第4話 クラス転移ダンジョン置き去り系

 この時を待ち望んでいたぜ。


 夕陽色に染まる王城を、元男子高校生のタケルは万感の思いで見上げた。


 日本からクラスごと転移しておよそ半年。

 他のみんなが転移者の特典として剣豪や大魔道など、強力な職業クラスを得たのに対し、タケルは美食家グルメなどというふざけた職業だった。


 お陰で孤立したタケルは、対魔王軍の戦闘訓練でも毎回サンドバックのように標的にされた。唯一、助けてくれたのは癒やし手の職業を得た幼馴染みのユミコだけだ。


 ただ学校一の美少女で、告白をすべて断ってきたユミコが、なぜかタケルとは一緒にいたがったことから、そのやっかみもあって、余計にタケルに対するイジメは壮烈なものになっていった。


 特に王国の王太子がユミコに目をつけてからは、国王も、大臣たちも、侍女もすべてタケルの敵となった。


 四面楚歌。そのなかでタケルはダンジョンでクラスメイトから罠に嵌められた。

 主犯はクラス一のイケメン委員長氷堂清司郎と不良グループのトップ武藤ワタル、そして王太子の密意を受けていた騎士たちだった。


 ユミコをダンジョンの外に待機させて、その場にいないことをいいことに、他のクラスメイトたちが揃っているなかで、「役立たずはいらねぇ」「目障りだ」「くたばれ」などと罵声を浴び、剣を突きつけられて無理矢理、転移魔方陣を踏ませられ、気がついたら最下層にいたのだ。


 ――だが。


 タケルは拳を握った。今や自分は力を得た。誰も叶わないほどの最強の力を。


 それもこれも役に立たないと思われた美食家グルメの職業のお陰だった。

 なんと、普通の人なら口にした途端に毒となって死ぬはずの、魔物の肉を食べても平気だったのだ。それも食べた魔物のステータスとスキルが、そのまま自分のステータスに「追加」されるということがわかった。


 最下層で息を潜めながら、他のモンスターに殺された魔物の死体を盗み食らいつづけ、やがて自らモンスターを殺し、終いにはダンジョン・マスターである3首の黒竜をも食らった。それもリポップする度に、何度も何度も。


 ダンジョンから出て外の世界を回り、先日は魔王をも食らってここに戻ってきた。――すべては奴らに復讐するために。


「さあ、復讐のはじまりだ」


 タケルは魔王城で見つけた魔剣ガルドボルグを抜きはなち、城門前、堀に懸かっている橋に足を踏み出した。


 たちまちに警備の兵士に見つかり、槍を突きつけられた。


「何者だ!」「その剣を捨てろ!」


 だがタケルは無表情で突きつけられた槍の刃先を見つめ、無造作にガルドボルグを薙ぎ払った。

 刃先だけがスッパリと切れて地面に落ちる。慌ただしくなる警備の兵士たちに、タケルは言い放った。


「異世界勇者の1人、タケルが戻ったと伝えろ。――覚悟しろとな」


「反逆者だ! 殺せ!」

 その場の責任者である騎士がそう叫んだ。彼はタケルを罠に嵌めたときに、現地にいたのだ。


 タケルは口角を挙げた。「まずは1人目」


 次の瞬間、城門の上にいたその騎士が「ぐっ」とうめき声を上げて胸をかきむしるようにして倒れた。


 ――魔眼テスタ。


 千里眼と念動力を備えた恐るべき魔眼で、その騎士の心臓を透視した上で、打撃を加えて止めてやったのだ。


「た、隊長!」


 騒ぐ兵士たちを無視し、タケルはガルドボルグに魔力を込めて、城門めがけて振り下ろした。


 次の瞬間、城門が吹っ飛んだ。


 ドゴオオオォォン。


 その凄まじい音は王城のみならず、王都中に鳴り響いた。



 瓦礫の山に土埃が立ちこめ、あちこちからうめき声が聞こえるが、それらを無視してタケルは崩れ落ちた城門を通り抜けた。



◇◇◇◇


「――馬鹿な! お前は!」


 悠々と城の中に入り込んだタケルを待ち受けていたのは、厳戒態勢に入った騎士たちだった。


 進入してきたのがタケルとわかり、驚きの表情を浮かべる騎士たち。

 それを見渡して、タケルは獰猛に嗤った。


「地の底から戻ってきた。お前たちへの復讐のためにな!」


 〝役立たずめ!〟などと罵られ、訓練で必要以上に痛めつけられ、他の同級生と一緒にせせら笑っていた奴ら。

 これが人々を守る騎士のすることかと、幾度思ったことか。

 だが、それも今日で終わりだ。


 次の瞬間、タケルは包囲する騎士たちに切り込んだ。

 まずは一太刀。正面の騎士は何も知らずに頭頂から両断された。そのまま隣の騎士にむかって火球を吐くと、あまりのスピードについて行けなかったのか、その騎士と後ろ数人の騎士が火に包まれた。

「ぐわあぁぁぁ」


「くっ。盾を構えろ。動きを止めるんだ」

 現場指揮官の声がするが、タケルは構わず切って切って切り捨てる。

 鎧も盾も、腕も足も頭も胴体も、魔剣は豆腐でも切るようにスパスパと切り捨て、血しぶきを上げながら、騎士の身体の部分部分が宙を舞った。

 痛む心などとっくに無くしている。あるのはただ、強烈な復讐心だけだ。


「ひ、ひぃぃぃぃぃ」


 精鋭中の精鋭である王国騎士団が、手も足も出ない。今まで訓練し、切磋琢磨してきた騎士たちが、あっというまに手足を切り飛ばされ、何もできずに死体となっていく。

 その光景に、現場指揮官の騎士が情けない声を挙げた。


「騎士が聞いて呆れる」

 その言葉とともに放たれた魔剣の一撃によって、指揮官の首がポーンと飛んだ。


 タケルはゴロゴロと転がっている騎士たちの死体を一瞥することもなく、そのまま奥へと続く階段をのぼる。

 目指すは勇者たちのいる区画、そして、王族のいる最奥の区画だ。


 赤い絨毯の敷かれた階段をのぼりきると、そこには騎士団長とともに懐かしいクラスメイトたちが並んでいた。


 雁首を並べている彼らを見て、タケルはまるで学校にいる時のように声を掛ける。


「よお。みんな。……久しぶりだな」


 血まみれの姿を見て、最初はタケルだとわからなかったのだろう。その挨拶で、タケルと知った女子生徒たちから「ひぃっ」と声が聞こえた。


 騎士団長が前に出てきた。

「お前――。タケルか。まさかあのダンジョンの最下層から戻ったのか」

 だが、次の瞬間、タケルの剣がその身体を貫いた。

 瞬間移動のように踏み込んだタケルが腹から貫いたのだ。


 背中から剣先を突き出させた団長に、タケルが馬鹿にしたように言い放った。

「戻ったのか、じゃねぇよ。このクサレ野郎」

 そのまま驚きに目を丸くした団長の頭を左の拳でぶん殴ると、あまりの威力で団長の頭がスイカのように破裂した。


 てめえが、騎士たちに俺をサンドバックにするよう命じたのは知ってるんだ。生徒に反攻させないための生け贄だったか。

 それももう、どうでもいいことだがな。


 頭を無くした団長の姿に、生徒たちが叫び声を上げる。カタカタ震えている生徒もいるが、その目の前でタケルは物言わぬ屍となった団長の身体を後ろに放り投げた。

 クラスメイトたちを見渡して、罠に嵌めた主犯であるイケメン委員長と不良たちを嘲り笑った。


「どうした? 同級生が戻ってきたんだ。何かないのか? ……それにユミコの姿がないな。あいつはどこに行った?」


 ユミコの親友だった女剣士のアサミが、気まずそうな顔で、

「タケルがダンジョンの罠にはまって行方不明になったって言ってから、自室に籠もりきりよ」

と言う。

「ふうん。無事なのか?」

「……ええ」


 タケルとアサミの会話に突然イケメン委員長の氷堂が割って入った。

「貴様! タケルの分際で! なぜ生きている」

「今さらかよ!」

「うるさい! このゴミ虫め! お前は腐ったミカンだ! せっかく処分したのに戻ってくんじゃねぇ! だいたいな。なんでユミコがお前のことを気にしてんだよ! 死んでからも迷惑を掛けやがって!」

「だから死んでねえよ。ユミコに相手にされないくせに、いい加減に現実を見やがれ!」

「うるさい うるさい うるさい! ――死ね。腐ったミカンンンン!」」


 勇者の職業を得た氷堂が王国の聖剣を構え、タケルに襲いかかった。

 光きらめく聖剣がタケルの左肩から斜めに切り裂いた。それを見届けた氷堂が、

「けっ。雑魚はやっぱり雑魚だな」

と言い放ったが、切り裂かれたタケルは何事もなかったように笑った。

「これがどうかしたか?」


「な!」


 驚いて飛びすさる氷堂の目の前で、タケルの姿が消えていった。

「幻影か!」

 思わず叫んだ氷堂のすぐ耳元で、「ご名答」という声がしたと同時に、氷堂の身体は床にたたきつけられた。

「ぐはっ」

 背中をタケルが踏みつけ、氷堂の身体を突き抜けた衝撃が床にヒビを入らせていた。


 手から離れた聖剣をタケルが無造作に拾い上げた。

「これが聖剣ねぇ。……どれ」

 左手に聖剣を持ち、そこに右手の魔剣を叩きつけるや、パリィィンと澄んだ音を立てて聖剣の刃が砕け散った。

「げっ。こんなに脆かったの? こんなんでアイツ魔王が倒せるわけないじゃん」

 もっとも魔王もすでに自分がぶち殺したから、どっちにしろ無用の長物だ。


 床に倒れ伏しながら、それを見上げる氷堂が驚きに目を丸くする。

「馬鹿な……」


 そこへ不良のリーダー、生野が殴りかかった。

「死にさらせぇ!」

 タケルはそのパンチを防御することなく、顔で受け止めた。

 だが、その場に膝をついたのは殴りかかった生野だった。

「い、いってぇぇぇぇ」

と殴りつけた拳を震わせながらうずくまる生野を、タケルは氷堂から下ろした足で蹴り飛ばした。


 力加減はしたが、真横に飛んでいった生野は城の壁に激突し、めり込んだ。

「ぐふっ」と血を吐いて、そのまま意識を失う生野を見て、クラスメイトたちが息を呑んだ。


 タケルはまっすぐクラスメイトの方へ歩いて行った。恐怖に怯える生徒たちが、タケルを避けるように後ずさる。


「地獄から戻ったぞ。お前ら、覚悟はできてるんだろうな」


「ひぃ」「や、やだ……」

 カタカタ震える女子生徒たち。そこへアサミが立ち塞がる。

「まって。タケルくん。あなたを苛めたのは委員長とアイツらだけでしょ。他の人は――」

「馬鹿かお前。他の人は何もやっていない? そんなわけないだろうが!」


 そういってタケルは複数の女子生徒を見た。誰もが顔を青ざめさせて震えている。

「よお竹中。それで王子様とはうまくいったのか?」

「な、なんのこと」

「とぼけたって無駄だ。王子の気を引こうと、さも俺が侍女を強姦しようと襲いかかったのを、お前が止めさせたように装ったよな。――山田に、鈴木、他の奴らも、てめえらが俺に罪を着せてんのはわかってんだぞ」


 タケルは拳を握った。

「もっともこの城の奴らも腐ってやがるから、お前らの嘘に乗って人を牢屋に入れやがったがな」

 与えられた食事もカビのはえたパンと水だけ。面倒を見させると付けられたはずのメイドからも無視をされ、どこにいっても蔑む目、目、目……。


「死ね」

 無造作に繰り出した拳の先から、大きな火球が出てクラスメイトに向かって飛んでいった。

「やめてー!」

 そう言ってその火球を切り裂いたのはアサミだった。


 じろりとアサミを見るタケル。

「お前だって、俺がダンジョンで糾弾されているときには黙って見ているだけだったな」

「……ごめん。悪かった」

「はっ。それで済むわけがないだろ!」

 一足でアサミの懐に入り、その顔を正面からつかみ、持ち上げたと思ったらそのまま床にたたきつけた。


 だが、今度は十二分に力加減をしてあったようだ。アサミは苦悶の声こそ挙げたがすぐに気を失っただけだった。


 アサミに興味を無くしたタケルは、剣を構えてクラスメイトに襲いかかった。

「ぎゃ」「うわぁ」「来るな! 来るなぁ!」「がふっ」「あ……」


 氷堂がワナワナと震えながら立ち上がり、その場を逃げていく。それも自分たちが寝起きしていた一画に通じる回廊に向かって……。


 タケルはそれをチラリと見てから、そのまま無視をして、国王のいる奥の一画へ向かって歩いて行った。


 あとに残されたのは、無残な姿になったクラスメイトたちと、倒れ伏しているアサミだけだった。



◇◇◇◇

 謁見の間に通じる回廊には、近衛騎士たちが所狭しと詰めかけていた。


「反逆者―「邪魔だ」」

 何かを言いかけた騎士たちではあったが、タケルが魔力をまとわせた剣を横薙ぎにふり、そこから三日月状の刃が飛んでいくや、それを避けることもできずに忽ちに腰の所で真っ二つになっていった。


 残された下半身が血しぶきを上げて崩れ落ち、飛んでいった刃が謁見の間の扉を吹っ飛ばして消えた。


 切断遺体と血の海になった廊下を進んで、謁見の間に入ると、そこには怯えた様子の王族が勢揃いし、近衛騎士団長らの精鋭と思われる数名の騎士が控えていた。

 玉座に座っていた壮年の国王が、タケルを見て怒りにまかせて声を荒げた。

「貴様ぁ! あれだけ面倒を見てやった恩を忘れたか! このできそこないめ!」


 だが次の瞬間、その目の前にタケルが現れ、国王の胸に剣を突き刺した。

「じゃあ死ね」

 冷たい目で見下された国王が、ワナワナと震える手でタケルをつかむ。

「どいつもこいつも、この国の奴らは腐ってる。お前の指示だろ? 俺たちに隷属の指輪を嵌めさせるように命じさせたのは。

 ……だが残念だったな。俺のはダンジョンの奥底でレベルアップしたときに砕け散ったぜ」


 それはタケルの能力を指輪の力では封じ込めておけなくなったからだった。だが、それを聞いた国王が何かを言おうと口を開くより前に、近衛騎士団長がタケルを背中から攻撃した。


 だが、近衛騎士団長の剣は宙を切った。

 気がつくとタケルは謁見の間の中央に戻っていた。

「くっ」


 慌てて振り返った近衛騎士団長が見たのは、タケルの前に現れた魔法陣だった。

「あばよ。王様。お妃さんも、王子もみんな燃え尽きて死ね。――地獄の業火ゲヘナ

 その魔法陣が一際輝いて消え失せると、謁見の間は一瞬で火の海となった。


 王妃が、側妃が、王太子が、王子が、王女が、宰相が、大臣が、近衛騎士たちが、1人ももれなく炎の中でもがいている。

「ああああぁぁぁぁ」「ぐわあぁぁぁ」


 ただ1人。タケルだけが平気の様子で、その火の海を歩き、来たときの廊下へ出て行った。


◇◇◇◇

 最後にタケルが目指したのは、自分たちが転移してきた魔法陣のある儀式の間だった。


 来たとき以来となるが、その広間に足を踏み入れると、そこには先客がいた。


 氷堂とユミコ、そしてボロボロになったアサミだった。

「ユミコを離しなさい!」

「うるせぇ。――ほら、ユミコ。僕たちだけで元の世界に帰ろう。そして結婚するんだ」

「いやあぁぁぁぁぁ」


 氷堂はまるで人質であるかのように、嫌がるユミコを後ろから抱きかかえ、それをやめさせようとアサミが対峙している。


 玉座の間での制裁にどれくらいの時間がかかったかわからないが、アサミもよく気を取り戻し、わずかな時間でここまで来られたものだ。

 だがそれよりも――。


「へぇ。おもしろいことになってんな」


 その声に3人の目が、入ってきたタケルに向けられた。

「くっ。来やがったか。腐ったミカンめ!」


 おいおい。腐ったミカン、ミカンと頭おかしいんじゃないかと言い返そうとしたとき、ユミコが呆然とした声で、

「た、タケルくん? 生きてい、た。――生きている! よかった!」

と叫んだところで、氷堂がユミコを殴りつけた。


「あ、――あ?」

「よかったじゃねぇよ」


 うずくまったユミコが愕然とした表情で氷堂を見上げた。

「ひょうどう、くん?」

「いいか。ユミコ。お前は俺の女だ! 俺の妻になる女だ! 他の男に媚びを売ってんじゃねぇ! あれは腐ったミカンだ。俺だけを見ろ! 俺だけをぉ見ろよぉ!」


 そこへアサミが、

「ユミコはあんたの物じゃない!」

と叫んだ。

 しかし、そんなアサミを獰猛な目で見た氷堂が、どこから持って来たのか、剣で切りかかろうとした。

「邪魔をするなぁぁぁ!」


 しかし、その剣は振り下ろされることはなかった。

 2人の間に割って入ったタケルが、無造作に氷堂を殴り飛ばした。

「ぶぺ」と声を挙げて、はじき飛ばされる氷堂。


 タケルは苛立ちを抑えた声で、

「無視すんなよ」

と氷堂とアサミを見る。

 すぐに氷堂に向き直ると、氷堂がタケルに剣を構えた。その剣はブルブルと震えている。


「お前、なんだよ。なんなんだよ。腐ったミカンのくせに。ぶっ殺したはずなのに、なんなんだよ! なんで生きてるんだよ!」

「はっ。そんなの決まってんだろ」

「なに?」

「復讐だ。お前らへの復讐だけを願って生き延びたのさ」


 次の瞬間、タケルが氷堂の目の前に転移し、その両の腕を切り飛ばした。

「ぎゃああぁぁぁぁ」

 激痛にのたうち回る氷堂を見下ろしたタケルが、

「腐ったミカンはてめえらの方だったな。俺はただ汚れてるだけだ」

といい、そのまま氷堂の頭に剣を突き刺した。


 ビクンビクンと震える氷堂の死体から、ズチャッと剣を引き抜き、タケルはユミコとアサミの方へ振り向いた。

「タケルくん……」

と嬉しそうな表情のユミコに、警戒をしているアサミ。


 タケルは、

「戻ったよ。ユミコ。――そして、さよならだ」


 その宣告と同時に、異世界転移魔法陣が光り出した。今、魔法陣に乗っているのはユミコとアサミだけ。

 ユミコがタケルの所に駆け出してくるが、途中で光の壁に遮られてしまう。

「タケルくん! タケルくんをずっと待ってた! 一緒に! 一緒に帰ろう!」


 だがタケルは首を横に振った。

「いいや。ダメだ」

「なんで……」

「…………アサミ。ユミコを頼むぞ」


 するとユミコはその言葉の意味がわからなかったのか、

「え、どういう――」と言いかけるも、アサミが「わかったわ。任せて」と返事をした。


 タケルがユミコを見る。

「俺はそっちには行けない。だからこれでお別れだ」


 次第に魔法陣の光が強くなっていく。もうまもなく転移が発動するのだ。

「そんな! タケルくん! タケルくん! お願い! 私、タケルくんが大す――」


 そのユミコの言葉を最後に、閃光が広間を埋め尽くし……、やがて静かになった。



 タケルは誰もいなくなった魔法陣を見る。

「今さら元に戻れっかよ。……それに、まだ復讐は終わっちゃいない」


 心残りは無くなった。あとは続きを始めよう――。


 剣に付いた血のりを振り落としたタケルは、鞘に納めると、一度魔法陣を振り返り、そのまま儀式の間から出て行ったのだった。


 次は、俺を馬鹿にした王都の奴ら。冒険者ギルドの奴ら。

 そいつらをぶっ殺すまで、自分の復讐は終わらないのだ。


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