第十三話 夢の中でも
「いや、それは……」
「……まあ、正解でも不正解でもない、ってところですかね」
「どういう意味だ?」
カークが露骨に顔をしかめた。曖昧な返事は求めていなかったのだろう。
俺は慌てて、言葉を補足する。誤魔化したのではなく、本題は、この先なのだから。
「確かに子供の頃、三人で一緒に風呂に入ることはありました」
と、まずは事実を肯定してから。
「でも、毎回ってわけではありませんでしたし……」
本物の兄妹ならば、ある程度の年齢までは一緒に風呂に入るのも普通かもしれない。しかし俺と二人とは、あくまでも兄妹のようなものであり、血の繋がった本物の兄妹ではない。だから混浴は常習ではなかった。
ましてや、今の俺たちくらいの年齢ならば、たとえ本物の兄妹であっても、一緒に風呂に入るなど、まずあり得ない。
そうした事情をカークに説明すると同時に、俺は最後に、真理のフォローも忘れなかった。
「まあ真理の場合、かなり小さい時に、こちらへ来てしまいましたからね。元の世界の感覚も薄れているでしょうし……。それに昔の記憶も曖昧で、一緒に入浴したことだけ鮮明に覚えていて、少し誤解している部分があるかもしれません」
自分で口にしながら「あくまでもカークに対する建前だ」と思う。先ほどの風呂場での会話とか、食事中の「てへっ」という仕草とかから考えて、真理は「一緒に風呂に入ったのは時々に過ぎない」という事実を、しっかり覚えているに違いない。
「なりほど、そういうことか……」
カークは、俺の話に納得したらしい。問題解決という顔で目線を下げつつ、ハーッと一つ、ため息をつく。
続いて、顔を上げて。
「では、今晩も問題ないと考えていいかな」
ん? 何の話だろう?
風呂の件は、これからのことではなく、もう過ぎた話のはずだが……。
俺の顔に浮かぶ疑問の色に、カークは気づいたようで、
「ベッドのことだよ。マリィの話では、夜も一緒に寝るのが普通だった、ということだったからね。これも全くの嘘であるならば、問題になるかと思ったのだが……」
「ああ、確かに、三人で並んで寝たこともありますね。とういうことは……」
「うむ。すまんが、予備のベッドはない。だから三人で、一緒にマリィのベッドで眠ってもらうことになるが……。大丈夫だよな?」
念を押すような目を、俺に向けてくる。
その視線の鋭さに、俺は体を引きたくなるくらいだった。だが、そんな弱腰を見せるべきではないだろう。
「ええ、もちろんです。問題ありません」
言葉だけでも、自信ある態度を示す俺。本当は、同じベッドで三人一緒なんて、勘弁してもらいたい。いくら異世界のベッドが大きめだとしても。
とはいえ、風呂と違って、素っ裸ではないのだ。あれと比べたら、まだマシ。そう自分を納得させておく。
すると。
「ふむ。マサハル、一応、釘を刺しておくが……。くれぐれも、問題は起こすなよ?」
ちょっと怖い顔のカーク。
「私とステファニーにとって、マリィは娘のようなもの。そしてマサハルとカオリの二人も、今日からは息子と娘だ。だから、その間で過ちが起きたりしたら……」
「大丈夫です、大丈夫です!」
バタバタと手を振って、俺は『過ち』の可能性を完全否定。
「俺にとっても、真理と
「そうか。それを聞いて安心した」
カークの表情が和らぐ。
これで話は終わりのようで、カークは立ち上がったのだが、
「ああ、そうだ。最後に、これも言っておこう。『娘のようなもの』ではなく『娘そのもの』にも手は出すなよ? もちろん彼女は一緒に寝るのではなく、部屋も別々だが」
「……え?」
言葉の意味が一瞬わからなかったが、とにかく凄いカークの気迫を感じる。それに
「ああ、それも大丈夫です! お約束できます!」
カークの言う『娘そのもの』とは、ウッカのことだ。
うん、こちらは真理と香織以上に、自信を持って『大丈夫』と言い切れる。
ウッカだって外見的には、それなりに魅力的。漫画やアニメならば美少女キャラとして描かれるだろうし、ドラマや特撮ならばアイドル女優が演じるだろう。そういうレベルだが、肝心の中身が、真理に『スケベ親父』と言われるような性格では……。俺が彼女に惚れることも、逆に惚れられることも、絶対にあり得ない。
こんな感じで、カークとの会話を経てから、俺は真理の部屋へ向かったので……。
ある意味、心の準備は出来ていた。
予想通り、俺が部屋に入った時点で、真理と香織の二人はベッドに横になっていた。うつ伏せでも仰向けでもなく横向きであり、姉妹で向かい合った格好で。
こう記すと、少し百合百合しいかもしれないが、その二人の間にポッカリ一人分の空白があるのを見れば、全く『百合百合しさ』など感じられない。
「あっ、マサハルお兄ちゃん来た!」
「マサハル! こっち、こっち!」
俺は真理に手招きされて……。
「はい、マサハルは、ここ! 私たちの間に入ってね!」
言われるがまま、手前の体をまたいで、そのスペースに収まった。
横になると同時に、チラッとだけ左右を確認する。右側には真理の笑顔が、左側には香織の同じ顔が、ドキッとするほど近い位置にあった。
「はい! 枕は、マサハルお兄ちゃんが使っていいですから!」
「ああ、ありがとう」
確かに、いくらベッドが大きめとはいえ、枕は三人分ではなく、一つしかないのだろう。
では、真理と香織はどうするのか。俺の頭に浮かんだ疑問は、一瞬で解決する。
「その代わり……」
いたずらっぽい口調で、真里が俺の右腕を引っ張って伸ばし、その上に頭を置いたのだ。ほぼ同時に、香織も姉を模倣するかのように、俺の左腕を枕にする。
しかも真理に至っては、自分の頭の後ろに手をやって、ガッチリとキープする感じで、両手で俺の右手を掴んでいた。
「おいおい、そこまでするのかよ……」
「えっ、何?」
俺の呟きに気づいた香織は、少し頭を上げて、反対側で真理が何をしているのか理解。
「じゃあ、私も!」
真理の真似をして、香織も俺の左手を握る。
まあ、昼間の『抱きん子ちゃん人形』状態や風呂の中でのおっぱいホールドとは違って、この格好ならば、胸を
俺が甘かった。
右脚に伝わる、太ももの感触。真理が、両脚を絡ませてきたのだ。いわば脚で『抱きん子ちゃん人形』をしてきたのだ。
「おい!」
「いいじゃないの、これくらい」
俺の呟きに反応したのは、真理だけはなく。
香織は何も言わない代わりに、ヒョイっと一瞬だけ頭を上げて、真理の行動を確認。同じく俺の左脚に、脚で『抱きん子ちゃん人形』。
俺は結局、両手両脚を『大』の字に広げて、それを二人がかりでホールドされる形になってしまった。何これ、ツープラトンの寝技? 夜のプロレス?
「じゃあ、お休みなさーい」
「お休みなさい」
真理と香織は、満足そうに眠りにつくが……。
いやいや。
とても俺は、安眠できる気分じゃないぞ。
腕枕が痺れそう、というのは許容範囲としても。
近くに顔があるせいで、髪からフワッと漂ってくる芳香とか、そもそも密着しているから、甘い体臭とか。これで、まず、嗅覚が刺激される。
それに、脚に伝わる太ももの感触は、もっと刺激的だ。特に、そちらは下半身であり、股間が近いだけに、生理的に問題が出てきそうだった。
一晩くらいは耐えられるとしても、もしも、こんな状態が毎日続くようであれば……。色々と溜まってしまって……。
真理が語った『テント暮らしの男性冒険者』の逸話のように、いつかは俺も、夢精してしまうのかもしれない。
――――――――――――
その夜。
不思議な夢を見た。
「さあ、マサハルお兄さん! 急いで、急いで!」
ウッカに手を引かれて、俺は森の中を走っていた。
生き生きと葉を広げた樹々ばかりの、鬱蒼とした森。おそらく、例の『回復の森』なのだろう。
ウッカは、どこへ俺を導こうというのか。奥へ奥へと、ズンズン踏み込んでいく俺たち二人。現実ならば、森の奥には『回復の泉』があるのだろうが、これは夢。時々とんでもない展開を見せるのが夢というものだ。
この時も、
「ほら、ようやく着きましたよ……」
ウッカの言葉と共に、急に開けた場所に出たと思ったら、そこには泉ではなく白い建物があった。屋根の上に設置された十字架を見た途端、俺の頭に「森の小さな教会で結婚式を」という、何処かで聞いた一節が流れる。
そんな俺のイメージが反映されたのか。扉を開けると、中では、本当に結婚式が行われていた。
「おお、花婿のご登場だ!」
参列者の誰かの呟きを耳にして、今さらのように自分の姿を確認すれば……。
光沢ある銀色のタキシードで身を固めて、髪も清潔感のあるショートに整えた俺は、まさに『花婿』のイメージだった。
そして。
花婿がいるならば当然、花嫁も用意されており、純白のウエディングドレスに包まれた彼女は、見慣れた笑顔を浮かべている。ただし白のベールを深々と被っているために、顔はハッキリと見えるくせに、赤髪なのか黒髪なのかすら不明だった。
そこまで髪を完全に隠してしまうなど、本来ならばあり得ないだろうに、これも「夢だから」ということなのだろうか。
しかも。
「お待ちしておりましたわ、マサハルさん」
俺を『マサハル』でも『マサハルお兄ちゃん』でもなく、『マサハルさん』と呼ぶ花嫁。これでは真理なのか香織なのか、ますますわからなくなってくる。
混乱のうちに俺は、神父だか牧師だかの前で、花嫁の隣に並ばされて。
「では、誓いのキスを」
これも「夢だから」だろう。色々とすっ飛ばして、いきなりのクライマックス。
俺と花嫁は素直に従って、熱い口づけを交わす。結婚式には場違いなくらいの、情熱的なディープキスであり……。
その瞬間。
花嫁の正体がどちらなのか、その唇と舌の感触から、俺は理解した。現実の俺は、真理とも香織とも、キスなんてしたことないのだけれど。
そして。
――――――――――――
「あっ! 目が覚めたみたい!」
「あら、本当だわ」
双子の声が、サラウンドの目覚ましになった。
俺は夢の世界から抜け出して、現実へと戻ってくる。
「おはよう、マサハル」
「マサハルお兄ちゃん、おはよう!」
「ああ、二人とも、おはよう……」
まだ夢うつつの声で挨拶した俺は、朝から明るい姉妹の顔を見比べて、不思議に思うのだった。
(第一部「異世界再会その初日」完)
異世界再会物語 ――俺と彼女と彼女の姉妹―― 烏川 ハル @haru_karasugawa
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