お盆にはあの人を迎える精霊馬を

吉岡梅

精霊馬でお迎えを

 からりと晴れた青空に、威勢よく張り出した真っ白な入道雲。重さを感じるほどのそれを良く見ようと日傘を傾けて仰ぎ見れば、待ち構えていたかのように真夏の日差しが瞳に差し込んでくる。たつは慌てて傘の蔭へと隠れて思わず苦笑する。軒先では、くすくすと笑うように風鈴が揺れていた。


 いつもと同じ、暑い夏の庭先。ただひとつ違うのは、60年間連れ添った寅一とらいちが隣にいない事だ。


――そういえば、初めての夏なのね


 たつ乃はあらためてそう気づいた。寅一が旅立ったのは昨年の11月。そろそろ冬支度を始めようかという頃だった。機嫌よく晩酌をして立ち上がった折にぱったりと倒れ、そのままあっけなく逝ってしまった。悲しいというよりは、びっくりした。せっかちな寅一らしいといえばらしい、さっぱりぽっくりとした逝き方だった。


――それでもまあ、このご時世に、順番を守っただけとしましょう


 若い時分から寅一は無茶をする性分だった。親戚一同からは、このままでは3兄弟の中で一番に早死にするぞとたしなめられていたほどだ。ところが丈夫に産んでもらったのか、憎まれっ子はなんとやらという奴なのか、85まで健康を保った。結局、義理の兄が亡くなり、かつ、義理の弟が亡くなる前のにきっちりと逝ったのだ。その変な筋の通し方に、義弟も「兄貴らしい」と笑っていたものだ。


 順番を守るのは大切だ。特に親しい者の前からいなくなる時は。皆、なんとなくゆっくり、じっくりと心の準備を整えていく。逝く方も、見送る方も。


 突然すぎたり、順番抜かしをされると、びっくりしすぎて心と体が追い付かなくて溢れてしまう。そうなってしまうと申し訳ない。できるだけ順番を守ろう。たつ乃と寅一は、お互いそんな事をよく話していた。


 だからだろうか、寅一がいなくなってからも、それほど寂しくはなかった。確かに急ではあったのだけれども、無意識のうちに心がまえができていたのだろう。


 もっとも、本当の所は、娘夫婦と孫たちと同居しているため、孫のお世話で日々てんやわんやで振り回されていた事が大きいのかもしれない。


 しかし、季節の変わり目や催しごとがある時には、はた、と寅一が居ない事に気づかされた。それはそうだろう。60年間も一緒に、隣で模様替えやらお祭りやらの準備をして来た存在がいないのだから。違和感を感じない方がおかしいのだろう。かといって、寂しいというわけではない。なんとなく、何かが足りないことに気づかされるだけだ。


――そうなると、今年は新盆にいぼんになるのね


 たつ乃はふと、思い出した。寅一が逝ってから初めての盆。この間、和子かずこ秀夫ひでおさんがいろいろと段取りをしていたのは、新盆の親戚周りやお寺の手配なのだろう。初七日や四十九日も滞りなく勤めてくれた。2人に任せておけば問題無い。たつ乃はありがとうと胸の内でぺこりとお辞儀をしたが、なんだか少し、寂しくもあった。


 何か自分も寅一の為にしてあげたい。そう思ったのだ。かといって、家族に面倒をかけるのは本意ではない。自分の手のうちだけで、何かできる事と言えば……。


――そうだわ。精霊馬しょうりょううまこしらえましょう

 

 たつ乃はシャンと手を打ってひとり頷く。お盆のときに、故人があちらから帰ってくる際のとして、乗り物を模して野菜で作る精霊馬。あれならば、ひとりでも作れるだろう。今の時期、材料にも事欠かない。台所には、ご近所で暇を持て余している隠居仲間たちが置いて行った夏野菜の数々があるはずだ。しめしめ。


――1年目くらいは、少し手間をかけて拵えてあげましょうかね。


 そう考えると、なんだか少し楽しくなった。善は急げだ。早速台所へと向かい、材料を適当に見繕い、いつもミシン掛けをしている縁側の一角へと持ち込んだ。


 まずは丸々と太った茄子を取り出して馬の胴体に見立てた。そのままではなんとなく寂しいので、頭の部分に楊枝を使って夏すみれの花を留める。ライトに見立てて、暗くても帰り道が良く見えるようにしたのだ。うす紫の花びらは、見た目にも可愛らしい。


――あの人は嫌がるかもしれませんね。


 たつ乃はくすりと笑って手を動かす。次は足。いや、足回りだ。二本の割りばしをフロントフォークに見立て、その間に輪切りにした茄子のタイヤを装着する。あの穀潰ごくつぶしが天国に行っているわけがない。間違いなく地獄、それも深い所だ。とても道とは言えない地獄の悪路でも安定するようにタイヤは厚く、太くする。さらに輪切りにしたゴーヤをタイヤに被せ、しっかり接地面を噛んで走れるように整えた。


 お次は後輪だ。寅一は嫌がるだろうが、何せ歳が歳だ。目にも緑内障りょくないしょうの気があった。ここは2輪でなく3輪で安定感重視だ。前輪にも負けない程の重量のタイヤを茄子とゴーヤで作り、割りばしのリアフォークでどっしりと固定する。


 なかなかいい出来た。鋼鉄の馬を支えるのはなんといっても足回りだ。たつ乃は少し考えて、タイヤのホイール部分に半分に割ったミニトマトをカバーのように被せ、そこに楊枝を針山になるように突き刺した。これでパンク狙いの餓鬼の攻撃も防げるだろう。寅一のテクニックを疑うわけではないが、準備は万全にしておくに越したことはない。


 オクラのマフラーと、えんどう豆のV字ハンドルを取り付けたところではたと気づいた。現役の頃のようにサイドカーにした方がいいだろうか。安定感も出るし、寅一も喜ぶかもしれない。


 だが、たつ乃は、ぶるぶると首を振った。サイドカーなど付けたら、あのスケコマシが調子に乗ってどこぞの泥棒猫を一緒に乗せてきかねない。そうなれば修羅場だ。断固として一人乗りにしよう。今はもう想い出より家庭の平和だ。


 その代わりと言っては何だが、とうもろこしの粒とで飾りを施し、爪楊枝に輪ゴムを結わえて現役時代も愛用していたクロスボウを作ってあげた。もちろん2連式だ。


――このクロスボウで色々な窮地を切り抜けて来たわね


 たつ乃は現役時代を思い返して微笑を浮かべた。共に駿河湾沿いの国道を疾走し、政府軍の追手を煙に巻いたあの日。ニュークス達のリーダーとして祭り上げられ、反乱軍を率いてネオ・カケガワの水源を開放したあの瞬間。初めて左手の義手に仕込んだ竜撃砲をブッ放したあの感覚。反乱軍のタイガー&ドラゴンと恐れられ暴れまわったあの灼熱の夏。今ではどれも、遠い遠い思い出だ。


「あれー? ばあば、何作ってるの?」


 不意に後ろから声をかけられて、たつ乃は我に返った。


「これはね、精霊馬だよ。じいじがお盆にちゃんと帰ってこられるようにね」


 にっこりと笑って孫娘の理央りおに茄子のバイクを見せる。とたんに理央の顔がぱっと輝いた。


「すごーい! ねえ、これ8気筒?」

「違うよ、バイクだからね。直列4気筒だよ」

「えー、うるさそうー。理央、V8がいいなー」

「ふふふ、そうかあ。理央ちゃんはV8がいいんだね。じゃあ、ばあばと一緒にV8の4輪作ろうか」

「うん! 作るー! トルクすっごい高い奴!」


 理央は楽しそうにいくつかの茄子を手に取ると、車体の形に見立ててあれやこれやとくっつけたり離したりし始めた。たつ乃は目を細めてその様子を見守る。


――この分では、私の順番になった時も乗り物は安心だわね


 たつ乃はふと窓の外の青空を見上げる。その先では、寅一もあの入道雲のような白い歯を見せて笑っているような気がした。地獄の獄卒たちを殴りながら。

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お盆にはあの人を迎える精霊馬を 吉岡梅 @uomasa

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