第6話
帰宅。
薄暗くなった部屋に電気を点ける。蛍光灯の明かりが、やけにまぶしく感じた。
手を洗ってうがいして、シャワーを浴びて着替えて。そこまで済んだら、特にやることがなくなった。世間的には夕飯の時間かもしれないが、外で食事も済ませてしまったばかりの僕にその選択肢はない。
何となくテーブルの前に座ってテレビをつけた。やはり何となくありふれたバラエティー番組が流れる。左上に『18:46』と時刻が表示される。最近売り出し中のお笑い芸人が大して面白くない先輩芸人にイジられて、全方位から笑われていた。三たび何となく、朝に見た野良猫とカラスを思い出す。それが引き金となって、今日のなんて事ない1日の出来事が続けざまに反芻される。
両手の指で作ったファインダーもどきとちぎれ雲。アドベンチャーについて力説していたバイトの相方。その後でアドベンチャーの欠片もない表情で仕事していた同じ相方。チェーン店の牛丼の味。パチンコ屋の効果音とその隣の喫煙所。その時吸っていたホープの味。縋りつく希望。
だけど、いくら縋りついたところでこれだけだ。たった百文字程度で語れてしまう空っぽな日常を、あと何十、何百、何千、何万回繰り返せばいいのか。
やけに、住み慣れたはずの部屋がだだっ広く感じられた。
「代わり映えのない日々だぜ……」
あいつの言っていた言葉が、巡り巡って僕の口から出てきた。「面倒なやつ」と内心呆れていた、あいつと自分は同じだった。それが悪だとは思わない。ただ、自分に対して何やってんだ、と思う。拳をぐっと握る。今、その手の中に希望はない。
不意に湧き上がる焦燥。何か、動き出さなければならない。何でもいい、何か変化が欲しい。頼んでもいないのに、勝手にあいつの言葉が脳裏に足跡を残す。アドベンチャー。
悔しいが、正しい。今の自分には、アドベンチャーが必要だった。それに気づいていた分、むしろあいつの方が1枚上手だったかもしれない。そこは認めないといけない。別に競っているわけではないが。
「……とりあえず」
思いついたことを、すぐ行動に移す。どこかにしまったはずのノートとペンを捜す。すぐに出てきた。まっさらなキャンパスノートと、中途半端に使われた黒のボールペン。
「我ながら、物の少ない部屋だな」
自虐的に笑う。だが、今回はそんな部屋のおかげで捜す手間が省けた。
とりあえず、日記を書いてみようと思った。SNSやブログにあるような万人に読まれるものではなく、自分のためだけに書くアナログな日記。日々の記録を、今日からここに書き残す。久々に写真を撮って、貼り付けてみるのもいい。小さな変化かもしれないが、ここから変わるものもあるだろう。
そして、アドベンチャーには相棒が必要だ。テーブルに転がったままのささやかな希望を手に取る。隣のマッチ箱と一緒に。
それから、日記帳となったノートにタイトルを書いた。
『HOPE』
<了>
原作: suzumoku『ホープ』 (アルバム『ベランダの煙草』より)
ホープ 染島ユースケ @yusuke_rjur
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