第十二話 食べてみましょう異世界料理
「いただきます」
そう言って俺も、目の前に並べられた料理に視線を向ける。異世界の料理であり、見たところで味の想像は出来ないものばかりだろうが……。
「はい、マサハル! あーんして」
右側から真理が、俺の口元にスプーンを突き出してきた。その上には、何か白い食べ物が載っている。
「いや、いいよ。自分で食べるから」
「そう言わないで、食べてみてよ。ほら、遠慮しないで!」
「わかった、わかった。これが真理のおすすめなのか?」
自分の分もあるのに、わざわざ真理の分を彼女のスプーンで食べるのは、ちょっと照れくさい感じがするのだが。
いきなりの押し問答も面倒なので、受け入れることにして、目の前のスプーンをパクッと一口。だが『おすすめ』にしては、特に「美味しい!」と感じる味でもない。別に悪くもないのだが。
「真理お姉ちゃん、これって、お粥?」
香織は香織で、真理のおすすめに従う形で、同じ料理を口にしていた。『同じ』と言っても、もちろん自分の取り皿から、自分のスプーンで。
あらためて料理に目を向けると、確かに、今俺が食べたのは白くてドロドロした料理。外見的には『お粥』だった。
そういえば、日本人が外国で暮らす時、なかなか米が食べられないせいでホームシックになる人も出てくるらしい。簡単には戻れない異世界で、そういう状況に陥ったら困るわけだが、米の料理があるというならば、まずは一安心といったところだろうか。
しかし。
「そう、お粥よ。ただし、お米のお粥じゃなくて、トウモロコシのお粥」
「えっ、これトウモロコシなの?」
「なぜトウモロコシなんだ?」
香織と俺は同時に、バッと真理に顔を向けた。
「だって、この世界に『お米』なんて存在しないから……」
という真理の言葉に続いて、
「ふむ。マリィも昔、同じような反応だったな。それは
「マリィのお気に入りですからね。同じ世界から来たマサハルやカオリの口にも合うと思って、用意したのですよ」
この世界の人間であるカークとステファニーが、親切に説明してくれた。
なるほど、ドロドロの中に粒々がある食感は、米の粥とは似ているが微妙に違う。俺の知る『お粥』より、もっと『粒々』が目立っている感じだ。
それに、味も微妙に違う。あっさりとした甘さは、ご飯の甘みとはまた異なるものであり、てっきり俺は「そういう味付けを加えている」と思ったのだが……。なるほど、素材自体が違っていたわけか。ただし、それこそ俺の知るトウモロコシの甘みよりも、遥かに『あっさり』――悪く言えば薄味――なわけだが。
「ねえ、真理お姉ちゃん。もしかして、この世界のトウモロコシって白いの?」
香織が、そんな疑問を口にする。そう、そもそも『異世界トウモロコシ』が全くの別物の可能性だってあるわけだ。
「そんなことないわ。トウモロコシはトウモロコシで同じよ。どうして?」
「だって、このお粥、黄色くないから……」
「あら、そうね。香織に言われるまで、気にしたこともなかったわ」
「それは調理法の問題なのでしょうね」
姉妹の会話に口を挟んだのは、今夜の料理を用意してくれたステファニーだ。
「
「……『確か』?」
口に出すつもりはなかったのに、俺は小さく聞き返してしまった。それだけで彼女は、俺が何に引っ掛かったのか、理解したらしい。ニッコリとした笑顔をこちらに向ける。
「ええ、そうよ。わざわざ私が挽いたわけじゃないの。お湯を適量入れるだけで完成するインスタントがあるのよ。インスタント料理で、ごめんなさいね」
「いえいえ、そんな……」
「だから、足りなかったら、すぐに追加も用意できるわ」
いや「それは結構です」と言いたい。せっかくの好意を否定する形になるので、あえて口にしなかったが。
たとえ真理の好物だとしても、特別「美味しい!」ではなかった以上、ここにある分だけで十分なのだ。
それよりも「異世界にもインスタント食品が存在する」という事実の方に、俺はインパクトを感じていた。
一品目からこの調子であり、料理を口にする度に、その話題となる。
「真理お姉ちゃん、この赤いのって……」
「ああ、それは川エビよ。殻は硬くて食べられないから、
赤く茹でられたそれは、確かに海老の一種なのだろう。しかしハサミの部分は、ロブスターというほど丸々としているわけではなく、かといって子供の頃に池や川で
俺たちの世界の生き物で一番酷似しているのは、どう見てもザリガニだ。いや、それこそザリガニだって「食べられる」という話だが、一般的な日本人は、ザリガニを口にする機会は少ないはず。
なお、このザリガニもどきは、食べてみたら普通に海老の味――天ぷらやエビフライの材料になるやつと同じ味――だった。
「あっ、これはいつもの、白身魚のフライだ!」
「あら香織、少し違うわ。香織の思ってる『白身魚のフライ』って、海の魚でしょう? でも、これは川の魚のフライ。頭が丸くて、ヒゲが生えてて、全体的にボテッとした感じで……。こっちでは黒ナマズって呼ばれてる魚ね」
「えっ、ナマズ? あの地震予知で有名な……」
「安心しろ、香織。俺たちの世界でも、国によっては、普通にナマズは食用だそうだ。あと地震予知の話、科学的根拠は曖昧らしいぞ」
俺も、その『白身魚のフライ』を口にしてみた。香織の言う通り、慣れ親しんだ味がする。弁当のおかずに入っていたり、学食のメニューにあったりするのと同じだ。ここでは茶色いソースがかかっているが、欲を言えばタルタルソースが欲しいところ。
今まで日本で、それに使われる魚の種類なんて気にしたことはなかったが、確かタラとかホキとかだっけ? いや安物のフライの場合、それこそ日本でもナマズが材料になると聞いたような気が……。
「真理お姉ちゃん、これはピザよね? お洒落なイタリアンって感じ!」
小麦粉で作られたであろう生地の上に、肉や野菜を載せて焼いたもの。味付けは、ちょっとスパイシー。
香織はイタリアのピザだと思ったようだが、言われるまで俺はタコスだと思っていた。いや香織の言葉があっても、なお「これはメキシコ風ピザなんじゃないか?」と言いたいくらいだ。クリスピーピザ以上に、サクサク感が強いから。
さて正解は? 香織と二人揃って、真理に顔を向けると、彼女は苦笑していた。
「うーん……。この世界に『イタリアン』なんてないからねえ。別にお洒落な料理ではなく、普通に庶民の食べ物よ。ティーピー焼きって呼ばれてるの」
まあ、それもそうか。異世界料理なのだから、イタリアンそのものでもなければ、メキシカンそのものでもないわけだ。
こんな感じで進んでいく食事。全て列挙していくとキリがないので、これくらいにしておくが……。
ちなみに、最も俺の口に合ったのは、その『ティーピー焼き』だった。
最後にフルーツ――バナナ、リンゴ、オレンジ、ピーチ、それに露店でジュースとして飲んだメロンなど――を平らげたところで、
「いやあ、満腹です。もう、これ以上は食べられません」
「私も、お
「そうか。マサハルもカオリも満足してくれたか。それは良かった」
「マサハルとカオリの歓迎会ですものね、今夜は」
夕食会は終了。
「マサハルお兄さんもカオリさんも、料理に関する質問ばかりで、結局、話は進みませんでしたけど……。まあ細かい話は、明日以降も出来ますからね」
ウッカの口ぶりでは、本来は、食事をしながら色々と実際的な会話も進めるつもりだったのだろう。さっさと元の世界に戻るにせよ、この世界にしばらく身を落ち着けるにせよ、それこそ話すべきことは山ほどあるはずだ。
「じゃあ今晩は、あとは寝るだけですね。へへへ……」
「言っとくけど、ウッカ、邪魔しに来ちゃダメよ? 今夜は久しぶりに、三人で水入らずなんだから!」
真理が左手で、俺の手を掴んで立ち上がるので、俺も釣られる形で席を立った。
続いて彼女は、
「ほら、香織もいらっしゃい!」
「うん、真理お姉ちゃん」
空いた右手を伸ばして、香織とも手を繋ぐ。
しかし。
「こらこら、マリィ。三人で手を繋いで行くのは危ないぞ」
「そうですよ。いくら家の中とはいえ……。階段もあることですし」
カークとステファニーに言われて、パッと両手を放す真理。
それを確認して、カークが俺に視線を向ける。穏やかな表情ではあるが、少しだけ眼光が鋭くなったようにも見えた。
「……それに、マサハルには言っておきたいことがある」
真理は香織と顔を見合わせて、
「それじゃ、私たちは先に部屋へ戻っておくわ。おじさん、おばさん、おやすみなさい!」
二人仲良く、二階へと上がっていった。
そう、本当に『二人仲良く』という感じだ。まさに、十年ぶりに目にする感じの……。
微笑ましい気持ちで、俺が双子の後ろ姿を見送っていると。
「さて、マサハル」
カークが声をかけてきた。
振り向けば、難しい顔をして、一人カークが座っている。ステファニーとウッカの母娘は、すでに食事の片付けを始めており、テーブルから離れていた。
「何でしょう、カークさん?」
とりあえず「座れ」と言われない以上、長話とは違うはずだが……。
そう考える俺に、カークは質問してきた。
「うむ。食べ始めたら、それまでの会話が流される形になったからね。それで、聞きそびれてしまったのだが……。結局のところ、マリィの言っていた話。君たちの世界では、三人一緒に風呂に入るのが当たり前だった、という話。あれは、嘘だったのかね?」
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