誰より優しい悪者の話

 亡くなった父の残した鍛冶屋を継ぎ、毎日頑張る女の子、ラン。彼女の住む街「ハロルド」は、メッチャクチャ大きい滝の上に浮かぶ街です。
 その滝は、魔界と人間の世界とを繋ぐ道になっているそうです。怖いですね。しかし、それは特別な結界によってバッチリ塞がれていて、安全だとか。そこに住んでるランがそう言うんだから、間違いありません。

 物語が始まるのは、そんなハロルドにて、一年に一度のお祭りがもうすぐ催されるという時期。明らかに他の冒険者とはもう雰囲気が全然違う青年が、ハロルドを訪れました。
 ランは彼を一目見た瞬間「あれは勇者だ」と確信します。彼女曰く、こういう勘は鋭いのだとか。そして実際、その勘は的中。彼は王様の命を受けてハロルドへやってきた勇者でした。

 ところでハロルドの中心には、台座に突き刺さり古ぼけた剣がありました。数多の冒険者がその剣を抜こうと挑戦し、破れていました。先ほどの勇者は、この剣を手に入れるためにハロルドを訪れたそうです。 勇者は長老の家を訪問し、こんなお願いをします。

「あの剣を抜かせてください」
「剣を台座から引き抜くと、街が消し飛んでみんな死にます」
「ある理由があるので、たくさんの人が死ぬタイミングで抜かせていただきたい」

 もう勇者、頭おかしいですね。これは僕の書き方が悪いです。
 でも間違ったことは書いてないと思います、多分。だって最初に書いたように、魔界の入り口はしっかり塞がれているわけで、そうならわざわざ伝説の剣を手に入れる必要など、どこにもないのですから。

 そんな勇者と長老の会話を聞いてしまったラン。
 これはいけない、と大切な街とそこに住む人を守るため、勇者に剣を抜かせないため、旅に出ることとなります。

 というのが、この物語の大まかなあらすじとなります。
 勇者の邪魔をするということはつまり、彼女は世間からすれば悪者ということになります。しかしランはそれを自覚してもなお、大切な人たちのために尽力します。その健気さがね、いいんですよね。

 旅を進めていくうち、出会う登場人物がみんな魅力的で個性的です。口語調の緩やかな文体で進んでいく物語は、心優しい登場人物の言動も相まって、読んでいるととても癒やされます。
 また、旅の道中で訪れる各地の住人たちが抱える問題が切実であり、それらの苦難に寄り添い奔走するランの姿には、心打たれること間違いなし。

 そして何より、勘違いをきっかけにしてランの旅についてきてしまった「マイカちゃん」の存在。そうこれ百合なんですよ。序盤の良好とはいえない関係が、旅をして時間を重ねるごとに深まっていくのが、あの、いいよね。急に語彙が弱くなってしまいました。
 いや「ここがいいんだよナァ!」とか書くと、ネタバレになっちゃうんですよ。だから早く読んでください。とりあえず165話まで。その周辺の展開がめっちゃ好きです。でもいちばん好きなのは12話です。

 そんなランとマイカちゃんの紡ぐ、心温まる冒険譚。魔法を用いた胸が熱くなる戦闘も見所です。二人の旅がどういった終わりを迎えるのか楽しみでもあり、寂しくもあります。
 読んで僕と一緒に勇者へ中指を立てましょう。

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