あの日、夜中に見たもの

無月弟(無月蒼)

あの日、夜中に見たもの

 教室の黒板には、持ってくるものが書き出されて、先生が注意事項について話をしている。

 ぼくの通う小学校の五年三組の教室では、ホームルームがあっていて、来週ある林間学校について先生が話をしていた。当日は何時に集合するとか、誰と班を組むかとか、そんな説明があっている。


 ぼくは仲の良い友達と一緒に班を組むことにしたんだけど、その友達が、話している先生の目を盗んで、こっそり話しかけてきた。


「ねえ、今度行くのって、○○って言う自然の家でしょ。そこに、変なうわさがあるって知ってる?」

「変なうわさって?」


 心当たりの無いぼくは、小声で聞き返してみると、友達はにんまりと笑った。


「なんでも、幽霊が出るらしいよ。見た人がいたんだってさ」


 幽霊、かあ……

 友達は本気で信じているのか、それとも遊び半分で言っているだけなのかは分からない。ただぼくはその話を聞いて、妙に納得した部分があった。

 友達には話したことはなかったけれど、実はぼく、二年前に子供会の旅行で、この自然の家に行ったことがあるんだよね。

 友達の話が本当なら、あの時見たアレは、幽霊だったのかなあ。


 ぼくは喋っている先生の話も聞かずに、二年前の夏に起きたあの出来事を思い返した……






 二年前。その頃三年生だったぼくは、子供会の旅行で、同じ子供会の子達やお母さんと一緒に、バスに乗って自然の家へと向かっていた。

 一泊二日のお泊まり旅行。一日目は外で皆でカレーを作って、二日目はアスレチックで遊ぶ。そう聞いていたんだけど。

 バスに乗って向かっている時点で、予定通りにはならないことは予想がついていた。だって外は、激しい雨。その夏はとにかく雨が多くて、せっかくの夏休みなのに、外で遊べたのは本の数日だった。そして雨は、旅行の最中だってお構いなしに降っている。

 バスの窓から灰色の空を眺めながら、こんな天気なら行っても、できる事なんて無いだろうな、なんて思っていた。


 やがて到着した自然の家は、周りを森にかこまれた、自然豊かな所。もっとも、相変わらず雨が降り続いていたから、森になんて目を向けても、全然ワクワクしなかったけど。

 リュックを背負って、バスから降りたぼく達は、建物の中を案内されていく。

 本館となる建物や、食堂、体育館を案内された後、長い渡り廊下を歩いて、今夜の寝場所がある宿舎へと向かった。そこに荷物を置いた後、さっきの食堂に戻って、お昼ご飯をとるのだそうだ。


 やっぱり、カレーを作ると言う話は、無しになったらしい。ちょっぴり残念だけど、こんな雨の降る中、外でカレーなんて作れないし、作ったとしても食べたいとは思わないだろうから、仕方がないか。


 やがて近づいてきた宿舎は、二階建ての大きな建物で、あちこちに窓がついているのが見える。

 渡り廊下を歩きながら、窓から中の様子を見てみると、窓際に、二段ベッドが置かれているのが見えた。きっと今夜は、あのベッドで眠るのだろう。


 ぐっすり眠れるといいな。

 旅行のワクワクなんて、すっかりなくなっていたぼくの興味は、今夜眠れるかどうかに向いていた。


 だけどこの後、不思議な体験をすることになるだなんて。この時のぼくは、夢にも思っていなかった……





 その日の夜、皆で夕食を食べて、お風呂に入った後、ぼくは割り当てられた部屋で休んでいた。

 窓際に置かれた、二段ベッドの下で、横になるぼく。昼間は、体育館でちょっとしたゲームをやったり、視聴室で大画面で映画を見たりして、それなりに楽しめたと思う。だけど慣れない事ばかりだったせいか、なんだか疲れた。できることなら、さっさと寝てしまいたい。

 だけど、他の皆は疲れていないのか、消灯時間を過ぎたのに、大きな声で喋ってはしゃいでいる。


 早く寝たいのに、これじゃあうるさくてかなわない。そうしていると、子供会の会長さんが部屋の様子を覗きに来て、騒いでいる子達に、早く寝るよう注意をした。

 皆しぶしぶといった様子で、静かになっている。良かった、これでようやく眠れる。

 会長さんが出て行った後も、皆は静かにしていた。もう少ししたら、また騒ぎ出すかもしれないけど、今のうちに眠ってしまえば、起きずにすむかも。

 ぼくは頭からフトンをかぶって、目の前を真っ暗にする。するととたんに、眠気が押し寄せてきた。

 今日はもう疲れた、お休みなさい。そう思いながら、ぼくの意識は遠退いていった……



 どれくらい時間が経っただろう。ぼくは、ゴロゴローって言う大きな音を聞いて、目を覚ました。

 フトンをはいでみると、部屋の中は真っ暗。他の皆は、すやすやと寝息をたてている。そっと窓の外に目をやると、激しい雨が降っていて、カミナリがピカッと光った。その後で、さっき聞いたのと同じ轟音が響く。どうやら目を覚ましたのは、カミナリのせいだったみたい。

 ぼくは上半身を起こして、ベッドの上で座ると、改めて窓の外を見る。


 激しい雨は、一向に止む気配がない。この分だと、明日やるはずだったアスレチックは、できないだろう。ぼくは運動は苦手だったけど、アスレチックで遊べるのは少し楽しみにしていたから、残念だった。

 あーあ、これじゃあせっかく来たのに、あんまり面白くないなあ。そう思った時。

 ふと、窓の向こうに、歩いている人影が見えた。


 こんな時間に、外を歩いている人がいるなんて。不思議に思ってよく見てみると、それは昼間、ここに来たばかりのぼくらと同じように、帽子をかぶって、リュックを背負って。まるで今、この自然の家に到着したばかりといった様子の人……いや、人達だった。

 大人の女の人がいた。ぼくと同じ歳くらいの、子供もいた。何人もが列を作って、真っ暗な中を歩いている。雨が降っているのに、傘もささずに。


 この人達は、いったい何なのだろう? ぼく達と同じように、旅行に来た人達? だけどこんな夜中に、来るものなのかなあ?


そんなことを考えている間にも、列は途切れることなく続いていく。男の人、女の人、子供も大人もごちゃ混ぜで。雨に濡れているはずなのに、そんなことお構い無し。

 あれ、あの人達って、本当に濡れてる? 遠目だから分かりにくいけど、雨の中を歩いていると言うのに、髪なんか全然濡れていない気がする。何でだろう、不思議だなあ?


 もしかして、夢でも見ているのかも?

 ぼくは頭を大きく動かしたり、深呼吸してみたけれど、一向に覚める気配がない。そして窓の外の人の列は、まだまだ続いていく。


 ぼくはしばらくその様子を目で追っていたけど、だんだんと疲れてきて……

 もういいや、今日はもう寝よう。あの人達が何なのかは、明日起きたら聞いてみよう。

 ぼくは再びフトンを被ると、そのまま眠りに落ちていった。





 翌日、職員さんに、夜中にこの施設に来た人達がいなかったか聞いてみたけど、そんな人はいないって言われてしまった。おかしいなあ、確かに見たはずなのに。

 お母さんにも、他の子達にも聞いてみたけど、みんな寝ていたから、そんなものは知らないって言う。そもそも夜中に来るはずがないって、言われちゃった。うん、ぼくだっておかしいと思うよ。けど、本当に見たんだ。

 だけど思い返してみたら、傘もさしていなかったし、それなのになぜか濡れてもいなかったし。何だか奇妙な人達だったと思う。


 結局、あれがなんなのかは分からないまま。外は相変わらずの雨で、当然アスレチックで遊ぶこともできずに、その日も室内で過ごして、午後には家へと帰っていった。





 これがぼくの、二年前に体験したこと。

 あの夜見た人達がなんだったのかは気になっていたけど、友達の話を聞いて、納得した。そうか、あれは幽霊だったのかもしれないなあ。


 休み時間になって、ぼくは友達に、その時の事を話してみた。すると友達は顔色を変えて、「やっぱり本当だったんだ」と言ってはしゃぎ出して、次第に他の子達も集まってきて、林間学校の宿泊先には幽霊が出ると言う噂は、瞬く間に広まっていった。


 そして体験者であるぼくは、たくさんの人からあれこれ聞かれたけど、詳しいことはぼくにだって分からない。

 中には、夢を見ただけだと言ってくる子もいた。確かにそうかもしれない。普通に考えたら、そうなのだと思う。


 だけどぼくはやっぱり、あれは本当にあった出来事なんだと思う。根拠なんて無いけど、どうしてもそう思ってしまうんだ。きっとこれは、どれだけ理屈を並べられても変わらない。あの時感じた不思議な感覚が、今でも心の中に残っている以上、ぼくにとってあれは、紛れもない事実になってしまうのだ。


 そして、林間学校の日がおとずれる。

 幽霊の噂をしている子達は、本当に出たらどうするって騒いでいるけど、実際に見たぼくは何事もなかったわけで、今でもピンピンしている。たまからきっと、本当に幽霊だったのだとしても、そんなに悪いモノじゃなくて、見たからと言って不幸が起こるわけでは無いんだと思う…………たぶんね。


 学校でぼくらを乗せたバスは、あの自然の家へと向かって走り始める。

 さあ、今夜は何事も無く、静かに眠ることができるかな?

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