看取られ千字文

しのびかに黒髪の子の泣く音きこゆる

1. 優しい女子高生。朝の電車で目の前のおっさんが

 あ、動かないで動かないで。危ないですから。




 ……あの、わかりますか? 倒れてからのこと、わかりますか?




 えと、もう車掌さんには他の人が連絡してくれました。次の駅で救急車が来ます。脳卒中かクモマッカ?らしくて、「動かさないほうがいい」って車掌さんが。だからこのままで。


 頭、痛いですか? ていうか私の声、聞こえてます? 


 あっ! いいです、無理して反応しないでください。

 ごめんなさい、痛いに決まってますよね。




 ……見るからに調子悪そうでした。こんな夏の朝っぱらから、灰色の顔して。

 お仕事ですか、スーツ着てるし。すいません、違ったらごめんなさい。




 ご家族に連絡したほうが良いのかな? でも、もうすぐ駅に着くし。

 でも、連絡先もスマホとか見ないとわからないし、どうしよう。



 ……息苦しいんですか、私の、膝の上で。

 最初、倒れ込んだ時は、頭と、あの、息がかかって腿が熱かったのに、どんどん冷たくなってる気がするんです。




 本当に動かさないほうがいいのかな。すいません、詳しそうだった人が通報の後どっか行っちゃって。みなさん、うー、忙しそうだし。こういう時って、私が目を合わせるとみんなどっか行っちゃんですね。




 あの、さっきからプルプル動いてるように見えてたのって、実は私が震えてるだけなんですか?


 どうしよう、止まらない。







 手、触らせてください。これぐらいなら大丈夫ですよね。床に放られて捻れてて、痛そうで。




 だめ、だめ、わからない、どうしよう。

 脈のとり方も中学で習ったのに全然思い出せない。








 ……本当はもう死んじゃってるんですか?







 私。

 進路で、大学どうするか、何も考えて無くて。期限が迫って、適当に近くの看護に行くって昨日、違う、こんなこと言っても意味ないのに! でも何もできなくて、こんなに、怖いなんて、私何言ってんだろ、ごめんなさい……!




 ……!




 やっぱり。


 ゆっくりだけど、顎が動いてる。

 息が通る感じはしないけど、生きてるんですね。

 よかった……。




 大丈夫ですよね、きっと治りますよね。

 治ったらまた電車で会うかも。いや、進学したらもう乗らないか、いや、そんなのどうでもよくて……あ!




 アナウンス聞こえますか? 駅です、駅に着きました!

 救命士さん達が担架を持っているのが見えます!






 ――はい。弱いけど、してます。




 ――えっ?




 ――でも、脳卒中だって。動かしちゃいけないって言われて。




 ――そんな、私! でも……あ、はい……。





 あ。

 私、学校、この駅で。


 すいません、ごめんなさい

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