第13話「食べて、寝て、」(お題M2『夏休み』より)

 夕食は山という場所柄だからか、イノシシ料理のボタン鍋や山菜の天ぷらといったものが出てきた。量は値段を考えれば多い方だ。現在ダイエット中の私だけど出された以上は残すわけにはいかない。まあ一日ぐらいなら良いかな。


「ん! 美味しい!」


 イノシシ肉を頬張ったところ、これが思ったよりも臭みやクセが無く上品な味がした。


「うん、そんじょそこらの豚肉よりも良い味してる。天ぷらもサクサクだし、ご飯が進むよこれは」


 カナメの茶碗にはご飯が山盛りになっている。太ったら幻滅するわよ、と警告しようとしたけれどあまりにも美味しそうに食べるのでやめてあげた。


 最後にはデザートとしてスイカのシャーベットがついてきた。余計な甘味を入れていない天然の甘さを冷たさが引き立てていて、これもなかなかの逸品だった。


「いやあ、美味しかったね」

「食べ過ぎたかも。明日のご飯は控えめにしなきゃ」


 食事が終わってからは、テレビのBSで野球中継を見ていた。私やカナメは野球に興味があるわけじゃないけど、裏番組があまりにも面白くないものばかりだったので消去法的に選んだだけのことだ。


「あ、カナメのお父さんの会社だ」


 ヒットを打ってボールが外野に転がっていく様子を中継カメラが追っていると、外野フェンスに書かれている『桐生商事』の広告が映された。


「本当だ。父さん、野球が嫌いなのにちゃっかりしてるよ」

「お父さん、野球はダメなの?」

「うん。父さんが会社を継いだ後、所有していた社会人野球チームをリストラの名目で廃部にしたぐらいにね」

「強権的ねえ」


 そこまでやられたら野球嫌いを通り越してる気もする。


 試合はさっきのヒットがきっかけで打線が爆発した。いくら野球のルールを知らなくても一方的な試合展開で、勝敗はほぼ決したようなものだとわかっていた。途端につまらなくなってきて、カナメが「もうテレビ消していい?」って聞いてきたから「どうぞ」と答えた。


 静寂を取り戻した部屋。カナメが口を抑えつつ軽くあくびをした。


「ちょっと早いけど寝ちゃうか」

「そうね。朝早く起きてお風呂に行きましょ」


 布団はセルフサービスで敷くことになっていた。いつも家ではダブルサイズのベッドで一緒に寝ているけれど、布団のサイズは一人用だったから二枚出そうとした。するとカナメが、


「一枚だけでいいだろ?」

「一枚? 多分狭くて暑苦しくなるわよ」

「部屋ん中、結構クーラー効いてるからちょうどいい加減じゃない?」


 確かに。設定では二十六度になっていたが涼しいを通り越して少し肌寒いかもしれない。クーラーの型が古いためか、調整が上手くいってないようだ。


 とりあえず布団は一枚だけにして、枕を二つ並べた。電球はもちろんリモコン操作じゃなく、垂れている紐をカチカチと引っ張るやつだった。


 私は常夜灯だけつけて掛け布団に潜り込んだ。


 いつもより距離が近いところにカナメの顔がある。カナメの瞳は常夜灯の明かりでらんらんと輝いている。まだ眼を閉じる様子はない。


「私たちが入居した初日を思い出すなあ。一緒のベッドに寝ようって言われたときはびっくりしたもんだけど」

「カナメのお父さんが奮発して買ってきたベッドが結構大きかったからね。もっと小さいサイズだったら床に寝てもらうことになってたわ」


 でも今は小さい布団で一緒に寝ていても、不快感は全く感じない。カナメと同居して四ヶ月の月日で、それなりに距離が縮まったということかな。


 カナメが私の頭を撫でてきた。寝る前の挨拶としていつもやってくるけど、今回は念入りに撫で、頬にも手を触れてきた。


「今のみずは、何だろう。いつも以上に可愛く見える」

「……急にどうしたの?」

「正直な感想を述べただけだよ」

「そう、ありがとう。私だって今のカナメは可愛く見えるわ」

「っ……」


 オレンジ色に照らされたカナメの顔に、少し赤みが差した。


「あ、ありがとうと言っておくよ。一応……」

「ふふ、さ、寝るわよ。おやすみ」

「はい、おやすみ……」


 私は眼を閉じた。


 *


 なかなか寝付けない。多分、枕が家で使っているのより固いせいだ。


 カナメの方に寝返りを打つ。カナメはこちらの方を向いていて、すーすーと寝息を立てている。


 さっきはお世辞で可愛い、と言った。だけどいつもより近い距離で眠っているカナメの寝顔は、本当に可愛かった。


 これが「魔が差した」というものか、無意識的に、私の手がいつの間にかカナメの頬にまで伸びていた。


「んんっ……」


 カナメが体を仰向けに戻そうとしたので、私は我に返って慌てて手を引っ込めた。


 一体何をしようとしていたんだ。自分の行為が急に恥ずかしくなった。


 だけどもっと恥ずかしいのはカナメの方だったかもしれない。


「んんー……そんなに食べられないよみずはぁ……」


 ……。


 夢の中の私はいったい、どれぐらい食べさせているんだ?


 カナメはごろん、と反対側を向いてしまった。もうちょっと寝顔を見たかったが、残念。


 私はもう一度眼を閉じたけれど、カナメが見ている夢が気になってあまり寝付けなかった。それでもカナメの体温がいつも以上に心地よく感じた。


 *


「みずは、おはようっ」

「おはよ……」

「あれ? ちゃんと眠れた?」

「いいえ、枕がちょっと合わなかったみたい」

「そうか。じゃあ、お風呂入ってさっぱりしようか」

「そうね」


 私は布団から這いずり出て、伸びをした。


「何か良い夢見てた気がするんだけど、忘れちゃったな」


 良い夢だったんだ、アレ。うなされてたのに。ますますどんな夢だったのか気になるけど、もう忘却の彼方なら確かめようがない。


 とにかくお風呂に入って眠気を覚ます。その後は朝食を取って、小森さんが十時ぐらいに迎えに来るまで部屋でゴロゴロしよう。


 帰ったら宿題があるけれど、とりあえず今は英気を養っておこう。


 私たちの夏休みはまだまだ始まったばかりだ。

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マンションで二人暮らしをしている女子校生たちのお話 藤田大腸 @fdaicyou

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