ボーダーは革命の旗
悠井すみれ
ボーダーは革命の旗
二年B組の
眞行寺弓佳が雑誌
と、こんな感じだろうか。
雑誌の発売はゴールデンウィーク明けだった。眞行寺さんは、その直後に職員室に呼び出されたきり、学校に来ていない。そして二カ月以上経った今も、変はまだ続いている。
世界史の授業の真っ最中に、私はふと思った。Mignonに載ってた眞行寺さん、可愛かったなあ。
トリコロール配色のボーダーのワンピース、私なら選べない大人っぽいデザイン。それを着こなした彼女は、一ページをぶち抜いて満面の笑みを見せていたっけ。
ちょうどフランス革命の授業で、資料集には「民衆を導く自由の女神」の絵が載っている。「女神」が掲げる三色旗が、眞行寺さんのワンピースを連想させたのかも。
「フランス革命が始まったのは一七八九年。バスティーユ監獄の襲撃から始まったと思ってる奴もいるかもしれないが、実際は――」
ただ、春高では今のところ革命は起きそうにない。眞行寺の変の命名者が誰だかは知らないけど、上手いこと言ったなあ、と思う。普通なら反発するはずの校則の強化が、何だか面白い感じになっちゃったもの。持ち物検査で漫画やスマホが没収されるのは刀狩りとか、よく出てくるもんだと思う。
最後列の席から教室を見渡すと、男子も女子も髪は黒、特に女子は髪を結んでいる。新しくなった校則の通りだ。もともとは「若者らしく清潔感のある服装を」だった校則は、眞行寺の変を切っ掛けに改定された。生徒手帳に大きくバツを書かされて――これも戦後か、と突っ込まれた――、改定版と称したカードが配られて。曰く、染髪・パーマは不可。肩につく長髪は結ぶこと。化粧は不可、制服の改造は不可、スマホは持ち込み不可。バカバカしい「不可」の羅列の一番最後は、こうだ。
女子生徒の下着は白に限る。
「――自由・平等・博愛といっても、良いことばかりじゃなかった。フランス革命の後は、結局王政が復古している。受験には関係ないが、革命の負の面もちゃんと知って欲しいと先生は思ってる。民衆が暴走する恐ろしさは現代でも――」
大山先生の授業は脱線し出した。面白いは、面白いんだけど──自由は良いとは限らないって、最近の春高の雰囲気を意識してのものだろうと面白くない。
ノートの上で、シャーペンの芯がきしんで嫌な音を立てた。大山先生は、生徒指導担当だ。私たちも暴走してるとでも思ってるのかな。Mignonの発売後、校内は確かにちょっと騒がしかったかもしれないけど、眞行寺さんは悪くないと思うのに。掲載時の彼女のメイクも髪型も、全然派手なんかじゃなかったのに。
「資料集の一五八ページ目、この絵が何か――
肩に力が入ったのが見えたのか、指名されてしまったけど私は慌てない。
「テニスコートの誓いと呼ばれる出来事です。三部会で、議場から締め出された平民の議員たちがテニスコートに結集した事件です」
「さすが、よく予習してきてるな」
淀みなく答えると、先生は満足そうに笑った。嬉しくも何ともないけれど。何がさすが、だよ。成績が良いからか、大人しくて真面目そうだからか。どっちにしても、先生は私のことは何も分かってない。
私は今日も、FJ――Fun-Jewelryのボーダーのぱんつを穿いている。私だけじゃない、制服をルール通りに着用している女子が何人も、校則を破って可愛い柄やレースのぱんつを穿いている。鞄の中はチェックされても、スカートの中まで見られることはないから。
これは、私たちなりの抵抗運動なのだ。
「
文芸部の部室に顔を出すなり
「え? そんなに広まってるの?」
部室にいるのは、今日は私と菜々美だけだった。部誌の締め切り前以外は、好き勝手に本を読んだりノートや原稿用紙に向かうのが文芸部の活動だ。活動日もはっきり決まってないからこういう日もある。
「だって体育の時見えるし。茉優が布教してるって、マジなの?」
「うん、まあ、うちのクラスの子には言ったよ。通販サイトもあるよ、とか、福袋みたいなセットもあるよ、とか。テニス部の子とか、皆で買って分けるんだってさ」
眞行寺さんはテニス部なのだ。学校に来てないってことは部活にも出てないってこと。同じ部だったら、私以上に思うところがあるだろうし、派手目の子が揃った部のカラー的にも、ぱんつで反抗ってアイディアがウケたのかもしれない。
テニス部の子たちのコメントを思い出して、私はくすりと笑った。
「テニスコートの誓い、だってさ。眞行寺の変よりはぴったりだよね」
私が大山先生の指名に焦ることがなかったのは、つまり彼女たちの予習のお陰だった。表には出てなくても、春高にも革命の兆しはちゃんとあるのかもしれない。
密かに悦に入る私に、菜々美は不思議そうに首を傾げる。
「分かんないけど……茉優って眞行寺さんとは接点ないよね?」
「うん、去年もクラス違うしね」
菜々美は恋愛小説の文庫本を、私はミステリの単行本を鞄から取り出した。今日はふたりとも読書の気分みたい。
「じゃ、なんで? 校則がウザいのは、まあ分かるけど。でも、茉優なんかスカートとか今まで通りでも引っ掛からないじゃん」
どうしてわざわざ抵抗運動なんて?
言外の疑問には気付いた上で、でも、私は黙ってページをめくった。
さあ、何て答えようか。楽しみにしていたシリーズものの新作の、推しの台詞にときめきながら私は考えて──嘘を吐くことにする。
「抵抗っていうか。可愛いから、だけだよ」
「ふうん?」
「だってバレようがないじゃん。服装チェックでスカート覗いたら炎上するでしょ」
ページをめくる音が重なった。お互いに本を読みながらの会話だから、テンポは良くない。
「確かに。SNSやってる子、多いからね」
答えが返ってきたのは、菜々美がまたページを繰ってからのことだった。そんなに興味はなかったみたい。私もでしょ、と呟いてから読書に戻る。
眞行寺さんとの接点は──実は全くない訳じゃない。でも、それは多分私が勝手に思ってるだけ。わざわざ言うほどのことでもない。
春高の図書館は、文学全集だけじゃなく、一般文芸の本も置いてあるのが売りだ。私が今日読んでる本も、図書館で借りたものだ。
去年の二学期の中間試験前の頃だったと思う。あの日も、私は放課後になるなり図書館に足を急がせていた。入ったばかりの単行本をいち早く借りるために。新刊を読まないと、とても試験勉強に集中できそうになかったからだ。
目的の本を無事に確保して、胸に抱きしめるようにしてそそくさと図書館の出口に向かおうとしていた、その時だった。私の耳に、凛とした通る声が聞こえた。
「それ、出たばっかだよね。もうあるんだ」
新刊のことだ、と思ったから、その聞き覚えのない声が私に向けられたものだとどうにか気付いた。誰だろう、と思いながら私は声の主へと目を向けて――
「返却って、いつ?」
校内で評判の美少女が微笑んでいるのを見て、完全に硬直してしまった。当時から彼女は有名だったから。行事の時とか、もちろん見かけることはあったけど、というか彼女はどこにいてもスポットライトを浴びてるみたいに目立つんだけど、目の前で、一対一で話すことなんてなかった。「あの」眞行寺さんと会話なんて、そんなことが起きるとも思ってなかった。
完全に頭が真っ白になった私は、どもりながら来週、と答えた。貸し出し期間は最長二週間なんだけど、何だか早く返してあげなきゃと思ってしまったのだ。
「ふうん。じゃあ、ちょうどテストが終わった頃かな。次、予約しとこ」
彼女が笑うと並びの良い白い歯が輝くようだったのは覚えている。私が更に何か言ったか、彼女とどう別れたのかは分からないけど。テスト期間だったからテニス部も休みだったんだな、と気付いたのは後のことだった。私は約束(?)通りに一週間ぴったりでその本を読破して図書館に返した。眞行寺さんがすぐに手に取ってくれたかどうかまでは分からないけど。
それだけの、ほんの一瞬のやり取りだ。あっちも覚えてないだろう。ただ、あの一瞬を切っ掛けに、私の中で眞行寺さんは遠いところにいる綺麗な子、だけじゃなくなった。私と同じミステリ小説が好きな一面もある人だ、と認識したことで、アイコンから生身の人間になったのだ。
眞行寺の変って命名がひどいと思うのは、彼女を「事件」に押し込めたところだ。眞行寺さんの人格を無視して、先生たちは校則を厳しくする口実にして、生徒の方ではそれを茶化して面白がって諦める口実にしてる。
菜々美が言う通り、私は校則違反を皆に勧めた。本来の意味での確信犯だ。眞行寺さんのせいにしたりしないで、校則を守る意味って何なのか、学生らしい服装ってどういうことなのか、生徒それぞれが考えれば良い。バレたって、それはそれで構わない。眞行寺さんがいなくても皆が好き勝手するのを見て、先生も対応を考えれば良い。
ちょうど夏休みに入るところだし。たっぷり四十日休んだ後で二学期になれば、眞行寺の変も収まってるだろう。
――でも、そんな見通しは甘かったのを、私はすぐに思い知らされることになる。
「お願い、小野田さんも署名して!」
「え?」
明日は終業式っていう、何のために学校があるのか分からない日。クラスメイトの
「何、これ……?」
「署名を集めて、先生に出すの。キミエ、ずっと学校に来てないし。抗議しなきゃ……! 小野田さんもFJ穿いてるでしょ?」
「あの、えっと」
キミエ、というのは、苗字由来の眞行寺さんのあだ名だ。そうだ、佐野さんもテニス部だった。
眞行寺さんは結局一学期のほとんどを欠席したままだ。単位とか進級とか、心配なのは分かる。理不尽に締め付けられた校則を、放っておけないのも、分かる。生徒側から行動を起こすのだって、別に悪いことじゃない。
でも、マズイ。このタイトルで署名を提出するのはダメだ。「変」が沈静化するどころか、眞行寺さんのせいで、って先生に思われかねない。
どうしよう。どうしたら良い? 分からないのに。私はとっさに口走っていた。
「私、書くよ」
「わ、ありがと」
佐野さんが差し出した紙を、でも、私は全力で拒絶した。手をわたわたと情けなく振り回して、訳の分からないことを並べながら。
「な、名前だけじゃなくて、先生に言いたいこと、まとめるね! 署名に添えよう! 私、文芸部だし! 書くのは得意な方だから!」
「そ、そう……?」
私が大声で主張するなんて、佐野さんも驚いただろう。私はそういうキャラじゃないから。でも、だからこそというか、押し切ることができたようだった。佐野さんは、怪訝そうな顔をしながらも頷いてくれたのだ。
「じゃあ、小野田さん、お願いできる? 明日、終業式の後にでも出したいんだけど」
「今日中ってことだよね!? 大丈夫! 徹夜してでも書くから!」
相手の気が変わる前に、と。食い気味に請け負った私は変な奴だと思われたかもしれない。でも、これで一安心だ。眞行寺さんに矛先が向かないように、皆の気が済むように。そしてできれば校則が見直してもらえて、眞行寺さんが前みたいに普通に学校に来れるようになれば、最高だ。
猶予はひと晩。ひと晩で、皆も先生たちも納得するような演説を考えなきゃいけない。
終業式が終わった後、職員室に押し掛けた私たち、その緊張に強張った顔を見て、大山先生は首を傾げた。
「どうした、小野田――と、お前ら。クラスも部活も違うだろうに」
「私たちは、生徒の代表で来ました」
そう、私たちはクラスも部活も違う。中には先輩や後輩もいれば、野次馬の中には男子もいる。生徒たちと、先生からも視線を浴びているのを意識して、冷汗と震えで滑りそうにながら、私は紙の束を差し出した。束になるほどの数になった署名と、徹夜で書き上げた生徒からの「手紙」だ。私が、代筆した。
「私は今、Fun-Jewelryのぱんつを穿いています」
紙をめくった大山先生が、軽く眉を寄せた。中身が認識されたのを見計らって、私は口を開く。何を言うかは、もう覚えている。
「春見が丘高校の、ある生徒が着用して雑誌に掲載されたブランドなので、先生もご存知でしょう。ボーダーの可愛いやつです」
「小野田、おい……」
「校則違反なのは知ってます。でも、分かって欲しいことがあります。それは……それは、服装の乱れや、爛れた男女交際とは無関係だということです。あの、ここにいる生徒は、皆、可愛いものを身に着けて気分を上げたいからFJのぱんつを穿いている、それだけです」
それに、眞行寺の変への反抗心も、あるんだけど。でも、もっと本質的なことがある。
細い情けない声も、たまにどもってしまうのも恥ずかしかった。でも、私だって当事者だ。私みたいな、「おとなしい優等生」も声を上げるのを見せることが、大事なはずだ。
「私たちの中には部活を頑張っている子もいれば、勉強に集中している子もいます。春高の生徒として、決して恥ずかしくない青春の過ごし方だと思います。私たちの価値は、ぱんつの色だけで決まってしまうのでしょうか」
ぱんつと聞いた男子が忍び笑いをして、私の頬が熱くなる。でも、堂々としていないと。
「最近、春高の校則と生徒指導は急に厳しくなりました。その原因は一人の女子生徒だと、同じ生徒の目からは見えています。ですが、彼女がいなくても、私たちは可愛いものを見つけ出し、可愛いものに手を伸ばしています。抑圧された人間が自由を求めるように、それはとても自然な欲求だと思います」
「大げさな――」
「だから! これは、遊びたい、羽目を外したいがための我が儘ではありません!」
止められる前に全部伝えないと。必死にお腹に力を入れると、自分でも驚くような大声が出た。大山先生が目をぱちくりさせて黙ってしまうくらい。その隙を突いて、私は宣言する。この演説の、多分一番大事なところを。
「――革命だと、私たちは考えています」
言った瞬間に、大山先生は顔を顰めた。生徒が反抗しているからだけじゃないだろう。革命は素晴らしいだけのものじゃないって言いたいんだろう。でも、私は先生の授業をちゃんと聞いている。しっかり覚えていた上で、書いた。密かな抵抗活動じゃなくて、はっきりと立ち上がることが大事だからだ。
「歴史がそうだったように、私たちは暴走しているのかもしれません。でも、私たちは自分の頭で考えながら進もうとしています。だから抑えつけるのではなく、話し合いながら導いて欲しいんです。一方的にルールを決めるのではなく、一人の女子生徒に責任を押し付けるのではなく、私たちも校則作りに参加させてください。関わらせてください。――その署名は、私たちの気持ちの表れです」
この場の全員って訳にはいかないけど、佐野さんたち発起人の何人かには私の手紙を見てもらっている。納得してもらっている。だから私が背後に目配せすると、制服の衣擦れの音がさやさやと響いた。皆が、一斉に頭をぺこりと下げたのだ。
「眞行寺さんが、また学校に来られるように。校則の見直しをお願いします!」
ぎゅっと目を瞑った私の耳に、先生たちがざわざわと囁き合う低い声が届いた。私たちの気持ち、汲んでもらえるだろうか。咳払いをした大山先生は、何て言うだろう。署名を突き返されたりしない?
「眞行寺? いや、あいつは――」
とりあえず、声を荒げてはいない。でも、この後は分からない。怒声を覚悟してより低く頭を下げた、その瞬間――よく通る女の子の声が響いた。
「何これ? 何かあったの?」
「――ひゃ!?」
間抜けな声を上げながら跳ね起きて振り返る。急な動きに、わき腹が痛い。でも、そんなことに構ってはいられない。私を飛び跳ねさせた声の主は、思った通りの人だったのだ。
今年はほとんど着ていないからだろう、ぱりっとした夏服を纏っている。彼女の雰囲気そのままに、清潔そうで、爽やかで。
職員室前にたむろする生徒の塊を見て目を丸くしているのは、眞行寺弓佳さんだ。そんな素の驚きの表情も、彼女はドラマのワンシーンみたいに可愛かった。
「キミエ、ほんと心配したんだよ!?」
「そうだよ、このまま不登校になって、退学になっちゃうんじゃ、とか!」
「ごめんってば。でも、返信はしてたよ?」
「こっちは話題にも気を遣ってたのに!」
私はなぜか、ファストフード店にいた。同じテーブル席を囲むのは、主にテニス部の子たちと――そして、眞行寺さんだ。体育部の子たちの声は大きくて、私が割って入る隙はない。一人黙って、烏龍茶を啜るだけだ。
アウェイなのを分かっていて私がついてきたのは、署名と演説の「首謀者」として逃げられる雰囲気じゃなかったから。そして何より、眞行寺さんのことが気になって仕方なかったからだ。だって――
「二学期から転校って! そういうのはちゃんと話してよ!」
眞行寺さんが学校に来たのは、最後の挨拶のためだったっていうんだから!
「それは――本当にごめんね。どうなるか分からなくて、契約もまだだったから……」
眞行寺さんは、雑誌掲載を学校に咎められた訳でも、騒動のせいで不登校になっていた訳でもなかった。多少はそれもあったんだろうけど、より大きな理由は、FJにモデルとしてスカウトされたから、だそうだ。それも、仕事と学業を両立できるように、東京の学校に転校しないか、というお誘いつきで! FJとご家族と、それに学校を交えての話し合いが続いていたし、東京に行ったりしていたから、眞行寺さんは学校に来る暇がなかったらしい。
話を聞いてみれば良かった訳で。話せなかったのも分かると言えば分かる訳で。事情を知った皆の顔には安堵と不満、喜びと寂しさが器用に同居していた。
「じゃ、もう決まったの? 本当に東京に行っちゃうの?」
「うん。元々あっちの大学も受けたかったし。理解がある学校を紹介してくれるって」
「一人暮らし? 大丈夫?」
「寮って言うか、会社で借りてるとこがあるんだって。女の子だけだから安心だよ」
「そっかあ……」
ぱっと思いつくことは、テニス部の子たちが次々と眞行寺さんに尋ねている。だから私は何も言う必要がない。ただ、恥ずかしいなあ、とストローを噛んで考える。
だって、さっきの職員室で、眞行寺さんは真っ先に大山先生に歩み寄って行った。色々相談に乗ってくれたから、って。
眞行寺の変で、実は先生なりに彼女を守ろうとしてたのかもしれない。少しズレてたけど。でも、じゃあ本当に私たちが暴走しただけじゃん、とか。あの署名は何だったんだろう、と思うと居たたまれない。
「で、やっと皆にも言えるから――だから、受け取って」
皆のわあ、という歓声も私には他人事だった。私は含まれてないだろうから。何を切っ掛けに帰ろうかなあ、で頭が一杯だった。
「小野田さんも。よろしくお願いします」
「へ!?」
だから、眞行寺さんに名前を呼ばれた時は、ストローを吐き出すみたいにして変な声を上げてしまった。
顔を上げると、眞行寺さんは両手で小さな紙片を差し出していた。彼女のバストアップの写真が半分を占めて、もう半分には「Fun-Jewerly」「モデル」「眞行寺弓佳」という文字が金の箔押しで印字されている。
しばらく眺めてやっと、名刺だ、と気付く。もらえるってことは、連絡を取っても良いということなのかな。SNSのアカウントも載ってるし。それとも、ただの営業? でも、私相手に?
混乱した私がキラキラした名刺を見つめていると、眞行寺さんは心配そうに声を落とした。
「えっと、小野田さん、だよね? 図書館によくいる――文芸部の」
「……覚えてたんだ……!?」
慌てて受け取った名刺を、危うく取り落とすところだった。眞行寺さんは、どこにいても目立つから、私が彼女を知っているのは当然だ。でも、私の顔と名前を一致させてくれてるなんて。
どうして、と言った訳でもないのに、眞行寺さんはにっこりと微笑んで教えてくれた。
「好きな本を持ってたから嬉しくて。……それに、今日のことも。あんまり知らない子なのに、色々してくれたのが……すごく」
小さくなって震えていく小野田さんの声に、私は慌てた。泣き出してしまいそうに見えたから。やっぱり嫌だったって気付いたから。場違いさに拗ねる気分は、吹き飛んでいた。
「ううん! 私も、嬉しかったし……今日のは、えっと、当然のことだと、思ったから!」
「FJのぱんつ、広めてくれたって……お買い上げ、ありがとうございます?」
またしどろもどろになって喚いた私が、おかしかったんだろうか。眞行寺さんはくすりと笑い、冗談めかして首を傾げた。これで本当にもう大丈夫、なのかな。
「良かったら、これからもよろしく、お願いします」
「こ、こちらこそ!」
軽く頭を下げる眞行寺さんに、私も勢い良くお辞儀して、テーブルに額をぶつけた。どうにも決まらない醜態だけど、周りの子たちと――何より、眞行寺さんは楽しそうに笑ってくれた。だから、良かった。
先生たちは私たちの署名を受け取ってくれた。生徒の自主性ってものを思い出してくれたみたい。校則の再度の見直しを、今度は生徒も交えて考える場を設けると、新学期早々にお知らせがあった。私たちが信じてもらえるか、自由を勝ち取れるかはこれからが正念場だ。
私と眞行寺さんは友達になった、と思う。SNSで繋がって、雑談できるようになったんだから。東京でモデル業と学業を両立させる華麗な日々を送る眞行寺さんが、私なんかに時間を割いてくれるのは光栄だ。雑誌とかでも彼女の活躍を見ることができ始めてるのも、すごく嬉しい。
二学期も半ばのある日、自室で読書に勤しんでいた私のスマホが震えた。手に取ってみれば、眞行寺さんからのメッセージだった。
――今度CMに出られるの! 小野田さんならってOKもらったからひと足先に画像送るね!
そして、添付画像のダウンロードが始まり──そこに何が写っているかを理解すると私の頬は熱くなった。
「嘘でしょ……」
社外秘、の透かしはどうでも良い。画面の中央でポーズを取る、白いワンピースのアイドルも。問題は、その子が掲げる「旗」だ。赤いスカートと白いシャツと青いパンツを並べてぶら下げて、フランス国旗を模している。「民衆を導く自由の女神」のパロディだ。元の絵の瓦礫とかはFJのロゴ入りのカラフルなショップバッグ。民衆は、それぞれ違う服を纏ったモデルたちに置き換わっている。その一人は、眞行寺さんだ!
――春高の話が偉い人に伝わって、FJで革命って面白いねってなったんだって。小野田さんのお陰でできたCMだよ!
眞行寺さんの続いてのメッセージは追い打ちのようで、私は堪らずベッドに倒れ込む。
「嘘、嘘……!」
転がり回ってしまう理由が、自分でも分からない。嬉しいのか恥ずかしいのか誇らしいのか。眞行寺さんのCMは嬉しい。でも、その切っ掛けが私だとしたら、恥ずかしい。こんな大ごとになちゃって!
返信はどうしよう。まず、おめでとうだ。で、その次は? 調子乗ってると思われないためには?
落ち着け、と自分に言い聞かせながらスマホを見つめるうち――じわじわと喜びが湧き上がる。そうだ。喜んで良いし誇らしく思って良い。革命が成功したんだから。うん。思いっきり感情をぶちまけよう。
自由を手にした民衆みたいに弾む気持ちで、私は返信を打ち始めた。
ボーダーは革命の旗 悠井すみれ @Veilchen
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