第706話 クライン伯爵の葬儀

 

 練習を終えて、別館に戻ると私は皆に告げた。


「リカルド様の命令で明日の追悼式が終わり次第、領地へ立つことになったわ。

 みんなにもついてきて欲しいの。

 これは内緒で行かないといけないから、準備していることを悟られてはダメよ」


「じゃあ外での買い物はダメだけど、別館のものは持ち出していいんだね」


「そうね、私たちの私物ならいいわ」


「ピアノはどうするの?」


 モカがそう聞いてきた。

 リカルド様は忙しくてほとんど私が弾いているのだ。


「これは国宝だし、持って行ってはダメ。

 盗難として扱われたら、私たちは犯罪者になるわ」


「エマはどうなるの?」



 ドラゴ君が厳しい顔で聞く様子から、エマ様は不安そうな顔になった。

 ああ、連れていけるなら今すぐでも連れ出したいのに……。

 私は彼女を抱きしめた。


「エマ様、申し訳ありません。

 今回も連れていけないのです。

 でも落ち着いたらサミー様が領地まで連れてきてくださいますからね。

 もう少しの間、待っていてくれますか?」


「……エマ、待ってる」


 ああ、こんな寂しいお顔をさせたくないのに。


「あたし、残ろうか?

 モリーたちもいるけど、あたしがいれば通信鏡も使えるでしょ。

 一応転移もできるし」


 モカはドラゴ君ほどの距離は飛べなくても、追手のかく乱くらいにはなる。


「うーん、そうね。

 王都さえ出れば、緊急事態には飛んでこられるものね。

 お願いできる? モカ」


「りょうかーい。

 でも荷物は持って行ってもらおうかな。

 こぐまベッドはもうしまっておいてちょうだい。

 今日は皆で一緒に寝ようよ」


 私はそれを了承して、明日着る喪服以外のすべての私物をマジックバッグにしまった。

 もはやバッグとセットになったパニエ様は何も言わずにボリュームを押さえた状態になった。

 いつもありがとうございます。



 ベッドに入る前に私はエマ様を抱きしめた。


「エマ様、前に私の従魔になりたいって仰ったことを覚えていますか?」


 彼女は頷いた。


「使用人だったのでずっとお伝え出来なかったのですが、私はエマ様のことを心から愛しております。

 ドラゴ君やモカやミラやモリーやルシィやソル=リュンちゃんと同じぐらい大切なお子です。

 従魔になる必要はありません。

 ならなくても私の子どものように思っています。

 リカルド様、いえお義兄にいさまのお考えですぐに一緒には住めませんが、私はあなた様を自分の娘にしたいのです」


「エリーがおかあちゃまになってくれるの?」


「はい、そう願っておりますし、お義兄さまにもそうお伝えしています」



 エマ様は花が咲いたようにパァっと明るい笑顔になった。


「エリーおかあちゃま!」


「はい、大事なエマ。愛しています」


「エマはぼくらの大事な妹だよ」


 そう言ってドラゴ君は彼女に頬ずりをした。

 モカもミランダもモリーもソレイユ=リュンヌもだ。

 ルシィはルエルトにいるので、私が代わりに頬ずりした。


 葬儀の後もしばらくバタバタするだろう。

 当分サミー様も領地に来られないだろうけど、それでも待った方が安全なはずだ。


 私はベッドに入ったみんなの瞼にキスをした。

 いい夢が見られますようにと願って。

 これからもこの幸せが続くことを信じて。


 一緒に眠るとポカポカ温かい。

 この温もりは幸せの証、命の尊さ。

 私は子どもたちの母親として生きていく。

 それが楽しみでしかたがない。




 翌朝手早く食事を済ませて、子どもたちの食事の支度をした。

 あとはパぺットメイドさんにみんなの世話をしてもらうのだ。


 今日の身支度は自分でする。

 侍女ーズさんたちはこの館の使用人の中でも位が高い家の出身なので、ご自分たちが葬儀に参列するのだ。


 それに1人でできないほど、大変な支度があるわけではない。

 逆に華美な服装や化粧はマナー違反だ。


 着るのはコルテス辺境伯の前に出た時に着た、黒いドレスだ。

 黒は安らぎの闇を表し、死を悼む時にも使われている。

 控えめなパブスリーブやレースの飾りが少しついただけのものだが素材はいい。

 故人の追悼式などに着ようと思って作っておいたものだが、まさかまだお若いアンソニー閣下の葬儀で着るとは思わなかった。


 アクセサリーは一重の黒淡水パースのネックレスだ。

 これもシークレットガーデンの池で取れた。

 池に棲む貝はほとんどが白かピンクなのだけど、数匹ほど黒い真珠を出す子がいたのだ。

 それを地道に集めて作った。


 これはみんなで水中かくれんぼをよくやっていた場所に生息していた子たちで、ルシィの闇属性魔法に染まったのだと思う。

 水草の陰も潜む魔法をよく使っていたのだ。

 他にも紫色の真珠を出す子もいるから間違いない。


 最後に赤みの少ない口紅を塗って、ベール付きの帽子をかぶる。

 私は未成年なのでベールはなくてもいいのだが、サミー様の婚約者として出席するし、あと1か月ちょっとで成人するのでつけることにしたのだ。

 表情も見えにくくなるしね。



 私の子どもたち、特にエマとモカをしっかり抱きしめて、別れを惜しんだ。

 なぜなら大聖堂での葬儀後、王城での追悼式を済ませたらそのまま領地へ向かうのだ。


「ぼくとミランダもお城までは一緒に行くよ。

 エリーの魔導馬車の中で待っていればいいよね」


 魔獣は王城の中へは許可なく入れない。

 それで馬車を先回りして領地への道から少し離れた林の中に隠しておくのだ。

 レント師の魔導馬車はステルス機能も使えるので、ほぼ見つかることはない。


「ええ、カイオスさんも王城へは入れないから、今日の護衛はリリー先輩なの。

 先に領地へ向かってもらっているから、通信鏡で連絡を取ってその後を追いかけましょう」



 私は魔導馬車をドラゴ君に預けてリカルド様とサミー様と共にクライン伯爵家の馬車に乗った。

 領地にいらしたピエール様は戻ってこられたが、奥様は欠席された。

 本来なら必ず出席しなくてはならないが、今子どもを身ごもっておいでなのだ。

 クライン家は貴重な光の精霊王の加護を持つ家柄なので、子どもの命の安全を取るよう王命が下ったのだ。


 アンソニー閣下の正妻であるアナスタシア様は病欠ため、家族席はリカルド様とピエール様が先頭席。 

 サミー様とジュリア様とピエール様のお母様が次席。

 私はその後ろに1人で座ることになった。

 私の後ろには姻戚関係のある家系の方々が座る。


 畏れ多い席順だがサミー様はアンソニー閣下が正式に実子と認め、爵位を賜っている。

 つまりその妻になる私は直系の家族扱いになるのだ。

 これに異論を唱える方は、意外なことにいなかった。


 どうやら例の10億ヤンの賠償金が私の地位を高めたらしい。

 多少の窃盗と平民30人の命なら頑張って300万ヤンがせいぜい。

 それを駆け引きで10億まで引き上げたのだから、相当なやり手と思われているようだ。


 王族席には国王、王妃、三殿下が座り、貴族席には筆頭のラリック公爵家、グロウブナー公爵家、ロシュフォール公爵家が見えて、その後ろが続く。

 ミューレン侯爵の隣にはローザリア子爵が見える。

 同じ王子妃候補のアメリア様はアーバスノット伯爵家の席だ。


 私と違うのは彼女たちがあくまで候補であるということ。

 だから王家の家族席には座れないのだ。



 葬儀を執り行うのは、ラインモルト様を筆頭とした4人の枢機卿と司教たち。

 厳かな式が粛々と進行し、家族の献花になった。

 最初に花を手向けたのはリカルド様、ついでピエール様、サミー様。

 次のジュリア様が泣き崩れたので、私とサミー様とでお支えした。

 抱えるようにジュリア様が連れて行かれたので、私が花を捧げなければならない。


 棺の中に眠るアンソニー閣下の最期のお顔を拝見する。

 あれ?


 ウソ! これは……ご遺体ではない‼


 よくできているけれど、私が毎日見ている……パペットメイドさんと同じものでできている。

 どういうこと?


 次の献花者が咳払いをしたので慌てて花を胸元に置き席に戻ると、リカルド様が他のヒトに見えないようにクライン騎士団のサイン〈後で〉を送ってきた。


 私は他の方に気取られぬように、ベールを下ろしたまま俯いておいた。

 この帽子にしてよかったと心から思った。




 葬儀が終わり、王城へ場所を変えて追悼式だ。

 ジュリア様とピエール様のお母様はここまでだ。

 ジュリア様は身分が平民のため出席が許されず、実質正妻のジュリア様が出席しないことでピエール様のお母様もご辞退されたのだ。


 馬車に乗ったのでさっそく説明して欲しかったが、ピエール様がいるからか〈待て〉のサインが来た。

 私は黙っておくことにした。


 追悼式は意外と華やかなものでアンソニー閣下をたたえる詩だったり、お好きだった歌だったりいろいろな出し物を見せられた。

 平民みたいに生前の好物を出して、みんなで食べるなんてものではなかった。


 気になったのはディアーナ殿下がすごく私の方を見てくることだ。

 たぶんモカの手紙のことだろう。

 今は話す余裕はありません。

 お手紙くださいって書いてあったはずなのに……。



 そうして最終演目のリカルド様のヴァイオリン、私の伴奏による『タルティーニのトリル』だ。


 完璧で心打ち震える演奏だったが、あのアンソニー閣下の偽装遺体が気になって集中できなかった。

 ミスタッチはしなかったが、楽師としてあるまじき行為だと反省している。


 そうして来場した方々にクライン家で作った閣下の好物のフルーツケーキと葉巻をお渡しして終了だ。



 終わったらそのまま貴族閣議が始まる。

 この貴族閣議は上位貴族だけが参加でき、伯爵でも新しく陞爵しょうしゃくされた方は入れない。

 だからリカルド様とピエール様は伯爵令息なので出席するが、サミー様は子爵なので出席しない。


「エリー、お疲れ様。よくやってくれた」


「サミー様……」


 ご存じなんですか? とそう問いたかったけれど、まだ人目が多い。


「送ってあげたいけれど、母上たちが心配なのでそちらに帰る。

 君はゆっくり帰ってきてくれ」


 これは初めから決めてあったことだ。

 ジュリア様達はクライン家ではなく、王城に近い別の館でいらっしゃるので見舞いにいく振りをして、私と別行動を取っても怪しまれないようにだ。


 リリー先輩に護衛されながら馬車乗り場まで行く。

 先輩とはここで別れて、待ち合わせ場所まで送ってもらって乗り換える。



 そのはずだったのに、突然近衛兵に囲まれた。


「エリー・トールセン、国家反逆罪で捕縛する!」


 えっ? どういうこと????

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