夏思いが咲く~情熱のウォブル~
猫柳蝉丸
本編
暑い。
暑い。
ああ、それにしても暑い。
どうしてこんなに暑いんだろう。
地球温暖化?
でも、温室効果ガスはデマだって話も聞くし。
地球自体は氷河期に向かってるって話も聞くし……。
ううん、そんな事はどうでもいい。
暑い、とにかく暑い。暑いったら暑い。
暑いって考える事すら億劫になるくらいに暑い。
――それで最近頻発している親殺しの原因ですけれど。
何となく流しているラジオから物騒な話題が流れてくる。
親殺しなんて物騒な話題、ラジオで流してもいいんだろうか。
何処かの意識が高い暇なおばさんとかから苦情でも送られそうだよね。
ラジオ局、ううん、メディアの人達もこの暑さで思考力が落ちちゃってるのかも。
メディアの人達だけじゃない。最近は皆この暑さで頭の中が真っ白になってる気がする。
私だってそうだし、学校の先生だってそうだし、隣に住んでた隆君だってそうだった。
隣に住んでた隆君……、背が高くて顔も良くて運動も出来て、私にとってはちょっと憧れのお兄ちゃんだった。たまに顔を合わせると笑顔で挨拶してくれたし、デートをした時も優しくエスコートなんてしてくれた。ファーストキスも紳士的に終わらせてくれた。だから、ファーストキスの次の日に隆君が隆君のおばさんを殺しちゃって逮捕されるなんて思ってなかった。いやあ、予想外にも程があるよね。
隆君に限らず、最近、親を殺してる子供は少なくない。
百人に一人くらいの割合で親が子供に殺されてるらしいんだよね。
何だっけ、確かこの流行に何か名前が付いてた気がするんだけど。
――巷で俗に称される『夏思い』を原因と考える専門家も多いようでして。
ああ、そうそう、『夏思い』だった。
夏になるといつの間にか増える親殺し現象。
夏にだけ強く思ってしまう親を殺したいって気持ち。
いつの間にか、誰が呼んだか『夏思い』。
気温が四十度を超えるのも珍しくなった最近、正確な境目は分からないけど、気温が高ければ高いほど『夏思い』が発生する確率が爆発的に増加するって話を聞いた事もある。適当な専門家も多いからそんなに当てにはならないんだけどね。
でも、こんなに暑いんだもん。誰かを殺したいって気持ちになるのも分かるよね。
何も親を殺さなくてもいいと思うんだけど、私だってこの暑さの中に居ると何もかもどうでもよくなってくる。腹が立つ男子や調子に乗ってるだけの先輩なんて包丁で滅多刺しにしてやってもいいしんじゃないかって気になる。まあ、暑過ぎてそれすらやる気が失せるんだけどね。
――『夏思い』は一種のレミングであるとの噂もありますよね。
レミング……、レミングってなんだっけ?
何かの漫画で読んだ様な気もするんだけど。
ああ、思い出した、ペンギンとかでたまに見られる集団自殺の事だっけ。
増え過ぎた個体を減らして集団そのものを守ろうとする自殺なんだよね。
確かに人間は増え過ぎだよね、減らした方がいいって誰かが思うのも分かるよ。
あれ、でも、確かレミングってデマなんだっけ?
人間も増え過ぎてるからペンギンみたいに集団自殺して減ればいいのに、っていう何処かの学者さんの願望なんだっけ?
まあ、別にどっちでもいいんだけどね。
ただ人類が減ればいいってのはまた身勝手な発言だよね。
そう言ってる人は絶対に自分と自分の親しい人以外が減ればいいって思ってる。
顔も知らない他人なら自分の為にいくら減ってくれても構わないって自白してる。
別にそう思いたいならそう思っててくれてもいいんだけど、私は親しい人が死んじゃうのは嫌だもんね。美奈代や明美、お父さんなんかが死んじゃったら私は悲しくて死んじゃうと思うから。だから、知らない誰かなら死んじゃえなんて思えないなあ。
やっぱ、世界に必要なのはラブアンドピースだと思うし?
――ワニの卵が気温によって性別が決まる事はよく知られています。
そうだっけ?
少なくとも私は知らないから、よく知られているとか言ってほしくないなあ。
――自然界にはそういった境目で分別される事象があるのです。
なるほど、このラジオのおじさんが何を言おうとしているのか、分かっちゃったね。
この賢い可愛い夏姫ちゃんには分かっちゃったね。
つまりこの毎日四十度を超える気温を経験していたら、人間達の間で『夏思い』が発生しやすいって言いたいわけだね。言いたい事は分かるよ。それくらいの気温なら熱帯の人達ならよく経験している気もするけどね。
いや、でも、違うのかな?
熱帯に住んでる人達は最初からそういう環境の中で生きられるように生活してる。環境に合わせて生活してる。物凄い露出でも誰も気にしないくらいにね。
私達は環境に合わせて生活してない。現代的な生活を無理矢理送ろうとして、ビルに囲まれてコンクリートに囲まれて、ヒートアイランド現象やフェーン現象でひょっとしたら熱帯の人達よりも熱気に包まれて生きてる。
だから、『夏思い』なんて起こるのかな。
暑さと熱さに脳味噌が沸騰しちゃって何もかもどうでもよくなって、一番身近で鬱陶しい親を殺したくなっちゃうのかな。私も昔はお父さんの事が鬱陶しかったから分からなくもない。死んでくれって思った事だって何度もある。『夏思い』はそんな気持ちに正直にさせてくれる現象なのかもしれない。
いけないいけない。私もこの暑さでちょっと『夏思い』にやられかけてるのかも。
隆君が『夏思い』でおばさんを殺しちゃって、私の学校でも十人くらい親殺しをしちゃって、この世界は滅茶苦茶になりかけてる。子供が親を殺すのが当たり前の世界になりかけてる。本当に恐ろしい、夏の熱気。夏の暑さは人間から色んな物を奪い取っていく。
もしかしたらレミングは本当に起こっているのかもしれない。ペンギンの方はデマだったかもしれない。増え過ぎた罪悪感で人間自身が妄想した現象だったのかもしれない。それなら、逆に考えられないかなとも思う。レミングという発想がある時点で、人間自身の中にレミングを行うプログラムが遺伝子の中にあるのかもしれないよね。それで子供を産んで不必要となった親を子供が処分していっているのかもしれない。夏の暑さを言い訳ときっかけにして。
でも、大丈夫、きっと大丈夫。
私はお父さんを殺したいなんて思った事はない。お父さんの事は大好きだもんね。
美奈代も明美もお父さんの事は大好きだって教えてくれた。
世界に必要なのはそんなラブアンドピースだって思うんだ。
――最近の調査で明らかになり始めた事があります。
それにしてもこのラジオのおじさんよく喋るなあ。
何となく聞いてただけだけど、飽きてきたから切っちゃおうかなあ。
「ただいま、夏姫」
むっ、夏姫ちゃん一生の不覚。
ラジオのおじさんに気を取られてお父さんが帰って来た事に気付かないなんて。
いやいや、ラジオのおじさんなんてどうでもいいよね。
「お帰りなさい、お父さん!」
私は仕事が終わったばかりのお父さんに抱き付いて、その唇にキスをする。
深く舌を絡める。
この前まで嫌いだったはずのお父さんの臭いも愛しく思えるからちょっと不思議。
こんな大好きなお父さんを殺したいと思うなんて変な話だよね。
家族は殺すより愛し合う方が建設的だし尊いって事は誰だって分かるはずなのに。
ラブアンドピース。
いつか私はお父さんの赤ちゃんを産む。私はお父さんと赤ちゃんと一緒に三人で素敵な家族を築いていく。それが親を殺したくてしょうがなくなる『夏思い』への対抗手段にもなる。そんな気がする。
皆、そうなればいいのに。親を殺すより親と愛し合う素敵な関係になればいいのに。
そんな皆が幸せなラブアンドピースな世界になればいいのに。
そう考えながら、私はお父さんの服を優しく脱がせていく。
夏の暑さを感じながらも、切り忘れたラジオのおじさんの声が私の耳に届いていた。
――『夏思い』には二種類の症状が見られる事が分かり始めてきたのです。一つ目はこれまで知られている様に親殺し。血縁の親を疎ましく思って排除する。親殺しを終えた患者の証言からもそれは明らかとなり始めています。そして、二つ目の症状はこれまで目立たず気付かれておりませんでした。親に対して必要以上の愛情を感じてしまう症状。これは近年近親者、特に親子間の妊娠、出産が増えている事から明らかになり始めた現象です。近親者の出産が増えた世界に未来が無いのは分かり切った事でしょう。親を疎ましく思い過ぎても、逆に愛し過ぎても、その先に待っているのは破滅だけなのです。つまり、この『夏思い』という現象が生じた時点で我々人類は……
暑い。
熱い。
ああ、それにしても暑いなあ……。
まるで世界の終わりみたいに暑い。
お父さん以外何もかもどうでもよくなってくるくらいに……。
夏思いが咲く~情熱のウォブル~ 猫柳蝉丸 @necosemimaru
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます