大正時代ぐらいの雰囲気の和風ファンタジー。
舞い散る桜の花や、女袴姿の縫が自転車で走る夕暮れの町並みなど、目に浮かぶように鮮やかな風景の描写が秀逸。
着物の描写も丁寧で、控えめで地味そうな印象の縫がとてもお洒落で、それは彼女の乙女心の表れなのだろう、と思ったり。
彼女が愛しい人の為に用意するご飯も美味しそう。いい匂いのする湯気が、ふわっとこちらまで漂ってくるような。
まわりから「汚い色」といわれる心珠を持って生まれた縫は、それだけで家族からも疎まれ、年頃になってまとまりかけた縁談も破談になったり、なかなかにつらく暗い過去を持つ女性です。
美しい情景描写と何処か暗い縫の過去、支えてくれる同居人の安利との艶やかな描写…どれもが綺麗に混じり合って、破綻なくまとまり、短編ながらも深みのある世界観が魅力的です。
女医の縫(ぬい)は、誰もが持つ心珠(しんじゅ)という不思議な珠を研究している。
同居人の男性とは結婚はしていないが、ほとんど夫婦に近い。
暗い過去を持つ彼女。
しかし常に、ありのままを受け入れ、包んでくれる恋人。
彼女は自分の持つ心珠が薄暗い闇であることで自己卑下をし、恋人の光の珠に憧れる。
大人のためのラブストーリーだ。
そして、自分の価値をなかなか探し出せずにいる人に対するエールでもある。
光と闇は一対。
どんな過去や心の傷を持っていても、その全てを包み込んでくれる人がいる。
外から与えられる愛情に応えることの出来ない主人公だが、立ち位置を動かさずに見守ってくれる恋人の愛情を、ありのままに受け入れる日も近いだろう。
闇がなければ光は存在しない。闇のなかでこそ光は引き立つ。
惹かれ合うのは当然だったのだと、彼女の背中をそっと押したくなる物語だ。
ファンタジー要素を含む時代ものでありながら、しっとりと落ち着いた読み心地の、大人向けの掌編です。
この物語の世界では、誰もが自分だけの「心珠」というものを持っています。
それは目に見えるものであり、一人ひとりの心珠が異なる色彩や輝きをもつものなのですが、主人公の縫の心珠は「汚い色」だと罵られます。
そんな縫の心珠を綺麗だと言ってくれるのがかつて縫の家の下宿生であった安利です。
愛し合う二人の暮らしぶりは、傍から見れば仲睦まじい夫婦そのものなのですが、二人のそれは “真似事” であり……。
触れられない心珠。
契りを交わせない夫婦。
真似事であっても、そこには確かに愛が存在しています。
心を寄せ合いながら静かに日々を送る二人には、これから先もずっと幸せでいてほしいと願わずにはいられません。