褒められることではないけれど一緒に笑っているのが一番効率いいということなのだ。

 だから彼女は直接的に私にそれ以上の危害は加えない。

 さっきの無礼討ちだって、自分の意思を通すために言ったに過ぎないのだ。

 口で言うほどの実力行使しなかったことがその証拠だ。

 たぶんまだ文献を調べるほど、語学力が追い付いていないのだろう。

 古代語も必要になるからね。


「でもここに来ていただいても、本当に魔族の国のことは知らないんです。

 もしあったとしても彼らは私に漏らさないでしょう。

 なぜなら今は勇者・聖女・剣聖・賢者が揃っているのですから」


「ふん、あのハヤトじゃ、魔族を倒すの無理でしょ。

 ヘタレのガキなんだから」


「ええ、あの方は心の優しい方ですから。

 戦うだけが勇者ではありません」



 まどかさんはあきれたように小さくため息をついた。


「アンタねぇ、マジでヤバいんだから。

 処刑の話まで出てるのよ」


「国家反逆罪ならある得ることですね」


「だからどうして落ちついていられるのよ!」


「そうですね、一番は私とリカルド様との契約ですね。

 私が死ねば、あの方の力は弱体化します。

 それは国も望まないはず。

 今やコーネリウス先王陛下は崩御され、大規模戦闘魔法が使える人材はほとんどいません。

 この国の切り札をそう簡単に捨てるとは思えません。

 少なくともあの方との契約を破棄させるか、裁判またはヴェルシア様の裁定を受けさせるかしないといけません」


 リカルド様以外に出来るとしたら、それはハインツ師だ。

 でも彼も高齢で何度も撃てるかはわからない。

 後はレヴァイン魔法士団長。

 たった3人だがその力は大きい。

 これまでわが国が守られてきたのは、神の加護だけではないのだ。



「それで落ち着いてるんだ」


「焦って泣いたり暴れたりしても、お腹がすいて疲れるだけです。

 こんな真っ暗な地下牢で叫んでも誰も来ませんし」


「アンタの頼みのリカルドは、どうやら失脚するらしいわよ。

 面倒見ていたアンタが国家反逆罪になったからね」


「どうしてやってもいない罪に問われているかわからないんです。

 証拠でも捏造したんでしょうか?」


「神託があったらしいわよ。

 その司祭は神の御印をいただいたらしいわ。

 今は証拠固めをしているわ」


「神託ですか……」


 やっていないのに証拠固めってどうやってするんだろう?

 目撃者でも用意するんだろうか?


「でもラインモルト枢機卿がごねて、ヴェルシアの裁定を受けさせてもらえるらしいわ」


「なら大丈夫です」


 ヴェルシア様の裁定はマスターたちが私に黙って国家転覆を企てていても、私が知らなければ罪に問わないのだ。



「まどかさんはどうしてこちらに?

 私に情報を与えるためじゃないですよね?」


「……ディアーナに頼まれたのよ。

 アンタがこっちの地下牢に入ったって聞いてね。

 あの子、アンタが転生者と繋がっているって言うんだけど」


 うーん、まどかさんには話さないでって言っていたはずなのにな……。

 緊急事態だから仕方がないか。


「魔法契約で話せないし、目線などでも知らせられないんです」


「マジか。なんか大切なヒトと繋がっているんだって泣いてた。

 アンタが死んだら、連絡が取れなくなるって言われたわ。

 あの子にはずいぶん世話になったしね」


「それって効率良くなくないです?」


「あたしのこと何だと思ってるのよ!

 このくらいの恩返しぐらいするわよ。

 それにアンタのおかげで楽もさせてもらったし。

 このまま死なれたら、目覚めが悪いじゃない‼」



「1つだけ教えられることがあります」


「何よそれ」


「私も転生者らしいです。

 記憶は全然ないんですけどね。

 エリーゼ・カーライルさんってご存じです?」


「うわっ! アンタ、あの偽善ババアなわけ?

 どうりでピアノが上手いはずだわ」


「演奏は聞いたことなかったんですか?」


「1、2度あったけど、馬鹿らしくって。

 アイツ有名な慈善事業家なんだけど、あたしたちの体で薬を試したのよ!」


「治験ってことですか?」


「ええ、あたしやハヤトは難病でね。

 大人に効く薬を子どもに投与するってやつの初期だったのよ」


「断らなかったんですか?」


「だってママが! ……母親が勝手に申し込んじゃったのよ。

 あたしはいらないって言ったけど、無料だからって聞いてもらえなかった」


「病気は治らなかったんですか?」


「治ったわ、治ったけど……もっとちゃんと聞いて欲しかった。

 ママはあたしに縛り付けられたくないから、無理やり薬の実験させたんだ。

 あたしなんかいらない子だったんだ‼」


 彼女は頭を抱えて叫び出した。


 どうやら私はまどかさんの触れてはいけない部分を聞いてしまったようだった。

 聖属性であるはずの彼女の体から、黒い何かが立ち上ってきた。

 ダメだ! これは良くないやつだ。


「まどかさん、落ち着いて!

 その昏い存在に心を許してはダメ!

 あなたはいらない子なんかじゃない‼」


 そう叫んだ瞬間、辺りが目も開けていられないほどの光に包まれた。


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レヴァイン魔法士団長は、エヴァンスの教師であるレヴァイン先生のお姉さまで次期賢者候補と言われるほどの女性です。

先生の女嫌いの原因になった女性でもあります。

いろいろ書こうと思っていたけど彼ら兄妹のことはあまり掘り下げる予定はありません。

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