7. とぼけた婆さま。あ、ちょっと信号赤だよ! あー



 あらあら、一大事。


 でもね、これは誰のせいでもないのよ。


 この時間帯は西日で信号が見にくいでしょう?

 特に今みたいな雨上がりは、道が川面かわもほどもギラついて。

 わーってなったら誰だって踏み違えちゃうわ。




 それにしても、ビックリした~。

 トラックと電柱だと電柱が折れるのね、初めて見たから。 




 みなさん、怪我はない?



 私は大丈夫、みなさんも。

 あとは……




 ……あら。




 あらあら。




 外に出たいのね?

 誰か! 運転席から出してあげて。




 ちょっと。そこのお兄さん、見てないで手伝って。

 いいのよ、通報なんて今は。

 そんなことより大事なんだからほら早く!



 いいのいいの! 早く来て、ほら、そこの子も!




 無駄、無駄なの。

 言っても止まらないよ。




 猫と同じ。

 猫はね、自分の意志を曲げるのが絶対嫌なの。

 だから、好きなようにさせてあげなくちゃ。


 うちの猫なんかすごくて。

 二十年躾けても躾けても和室の柱にオシッコかけ続けたのよ。




 だからドアを開けてあげて、あんな必死に押してるじゃない。

 ひしゃげちゃってるけど、この人数なら、ね。






 せーのっ。




 よし……あら、足が。

 お兄さん、肩から引きずり出せないかしら?




 いいのいいの、気にしなくて、内臓のことなんか。

 誰のせいでもないんだから。

 やっちゃって。




 そうそう、靴はこの際外しちゃえば。

 取れるかも。




 はいはい、ありがとう、お兄さん。

 じゃ、靴を貸して。




 え。だってこのままじゃこの人、歩けないでしょ。

 早く。




 はい、そしたら履いて。




 これでよし。




 ねえ。

 この辺りのことはわかる?

 ああいいのよ、答えなくて。疲れるでしょう?



 いいところよ。

 旦那が勝手に決めたんだけど、桜の木が多くて。

 花見が大好きな人でね、最後は点滴棒片手にやってたわ。

 まあ今の時期は毛虫がついてるだけだけど。



 それでね。

 この通りをずっと行き、右に曲がると橋があるから。

 渡って道なりに進むと、街並みは田畑へ変わる。

 

 やがて街灯がつく。

 その頃、貴方が踏むのは土と砂利。

 虫が鈴や鉦みたいに鳴るから喧しいけどめげないで。


 行先はもう見えているから、道を気にする必要はない。

 あの山、今の時期ならヤブ蚊はなくて沢の水は透明でね。

 ここだけの話、サルナシも採れるの。

 静かでいいところよ。



 ほら、行きなさい。






 うん、案外しっかりした足取り。

 子ども達が初めて立って歩いた日を思い出すわ。



 え、お兄さん。

 ダメよ、着いてっちゃ。




 いいのいいの、放っておけば。




 私わかるから。

 猫と同じ。

 最近は私もそう。




 死ぬときは一人がいいじゃない、ね?

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