第十一話 習慣も異世界ならば違うはず
「それにしても……。私や
「うん、私も驚いちゃった。真理お姉ちゃんがいなくなってからは、もう一緒にお風呂に入ることもなかったし……」
香織の声も聞こえる。
「特にびっくりしたのは、股間のアレよ! あれが大人の男の人ってことなのかしら?」
「いや、真理お姉ちゃん。あれは……」
「わかってるわ、アレが普通の状態じゃない、ってことくらい。きっとマサハル、おしっこしたかったんでしょうね。それでパンパンに膨れてたんだわ」
「……え?」
「やだわ、まさかマサハル、オネショしたりしないわよね? 私のベッド汚されるのは、さすがに困るんだけど……」
二人の声が目覚まし代わりになったので、まだ目を開く前から、俺は状況が理解できていた。
異世界へ飛ばされたことも、真理と再会したことも覚えているし、風呂の中で倒れた記憶もある。真理の『私のベッド』という言葉から判断するに、おそらく今は、彼女の部屋へ――先ほどの部屋へ――運ばれて、あの大きなベッドで寝かされているに違いない。
そういえば、何となく甘いような、心地良い香りが鼻をくすぐる。これが女の子のベッドに染み付いた匂いなのだろうか。頭の下にある枕からも同じ芳香が漂ってくるようで、しかも枕は適度な弾力のある柔らかさであり、いつまでも眠っていたいくらいに快適だ。
会話の流れから考えて、介抱される際に、俺も裸をバッチリ見られたのだろう。しかも、体の一部が大きく張った状態で。幸い、真理は何か誤解しているようだが……。それでも恥ずかしいから、もう少しこのまま目を閉じておこう。
「オネショって……。もうマサハルお兄ちゃんは、そんな年齢じゃないよ?」
「あら、香織は知らないの? 男の人って、大きくなってもオネショするのよ」
「えっ、そうなの?」
「少なくとも、冒険者の間では常識みたい。
「へえ、そうなんだ……」
「女性冒険者同士で盛り上がってたのよ。相方の男性冒険者と二人っきりの冒険旅行で、テント暮らしが続いたら相方がオネショした、って話」
「二人っきりの冒険旅行で、テント暮らし……? じゃあ、それって、もしかして……」
「朝起きたら相方のズボン、股間の部分が染みになってたんですって! 一人がその話をすると、他の女性冒険者たちが『あるある!』とか『眠ってるうちに出ちゃうのよねえ』とか笑い出して……。これってオネショの話よね?」
「真理お姉ちゃん……。たぶん、それオネショじゃないよ」
「あら、じゃあ何?」
「それは……」
異世界で大きくなった真理は、小学校あるいは中学・高校で習うべきことを、何も知らないまま育ってしまったのだろう。だからといって、ここで香織に、即席の性教育講座をさせるのは忍びない。
そろそろ俺は、目を開けることにした。
「二人とも、おはよう」
「あっ、マサハル! 意識、戻ったのね!」
「よかった……」
二人の安堵の声が聞こえると同時に、視界に入ってきたのは、予想通りの天井と、俺を覗き込む真理の顔。だが、この角度で『真理の顔』が見えるということは……。
確認のために、俺は手を頭の後ろにやって、枕に触れてみる。
「きゃっ! いきなり何するの、マサハル?」
「私も、お風呂の中で触られたよ……」
真理の叫びと、香織の小さな呟き。
太ももを撫でてしまったことで、俺は理解した。俺は真理に膝枕されていたのだ、ということを。
風呂の中では全裸で倒れた俺だったが、その格好のまま寝かされていたわけではない。見覚えのないシャツとズボンを着せられていた。この世界の衣類のようだが、元の世界のシャツと何も変わりない着心地だ。化学繊維なんて存在しないだろうに……。いや、そもそも俺は着るものに無頓着だったから、元々の服が木綿だったのか化繊だったのか、覚えていないのだけれど。
ちなみに『シャツとズボン』だけであり、なぜか
「マサハルの着替えは、洗濯しておいたからね!」
「高校の制服、私のブレザーは、そのまま保管してもらいました。あんまり汚れていないし、手洗い出来るかどうかもわからないから」
真理も香織も、水色のシャツと青い短パンという姿になっていた。膝上どころか、ギリギリの――ちょっと覗き込んだらパンティーが見えそうなくらいの――短パンであり、四本の太ももが目に眩しい。思わず頭の中に『眼福』とか『目の保養』とかの単語が浮かんでしまった。
お揃いの服を着た二人は……。
「どうしたの、マサハル? そんなにジロジロと……」
「私たちの顔に、何かついてます?」
「いや、別に。ただ、本当に瓜二つだな、って思っただけだよ」
そう、何から何までそっくりだった。太ももだけではなく、短パンに包まれたヒップの肉付きも、シャツで隠されたバストの膨らみも。その頂点がポッチになっているわけではないので、二人ともブラジャーはつけているのだろう。
そして顔立ちも同じで、今は、その表情までもが同じ。ただし、厳密には『何から何まで』ではなく、唯一、髪の色だけは例外だった。姉の方は『ブラッディ・マリィ』という異名に相応しく、真っ赤な髪。妹の方は、チャームポイントにもなるような、青みがかった艶やかな黒髪。同じ長髪でありながら、こうも違って見えるものなのか……。
「当たり前でしょう、双子なんだから……。変なこと言うのね、マサハルは」
そう言って。
真理は軽く、赤い髪をかき上げた。
双子の姉妹に連れられて、俺は階下へ。
リビング兼ダイニングで、みんな揃って夕食だ。テーブルの上には、すでに料理の大皿が、いくつも並べられていた。
「来ましたね、マサハルお兄さん。そろそろ、また様子を見に行こうかと思ってたんですよ」
「おお! 回復したのだな!」
「あら、良かったわ。あんまり起きないようなら、料理も温め直さないといけないところでしたから」
ハッチ家の三人――ウッカとカークとステファニー――も、俺を待っていてくれたらしい。先ほどと同じように、三人並んで、テーブルの同じ側に座っていた。
「どうも、お騒がせしました」
俺がペコリとお辞儀すると、ウッカが冗談口調で話しかけてくる。
「それにしても……。いくら風呂が好きだからって、マサハルお兄さん、ゆだるまで入ってることもないでしょうに」
「いいじゃないか、ウッカ。それだけマサハルが、我が家の風呂を気に入ってくれたということだ」
「いやあ、出るに出られない状態だったもので……」
正直に返している間に、真理と香織は先に着席。ちょうど間に一人分のスペースを空けて座ったので、まあ、そういう意味なのだろう。
それこそ風呂の中と同じく、双子の姉妹に挟まれる形だ。さすがに食事中は『抱きん子ちゃん人形』にはならないと思うが。
座りながらチラッと、左右に視線を送る。真理は澄ました顔で正面を向いていたが、香織は俺の方を見ていたので目が合った。一瞬ではあったが、ニコッと俺に笑いかけてくる。
そして、俺の視線の動きに気づいたウッカが、さらに風呂の話を続けた。
「それにしても、羨ましいなあ。マサハルお兄さん、一緒に入浴ってことは、マリィの姉御の裸も、カオリさんの裸も、思う存分堪能できたのでしょう? そりゃあ、長湯したくもなりますよね……」
「こらこら、ウッカ。そういう目で見るのは失礼だぞ」
軽く娘を
「私も思ったのだよ。いくら兄弟姉妹のようなものとはいえ、年頃の若い男女が一緒に風呂に入るのは
「え?」
俺の左側で、香織が小さく呟く。他の者には聞こえない程度の小声で。
「……今日くらいは構わないか、と自分を納得させることにしたのだ。何しろマサハルとカオリにとっては、初日だからね。だからマサハル、二人と一緒に風呂に入るなんて、今日だけだぞ? 明日からは一人で……」
「真理お姉ちゃん!」
説いて聞かせるようなカークの言葉を遮ったのは、香織だった。ガタッと立ち上がって、叫んだのだ。
「あれって、一緒にお風呂に入るのって、この世界のしきたりだったんじゃないの? 私だって恥ずかしかったのに……!」
香織の言葉に対して、真理がテへッという顔でペロッと舌を出すと同時に、
「えっ?」
「えっ?」
「なるほど」
一人だけ納得の意を示したのはウッカであり、驚きの声を上げたのはカークと俺だった。でも、びっくりポイントは微妙に異なっていたに違いない。
真理から聞いた話が事実と違うと知ってカークは驚いたのだろうが、俺にしてみれば、香織の態度の方がビックリだ。誰が「私だって恥ずかしかった」だって? 平気な顔して、素っ裸の胸を押し付けてきたくせに!
「うわーん、真理お姉ちゃんに騙された! 体の隅々までジロジロと、穴のあくほどマサハルお兄ちゃんに見られたから、私、もうお嫁に行けない……!」
香織は再び座りながら、恥ずかしそうに両手で顔を覆うが……。
いやいや。棒読みではないけれど、感情の発露にしては、妙に長文な説明口調。まるで反語のように、省略された核心部分が空耳で聞こえてくる言い方だ。つまり本音は「だからマサハルお兄ちゃん、責任とってね!」ということだろう。
泣き言の気分ではないことくらい、バレバレだぞ、香織。指の隙間から、こちらをチラチラ覗き見ているのもわかっているし……。
そもそも「嘘・大袈裟・紛らわしい」という何かの三原則が当てはまりそうな発言ではないか。まあ確かに、最初に二人の全裸を一瞥したことは間違いないし、その一瞬だけで目に焼き付けてしまったのも認めよう。今でも、目を閉じなくても、容易に鮮明に思い出せるくらいだ。
それでも『体の隅々までジロジロと』でもなければ『穴のあくほど』でもない! 俺は超紳士的に、すぐに目をそらしたのだから! その後は、二人の顔を見ることはあっても、首から下に視線を向けたことは一度もなかったのだから!
……と、俺が心の中で言い訳していると。
「はい、そこまで!」
突然、パンと手を叩く音。
一連の会話に参加していなかったステファニーだ。いつのまにか彼女は、小皿に六人分の料理を取り分けてくれていた。
「さあさあ、冷めないうちに食べましょう! 楽しい会話の続きは、食べながらということで……」
にっこり笑顔のステファニー。
その言葉に乗っかり、真理が早速、フォークとスプーンを手にして口を開いた。
「いただきまーす!」
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