第2話 「ただひとつの」
金曜日はベランダでいつも2人で夜空を見る。先週よりよそよそしい私達を、大きな満月が見下ろしていた。彼はアルバムを開いて古い写真を見ながら、君もこんなに若々しい頃があったのかなんて、遠い目をして言う。記憶を辿る。私は、此処にいるのに。
いつだってそう、彼の愛はまるで月の満ち欠けのようで、今週はきっと新月だったのよと自己暗示をかけた。
満月から目を逸らすように、星が綺麗ですねと誤魔化すように吐き捨てた。
アルバムが風にめくれてく。
私と彼との戻らない日々が。
勇気を出して遊園地に誘ってくれた。
夏はビーチで一緒に泳いで日焼けして。
紅葉の下で2人寄り添うだけで良かった。
アルバムに残った風景はまだ鮮明に私の中にあって、貴方の傍が幸せだった。
でもきっと私は彼にとって、
この夜空に瞬く星のように数ある人の1人なんだろう。
夜の静けさに泣きそうな私に囁きが聴こえた。
うん、月が綺麗だね。
彼の声。いつかの告白の言葉。
貴女しか僕には見えないと、そう誓った彼の、もう忘れられたはずの言葉。
思わず振り向く私を彼がそっと写真にする。
ねえ、頬の涙を今だけは赦して。愛するからこそ喪う痛みを私に与えてくれる人。
笑顔で慰めてくれる貴方を私はそっと壊れないように1枚の写真に納めた。
ーーええ、笑っていて愛しい人。
たとえ貴方が忘れても、ずっと私が覚えてるから。きっと一緒に笑うから。
今夜、また彼は私を忘れるのでしょう。
1週間と記憶の保てない彼を、
それでもずっと愛してる。
満ち欠ける夜に 真文 紗天 @shaten
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