第5話 裏切られ勇者の2度目系

 レイコは暗い路地裏を息を荒げながら走っていた。時おり、そばの壁に身を寄せては気配を探っている。


 遠くから騎士の声が聞こえてきた。

「反応からすると、この奥だ! 4人1組で進め!」

「逃がすな! 勇者を見つけたら、すぐに合図の火魔法を打ち上げろ!」


 くっ。もうここにいるのがバレている。


 それにあの声。指揮をしているのは、魔王を討伐するために一緒に旅を続けた仲間。剣聖のレオナルドだ。

 ……どうしてこんなことになったの?


 レイコは自問自答するが、答えは出てこなかった。


「勇者さま……、こちらへ」


 どうやら少しぼうっとしていたみたいで、いつのまにか路地に1人の女性がたたずんでいて、レイコを手で招いていた。「早く!」


「ありがとう」と言いながら、その女性が開けてくれたドアにするりと入り込んだ。

 中はどこかの酒場の裏口のようだった。

「下のワイン保管庫なら魔法遮断処理をしてありますから」

「……わかったわ」

「この酒場も、私も、昔、勇者さまに助けられましたから、今度はこちらが助ける番です。さ、騎士たちが来る前に急いで!」

「ごめん。本当にありがとう」


 私はそう言って、その女性が指し示す地下のワイン保管庫へと降りて行った。すぐに扉が閉められたが、これで魔法遮断空間となったはず。

 それでも心配で閉められた扉のそばで聞き耳を立てていると、しばらくして騎士たちがやってきたようだ。


 そつなく受け答えをし、騎士たちを撒いた後で、再びあの女性が扉の前までやって来て、

「追跡の魔法を掛けられているようです。すみませんが、念のため、今晩はそこでお泊まりいただいていいですか? 後でお食事と毛布をお持ちしますから」

「大丈夫。ありがとう」


 私は、その女性の優しさに涙がこぼれそうになった。

 だって、高校から帰宅途中でこの世界に召喚された私は、仲間たちと旅に出て、とうとう魔王を倒したと思ったら、その場で仲間だった王女クリスに封魔の呪いをかけられ、剣聖レオナルドに不意打ちされて聖剣をもぎ取られ、賢者ノルドの拘束魔法によって身動きがとれなくされたのだ。


 地面に倒れた私をクリスは嘲笑った。

「ああ、汚らわしい異世界人との旅もようやく終わったわ!」


 言葉すら発することができない私は、信じられない思いでみんなの会話を聞いていた。

 ノルドが私の目をのぞき込んで、

「その目、何でって思ってるのですか?」

と言いながら嫌な笑みを浮かべた。


 王女が馬鹿にしたように私を見下し、

「はっ。この世界じゃね、異世界人なんて奴隷以下、人間じゃない。家畜よりももっと下よ。この世界のものじゃないんだから。ああ気持ち悪い。

 魔王を倒さなきゃいけないから、ずっと我慢して、我慢して、おトモダチごっこをしてたけど、もう我慢する必要も無い。まったくあんたと一緒に旅をしたこの1年は、私の黒歴史よ!」

と吐き捨てるように言った。


 それから拘束されたまま城に連れて帰られようとしたとき、途中の村でとある女の子が私を逃がしてくれた。

 一目散に村から脱出し、そのまま森に入り、川を下流に泳いでどうにか包囲網から脱出し、名前を身分を隠して放浪することにした。

 それから2つめの町を訪れたときだった、私を助けてくれた女の子がひどく残酷なやり方で公開処刑をされたということがわかった。


 私のせいだ。私を助けたせいで。


 それからより一層、人との関わり合いを避けて、私は逃げて逃げて逃げた。私が勇者とわかると、またわからなくても、疑われるたびに住民から追い掛けられ、どんどん心身ともに疲れていった。

 王都でも、どこでも、魔王を倒すために旅をしていたときには笑顔だった人々が、今や私を見つけるや悪鬼羅刹らせつのような顔で怒鳴り、捕まえようとしてくる。


 それが殊のほか辛かった。森のなかで1人、膝を抱えて泣いたことも1度や2度じゃない。

 なんでこんな世界に来てしまったんだろう。なぜみんなの本当の気持ちを知ることもなく、言われるままに魔王を倒してしまったのだろう。

 いっそ死んでしまいたい。死んだら日本に帰れるだろうか。お父さんやお母さんに会いたい……。

 それでも私は死ぬことができなかった。怖かったんだ。


 それからも何度か見つかって、ある時、追い詰められたとき、私は追跡魔法の呪いを受けた。

 こうして酒蔵に隠れさせてもらえてホッとする一方、またこの酒場の人が私のせいで殺されるのではと思い、外が静かになったらこっそり脱出しようと心に決めた。


 ――ここです。


 不意にそんな声が聞こえてきて、上の階から沢山の人の気配が降りてきた。

 まさか、ね。


 そう思った私の予感が悪い方に当たった。扉が開いた先には、王女、剣聖、賢者、そして王国騎士団の面々が揃っていた。


「ようやく見つけたわ。あなたにはご褒美を上げないとね」

 裏切られた……。

 でも、もう悔しいとも思わなかった。ただ……、ああ、これで終わりなんだなと。


 酒蔵から引っ張り出された私は、夜中にもかかわらず、町の処刑場に連れて行かれ張りつけにされた。

 周囲の柵の向こうには、かがり火に照らされて町の人たちが詰めかけていた。


 突然、何かを投げつけられ、顔にバシャッと音がしてぬめっとした何かが垂れた。……卵だった。それを皮切りに、石を投げつけられ始めた。

「やめて!」と叫ぶも、誰も聞いてくれない。


 なんでこんな目に遭わないといけないの。――ガッ。

 痛い。――ガッ。肩が痛い。足が痛い。顔が痛い。――ガッ。

 頭が痛い。――ガッ。心が痛い。痛い、痛い、痛い痛い。

 地獄だ。なぜ? 私が何をしたというの?


 生きるのを諦めていたはずなのに、あまりの理不尽に無性に怒りが湧いてきた。憎しみがこんこんと湧いて出てくる。


 許せない。私の日常を奪っておいて。私の世界を奪って。私を、私を……。

 なんで? なんで私がこんな目に遭わないといけないの?

 許せない。絶対に許せない。――恨んでやる。


 その時、王女が刑場に現れた。その途端、騎士たちが民衆に処刑の開始を呼びかけ、私への石投げが止む。


 血が滲み、意識がもうろうとしながらも、ぼやける視界の向こうに見える王女を精一杯睨む。

 お前が。お前が私を召喚しなければ。私はこんな目に遭うはずはなかった! 今もお父さんとお母さんと幸せに暮らせていたはずなんだ! 私から幸せを奪いやがって!

 憎い。憎い。あなたが憎い。王国が憎い。この世界が憎い。


 王女が笑いながら右手を挙げて、無造作に降ろした。

 何かが首元をかすり、私の視界はぐるぐると回る。その視界の中でも私はひたすら憎み続けた。この世界のすべてを……。




◇◇◇◇


「――――はっ」


 目が覚めると、そこは森の中だった。

 木漏れ日が差し込んできて、地面にまだら模様を描いている。


 ――ここは日本?


 もしかして、と思った私の期待は裏切られた。だって、私が身につけているのは皮の鎧にショートソードだったから。


 ここは……。どこかで見覚えがある景色。

 記憶を探っていると、ふと思い出した。そうか。ここは村の女の子が行方不明になったという依頼を受けて、森の中を探しに来た時の……。


 ゴブリンの群れとか盗賊に連れ去られた恐れもあったのだけれど、たしか森に迷ってどこかの洞窟に隠れていたんだった。

 そうか。あの時、私が見つけた女の子は、捕まった私を助けてくれたあの女の子だった。


 そのことを思い出すと、途端にどす黒い感情があふれ出てくる。

 たしかあの時は、一刻を争うからといってバラバラに森を探し、魔物に遭遇したら合図をする手はずになっていた。

 私が見つけたのだから、場所は覚えている。たしかこっちだったはずだ。


 記憶を辿りながら森を進むと、記憶にあるとおりの位置に、記憶にあるとおりの小さな崖があり洞窟があった。

 昔は地元の神様を祀る小さな祠だったらしく、神聖な結界があるのか、魔物の類はいなかった。私は無造作にその洞窟に入り、女の子が居るはずの一番奥の部屋を目指した。

 ライトの魔法を浮かべて進む。果たして一番奥の部屋に女の子がいた。


「見つけた! 大丈夫?」

 声を掛けると、すっと立ち上がり女の子が振り向いた。が、なにやら様子がおかしい。

 何かに取り憑かれているかのようにうつろな表情をして、私を見ていた。


「――勇者よ。裏切られ、虐げられし勇者よ。我と契約せよ。さすれば汝を元の世界に戻してやろう」

 私は深く考えることもなく、「契約します」と言っていた。


「よかろう。そなたに無限の魔力と魔法の知識、そして不老不死を与える。その力をもって汝が憎く思う者どもを殺せ。その命を代償としてそなたを元の世界に送り返す」


 気が付けば、私は膝をついていた。

「なぜ私を助けてくれるのですか。ご尊名をうかがえませんか」

「気まぐれだ。故に名乗らぬ。だが約束は守ろう」


 その言葉が終わるや、女の子の姿がすうっと消えていった。


 次の瞬間、私の身体に、かつて魔王を倒したときの力が戻った。さらにこんこんと湧き出る泉が私の中にあるかのように、魔力があふれてくるのが感じ取れた。まるで深淵からいくらでも湧いてくるような。


 ふふ、ふふふふふ。そう。戻れるのなら邪神でも悪魔でもいいわ。契約は契約できちんと守ってくれるし、代償が代償、ですものねぇ。

 私の恨み。王女、剣聖、賢者、そして、王国。あ~でも、魔王も邪魔しそうだから殺しといた方がいいかな。

 うふふふふ――。


◇◇◇◇

 あの声の主を、私は勝手に邪神と名付けた。その邪神からのギフトにより、さっそく姿形を変える魔法で別の女の人に変身し、私は森から姿を消した。


 ちなみに女の子は、村の中でかくれんぼをしていたらしい。あの洞窟の中で私が見たのは、きっと邪神の化身だったのだろう。

 ふふふ。でも私にとっては救いの神だ。


 あれから魔王は1人でさくっと倒した。

 魔王だけピンポイントで殺したから、すぐに魔物の被害が減るわけではない。だが、それでいい。これで復讐の準備は整ったといえるから。


 そして王国に戻った私は、旧勇者パーティーの動向を探った。私が急にいなくなったため大騒ぎになった王国だったが、今もなお捜索活動が続けられている。

 もっとも聖剣は今の私には要らないから森に残しておいた。きっと誰かが見つけただろう。

 一番心配していたのは、新たな勇者を召喚することだったけれど、複雑な条件があるらしく、今のところはその話も聞かない。


 というわけで、あの3人が滞在している王城に乗り込み、絶望を与えましょう。


 転移魔法で王城の謁見の間に直接、転移をした。もちろん姿はもとの姿で。


「何奴!」


 謁見の間では、タイミング良く国内貴族の誰かが重要な謁見中だったらしく、国王陛下、王妃、王女、近衛騎士団長に、剣聖、賢者までが揃っていた。

 突然あらわれた私を見て、騎士たちが前に出てきた。


「お久しぶりですね。皆さん」


 ほとんどの人は一瞬、私が誰かわからなかったようだけれど、王女たち3人はわかったようだ。

「勇者! 一体いままでどこにっ」


 ……そっか。今ごろ気が付いたけど、私、一度も名前で呼ばれなかったんだ。

 くすっ。馬鹿だなぁ。もっと早くわかっていればよかったのに。


「でもまあ、いいや」


 私のつぶやきを聞いた賢者が、

「なにがいいやですか。こんなにも心配させて。貴女は私たちの仲間なのですから、悩みがあるのならもっと頼ってください」


 その返答に思わず笑いが漏れてしまう。

「ぷっ、くくくく」


 むすっとした剣聖が、「なにがおかしい」と苛ついた声でいい、それをみた王女がため息をついて、

「これは一度お話をしないといけませんね」

と言った。

「貴女が行方不明になって、どれだけ心配したことか。貴女の無事を祈りながら、どれだけ多くの人たちに捜索してもらっているか――」


「そりゃそうよね。私が、虫けら以下の異世界人だとしても、私がいないと魔王を倒せないんですから」


 一瞬だけ表情を凍りつかせた王女が、すぐに取り繕って、

「いったい誰がそんなことを!」

と言ったので、私は言ってやった。

「貴女ですよ。王女さま。そして、剣聖殿に賢者殿」


「何を言っているの?」

「勇者様はお疲れになっているのだろう」

「そのようですね。ひとまずゆっくりお休みされた方が――」


 なにやら3人がしゃべっているが、もう関係ないのよ。そういう次元の問題じゃないの。


「フリーズ」

 金縛りの魔法でその場の人たちを縛り上げる。抗議の声を無視して私は嗤った。そのまま邪魔が入らないように扉に封印魔法を使っておく。


「いいわ。あくまでも本音を話してくれないなら、無理矢理にでも聞かせてもらうから」


 ――テレパス・ウィスパー。


 指定した相手の考えていることを読み取る魔法に、スピーカー機能を付与して魔改造してみた。


「なんでこんな魔法を」「異世界人のくせに」「我らを批判しようというのか」

「うわぁ。仲間なんて言っちゃったよ。じんましんが出そうだ」

「虫けらが、さっさと魔法を解け」「身の程を知れ」「もういっそのこと奴隷にしてしまえ」「いやこいつは殺して、もっと使いやすい奴を」「召喚すればいい」

「異世界人め!」「貴様は人間ですらないんだ!」「その分際でなんだこれは!」「さっさと魔王を倒して、死ね!」「ああ、気持ち悪い。あの顔」


 途端に様々な声が溢れだした。

 王女が戦慄せんりつに声を震わせながら、

「い、今のは……なに?」

と言ったが、つづいてテレパス・ウィスパーが彼女の心の声を垂れ流す。「――なんで考えていることが」「ダメ。何も考えるな」


 笑いがこみ上げてきた。

「無駄よ。何も考えないなんて、できるわけがないでしょ? どうかしら、異世界人にしてやられた気分は?」

 もはや取り繕うことを止めた人々が、私の悪口をがなり立て始めた。


「貴様は道具だ! 魔王を倒す道具だ!」「さっさと魔法を解け!」「貴様など人間ではない」「言われたことだけやっていれば良いんだ!」「奴隷以下、虫けら以下のゴミめ」「我々をこんなめに合わせて、後でどうしてくれようか」「死刑だ! すぐにこの異世界人を死刑にしろ!」


 私は魔力を魔法の形にしないままで壁に叩きつけた。ドゴォォンと壁が外に向かって吹き飛び、そこから王都が見渡せるようになった。

「――やっぱり本音はそういうことなのね」


「違う。違うわ。信じて」

 王女は口ではそういっているけど、心の声では「なによこの魔法!」「まずいわ。今までのこともみんな」「バレちゃう」「異世界人ごときに」「してやられた」「絶対に許さない」「死刑でも生ぬるい」とつぶやいていた。


 私は一同を順繰りに見渡して、にっこりと微笑む。そんな私を見て息を呑む国王以下の人々。

「大丈夫よ。――とっくにわかってたから。というわけで、これから素晴らしいショーを見せてあげるから、そこから見ていなさい」


 そういって、私は浮遊魔法でふわりと浮かび上がり、壁に開いた大穴の外に移動した。謁見の間からよく見える位置で滞空した私は、自らの頭上に魔法陣を展開する。


「来たれ、天の怒り。幾重もの拳となって、異界より降り注げ。――隕石嵐メテオ・ストーム


 ぐるぐると魔法陣が回転し、そのまま空に向かって飛んでいった。

 待つこと1、2、3、4、5。――来た!


 青空の一画に赤い火の玉が現れた。

 少しずつ大きくなっていくが、あれの正体は隕石だ。大気圏に突入し空気との摩擦で燃えさかっている。

 近づいてくるほどドンドン大きくなっていき、さらに続いて2、3、4、5と幾つもの隕石がここにむかって飛んでくるのが見えた。


 そして、最初の一発が王都に落ちた。つづく隕石も落ちていく。

 スガン。ドゴオオンと凄まじい音と衝撃が通り抜ける。地面がぐらぐらと揺れているようだが、浮遊している私にはわからない。

 ただ、次々に隕石が落ち、未曾有の大災害に破壊されていく街をみているだけ。


 ちらりと謁見の間を見て、そこで人々の金縛りを解く。途端に、穴縁から街を見、狂ったように悲鳴を上げ、私を見て罵っている。

 次々に隕石が落ちていく。彼らが誇りとしていた街がなすすべもなく破壊されていく。空から天の怒りが落ち、爆発し、建物を焼き、黒々とした煙をはきだす。逃げ惑う人々を容赦なく巻き込んで行く、彼らにとっては悪夢のような光景。


 さて王都民も許すつもりはないけれど、幼い子供もいることだし、苦しまずに殲滅してあげよう。


 黒い魔力で魔法陣を描く。

 城から「やめろ! やめてくれ!」という声が聞こえたが、私がそう言ったときに止めてくれなかったのはそっちだ。知ったことか。

 謁見の間からいくつもの攻撃魔法が飛んでくるが、そのすべてを防御結界で防いでやった。


 見ているといい。絶望を。あなたたちのやったことの落とし前を。私の恨みの深さを思い知れ!


 頭上に広がった魔法陣がドンドン大きくなり、王都上空を覆い尽くした。対象から城だけは除外してっと。

 ――広域殲滅用抹殺魔法。死神の祝福ブレス・オブ・ザ・デス


 魔法陣から黒い閃光がほとばしり、王都に降り注いだ。そして街は沈黙した。

 絶対死の魔法を広域化した恐るべき魔法。逃げることも許さず、抵抗も許さず、ただただ平等にねらい通りに絶対的な死をもたらす魔法。


 すごい威力だ。そして大虐殺をしたというのに、何のショックも受けていない自分に今ごろ気がついた。

 ふふふ。そっか。私ももう狂っているのかもしれない。でももう構うものか。あとは最後の仕上げといこう。


 私はすうっと宙を移動し、謁見の間の面々を見下ろす。次は自分たちの番だと気がついたのだろう。逃げだそうとしている者もいるようだが、無駄だ。

 謁見の間からは出られないように扉を封じてあるし、逃げたところですでに城からは逃げられないように、城全体を結界で覆ってある。


「この悪魔め」

と叫びながら、魔法を放つ賢者ノルド。そんなしょぼい魔法が私に届くわけがない。右手を持ち上げて、すっと賢者を指さす。

「まずは1人め」


 ノルドの身体が浮き上がり、逃げようともがいている。「た、助けてくれ! 死にたくない!」と叫んでいる賢者。


「だーめ」


 私はそう言って、ノルドの体内で魔力を暴発させた。

 断末魔の叫びをあげる余裕もなく、ドオオンと爆散するノルド。その血肉が、周囲の人々に降りかかった。

 狂気に支配されていく謁見の間の人々。


 私は瞬間移動で、剣聖レオナルドの目の前に転移した。

 呆気にとられている壮年のレオナルドの顔をぶん殴る。それで正気を取り戻したようで、剣を抜くレオナルド。


 ――時空間魔法。ジェネシス。


 その瞬間、時間が止まった。

 レオナルドの持つ剣に空間断層を局地的に発生させる。奴の剣はオリハルコン製だけれど、空間ごとずらしてしまえば材質など関係なく破壊できる。

 あっさり根元から切断できたところで、その剣身を横から蹴り飛ばしておく。クルクルと飛んでいったその刃が、不幸にも騎士団長の胸もとに突き刺ささろうとしているけれど、まあどうでもいいか。


 すぐにジェネシスを解除すると、時間が動き出した。


「その剣。不良品みたいね」

と教えてあげると、レオナルドは自らの手元を見てワナワナと震えた。「ば、ばかな」

 と同時に、右手の方から騎士団長の断末魔の叫び声が聞こえてきた。

「ぐわあぁぁぁぁぁぁ」


「あれって、あなたの剣でしょう。ひどいことをするのねぇ」

とせせら笑い、「でも、まあ、次はあなたの番ですけど」

 そう言って、瞬時に魔法で光の槍を作って、レオナルドの心臓に突き刺した。


 ガフッと口から血を噴き出させたレオナルド。つづいて剣を抜いて、彼の首を跳ね飛ばしてあげる。

 ポーンと飛んだ首が、王女様の足元に転がった。……うん。計算どおり。


「きゃああぁぁぁ」と叫ぶ王女様と、近衛騎士に囲まれて逃げようとしている国王様は置いておいて、他の人には先に退場してもらおう。


 再びジェネシス発動。

 停止時間のなかで、2人以外の人たちの心臓に剣を指して命を奪い、時間を元に戻した。


「うわあぁぁぁ」

と恐慌状態に陥る国王。


「う る さ いっ」

 一喝すると、私の剣幕に飲みこまれたのか、口を閉じて脂汗をダラダラと流し始めた。目が必死に左右に動いているのが滑稽だ。


 その時、王女クリスが笑い出した。

「あ、ははは。これは夢。そう夢なのよ。きゃはぁ! うふふふふ」


 あ、しまった。やりすぎて心が壊れてしまったか。

 仕方ないな。楽しみが減っちゃうけど、壊れたものは処分しないと。


 無造作に王女に近寄り、彼女の胸を剣で貫いた。崩れ落ちた彼女に火炎魔法を放って焼き払う。


 汚れた剣を水魔法できれいにしてから、国王と対峙した。

「わ、私が悪かった。頼む。なんでもします。だから助けてくれ!」

「あ、本当? なんでもしてくれるの?」

 そう聞き返すと、ひざまずいて必死の形相で懇願するように両手を組み、「はいっ」と返事をした国王。


「じゃあ、死んでね」

「は、い?」


 次の瞬間、私の念動魔法で、国王の頭上の天井を砕き落とすと、その床石だった大きな部材につぶされて国王は死んだ。


 静かになった謁見の間。後は城内にいる人たちだけど。彼らはどうしようかな。

 思案した私は、ボロボロになった謁見の間を見る。沢山の敵の死体。まあ、王都も死体だらけだし、このままだと疫病が蔓延しそうだ。


 うん。いいことを思いついた。


 再び壁の穴から城の上空に浮かび上がった私は、また新たな魔法陣を作り出す。今度は自分の足元に。


 次に使うのは魔法生物錬成魔法。

「出でよ。超巨大お掃除生物スライム


 でろーんと粘性のある液体が魔法陣からこぼれ落ち、王城に、王都にぬろぉっと溜まっていく。

 消化して良いのは死体と生物の肉体だけ。そう制約をほどこしてある。すべて終わったら、自動的に水となり地面に吸収される仕組みだ。土にとっていい栄養になるだろう。


 スライムに飲みこまれていく王都を見下ろし、私は感慨深い思いに浸る。始めたのが昼過ぎだったこともあり、いつしか空はオレンジ色に染まりつつあった。


「さて、次は私を処刑してくれた、あの街ね。待っていなさいよ」

 そうつぶやいて、私は南南西に進路を取り夕暮れ迫る空を飛んだ。



◇◇◇◇

 懐かしの我が家。

 絶望に見舞われ、一度は処刑されたけれど、なんとかここに帰ってくることができた。

 そう。あれから私は王国内のすべての人を殺した。もちろんその後にあの土地に住む人のことを考えて、最後はスライム君にお掃除してもらったから、後始末もきれいにできた。


 いきなりの異世界転移。最悪な世界だった。

 でも、こうして帰ってこられた以上は、どうでもいいことだ。


 あの祠の声の主は、邪神じゃなくて時空神だった。突然、異世界から引っ張られた魂の行く末を見て、あまりのひどさに力を貸してくれたらしい。

 今もそう。少し時間の経過があるけれど、転移させられた日の夕方に元の服装にして送り届けてくれた。

 とても感謝している。


 ピンポンをならした。中から母が出てきてドアを開けてくれる。

「ただいま、お母さん」

「レイコ。おかえり。今日は学校どうだった?」

「うん。……まあ、普通だったよ」


 こうして私は日常に戻ることができたのだった。






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5つのざまぁの物語 夜野うさぎ @usagi-yoruno

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