第707話 冤罪
「エリー・トールセン、国家反逆罪で捕縛する!」
国家反逆罪? 一体何のこと?
「恐れ入りますが、そのような身に覚えはありません。
どのようなことでそのような容疑がかかったのでしょうか?」
「容疑ではない! 貴様の罪は判明している‼」
判明? 何か事件があったの?
この間のハーミアのコルテス辺境伯とのこと?
「あの、コルテス辺境伯とのことはリカルド・ゼ・クライン卿が陛下の指示を仰ぎ、全権委任されたと伺っております。
受け取った賠償金も、きちんと納税させていただきました。
何か問題があったのでしょうか?」
「その件ではない。
アウラウンを使って王都をアウラウネに襲わせ、しかも違法な薬物を作りクライン伯爵閣下を殺害。
そしてアウラウンの素材を魔族に渡してこの国を陥れようとしたのだ。
おとなし気な小娘の顔をして、何たる毒婦だ!」
? 意味が分からない。
「アウラウネの襲撃はアウラウンのテイムを秘匿した故エリック・ターレン元子爵が引き起こしたものです。
アウラウンの薬物は、薬師ギルド長などの多くの方から不妊治療のためとご希望があり作りました。
ですが大変危険なモノでしたので、錬金術協会に廃棄処分を願い出て全て納めさせていただきました。
あの薬は命を奪うものではないので、人格は破壊しますが殺害は出来ません。
もちろん閣下に投与などしておりません。
ここ数日どころか、数か月間会っておりませんし、差し入れのような食品をお渡しすることもございませんでした。
アウラウンの素材は確かに魔族に渡しました。
余りにも危険で細かく粉砕しても薬の成分が抜けないので、使えなくなるほど分解のできる信頼できるお方に預けました。
それによって何か問題が起きたのでしょうか?」
「我らの役目は貴様の拘束である。
これ以上の話は無用。
おとなしく縛につけ‼」
えっ? そんな理屈で捕まれというの?
ちゃんと全部説明したじゃない!
さすがの理不尽さにリリー先輩もおかしいと言ってくれた。
だがこのままでは埒が明かない。
「先輩、このことをリカルド様とサミー様にご報告くださいませ。
あとカイオスさんにも。
私はこの方たちについていきます」
「いいえ、ダメです。危険だわ」
「この国は法治国家です。
準貴族である私を嬲り殺しにすることはできません。
裁判なり、ヴェルシア様の裁定なり、受けさせなければなりません。
今すぐ受けることはさすがにできないでしょうから、一晩くらい我慢します」
むしろリリー先輩や他の護衛が、近衛兵と戦闘になったら問題だ。
そのことでクライン伯爵家を陥れる陰謀かもしれないのだ。
アンソニー閣下亡きあと、リカルド様のお力は認められているとはいえまだお若い。
おかしなたくらみがないとも言えないのだ。
そうして私は縛り上げられ、猿ぐつわに目隠しまでされた。
どこかで女の笑い声がしたが、空耳だったかもしれない。
連れて行かれたのは王城内の牢ではなく、
つまり裁判ではなくヴェルシア様の裁定を受けさせるつもりなのだろうか?
牢に入る前の小部屋に拘束を解かれて投げ入れられる。
「おい! 服を全部脱げ‼」
はい? 男性騎士の前でですか?
「殿方の前で服は脱げません。 女性騎士を連れてきてください」
「貴様のような貧相な女の体を見て欲情するものなどおらん!」
と言いながらもニヤニヤと嗤っている。
いや、絶対無理です。
ヒトにしたことは自分もされるというのは本当なんだな。
この間のハーシアの少年貴族たちに同じような身体検査をしたばかりだ。
でも意識のない間にサッとすませたのと、嘲笑されながら脱ぐのでは大違いだ。
全裸にするのは持ち物を調べるだけでなく、相手の心を折るためとも言われている。
だから彼らはニヤニヤしているのだろう。
でも罪と言われたことはやっていない、つまり冤罪だ。
だから、断固拒否する!
すると階段を急いで降りてくる足音がした。
顔見知りの司祭様と尼僧さまだ。
小部屋にいる私を見て大変驚いていたが、近衛兵の方をキッと睨んだ。
「急な囚人の受け入れ要求を言ってくるかと思えば、このような不埒な真似を!
その方ら、ここは枢機卿猊下もおわす大聖堂なるぞ!
異性を裸にするような破廉恥な真似は許さぬ‼」
「はぁ? こんな子どもの裸なんぞ、なんとも思わんわ!
国家の反逆者に身体検査なしなどありえん」
「ならば女性騎士を連れてくるか、我らの手の者を使え。
信用できぬというのならば、魔法契約で縛っても良い。
とにかく異性に触れるのは許さん‼」
そこで私を全裸にして調べることや、話しかけない、手加減はしないなどの取り決めて魔法契約をすることになった。
教会側が主張してくれたのは戒律のためというより、私のためだったのだろう。
尼僧たちは心配そうに背中をさすってくれたし、服を脱がされたが決して乱暴ではなかった。
脱がされた喪服もきちんと畳まれていたからだ。
しかも裸のままでなく、穿いてきた下ばきの使用と囚人服も貸してもらえた。
ただ大人の男性用のものしかなく、ぶかぶか過ぎた。
襟ぐりが開きすぎなので、そのままだとするりと脱げてしまう。
脱げなくなるような胸囲が増えるものがないからだ。
それで首周りの布をつまんで結ぶと何とか着られた。
丈もひざ下くらいまではある。
短いけど許容範囲だ。
教会の皆様、感謝いたします。
ただパニエ様を持って行かれたのは地味に辛い。
牢は窓もなく灯りも持って行かれたので、真っ暗だ。
着替えのために
出来るだけ消耗しないようにしなくては。
これは明らかにおかしい。
まず拘束理由もそうだが、問答無用で地下牢に入れるなんて、余程危険な犯罪者でないとされない。
暴れたわけでもない私がこんな目に遭うのはおかしい。
まずは取り調べのため、手近な牢に入れられるのが普通だ。
あっ、そうか。
カイオスさんの存在を気にしているんだ。
彼は昔王都の警ら隊にいたと言っていたし、王都のあらゆる牢屋は熟知しているはずだ。
知らないのは王城と大聖堂の地下牢だけってことか。
でも私が捕まったことに気が付くのはもう少し後だろう。
何もしないで待っていて欲しいな。
とにかくリカルド様たちが助けに来てくれることを待つしかない。
食事は追悼式の演奏前に軽食を食べたきりだが、まだ大丈夫だ。
寝具などは一切なかったが床は地面のままだし、近くで火を使っているのかほんのり温かい。
寒くて死ぬことはなさそうだ。
私は床のごろりと体を横たえて目をつぶった。
しばらくするとふわりと温かくなった。
目を開けると、私の体の上にパニエ様が覆い被さっていた。
うっすらと発光している。
さすが精霊衣装。
「戻ってきてくれたの?」
パニ、エリーまもると、心話とはまた違った形で伝えてきた。
精霊だからか音や思念ではなく、皮膚感覚でわかるのだ。
この間は怯えてごめんなさい。
あなたは優しいパニエなんだね。
私がそっと抱きしめると、喜んでくれたようだった。
探ってみるとマジックバッグもあった。
それで水とパンだけ取り出して食べた。
料理も入っていたけど、匂いがしてしまうかもしれないから止めた。
食べ終わってから私はパニエ様を通常通り穿くことにした。
そうするとボリュームを押さえて、少し短めになってくれた。
これならば裾をめくられない限り、わからないだろう。
マジックバッグの中の通信鏡でみんなと連絡を取らないと。
でも近くをうろうろする気配はずっとしている。
下手な動きをすれば、それで有罪にされるかもしれない。
理不尽な暴力を受けることも考えて、テントウムシ型の魔道具を結んだ襟ぐりの辺りに隠すようにつけておいた。
何かあれば記録しておくつもりだ。
とりあえずこれで今できることはやった。
お腹も膨れたので、クリーンの魔法をかけて再度眠ることにした。
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