第十話 これがいわゆるラッキースケベ?
漫画やアニメで見たことがある。
若い男女が同居する場合に、うっかり使用中の風呂場へ入ってしまい、相手の裸をバッチリ見てしまう……。
いわゆるひとつの、ラッキースケベというやつだ。「そんな状況、普通は起こり得ないだろ。誰か入ってたら音でわかるし」と、いつも俺は心の中でツッコミを入れていたのだが……。
今現在の俺が置かれている状況こそ、それに当たるのだろうか。いや、この二人の場合は、そういう『ラッキースケベ』とも違うはず。何しろ、
「えへっ……」
香織は俺と目が合うと、恥ずかしそうに体をよじる。ただし基本的には正面を向いたままなので、その裸体は、ストレートに俺の視界に入ってきてしまう。
一応はタオルで体を隠そうとしているようだが、風呂場に持ち込むタオルである以上、体を拭くタオルではなく、体を洗うためのタオルだ。大きなバスタオルではなく、手ぬぐいと呼んだ方がいいくらいの小さなタオルだ。
申し訳程度に股間を覆い隠すのが精一杯であり、二つの胸の膨らみは、肌色とは異なる先端部まで丸見えだった。少しでも体を動かすと、プルンと胸が揺れてしまい、そのふんわり感まで俺の目に伝わってくる有様だ。
先ほどは、真理の着替えを「マサハルお兄ちゃんのエッチ!」と言って、見せないようにした香織だったのに……。とても同じ少女とは思えない!
それとも何か、下着ではなく裸ならば見せても構わないってことか? パンティーやブラジャーは女性専用だから男子禁制だが、生まれたままの姿だったら「下着じゃないから恥ずかしくないです」ってことなのか?
あるいは、着替えの件は真理だけだったから「ダメ! 絶対!」となったのか? 真理と一緒に香織自身も見られるのであれば、構わないのか? 「赤信号みんなで渡れば怖くない」みたいな理屈なのか?
ああ、もう! 香織が何を考えているのか、俺にはサッパリわからない。今ほど強く「女心って難しい」と感じたことはないくらいだ。
一方、
「湯加減はどう、マサハル?」
全裸に似合わぬ気さくさで、軽く手まで振っている真理。一応は香織と同じく、小さいタオルを持ち込んでいるのだが……。
その『振っている』方の手にタオルがあるので、香織以上に、体を隠すものが何もない! 本当の意味での『全裸』であり、股間さえ丸見えの状態だ。
昔々に
ちなみに、ちょうどタオルは白いので、まるで白旗を振っているかのようだ。むしろ降参したいのは、俺の方なのに……。
「二人とも、いったい何を考えて……」
と、言いかけて。
俺はクルリと体を反転させ、二人に背中を向けた。
遅ればせながら、ようやく気づいたのだ。二人が裸を見せつけてくるのであれば、俺の方から目をそらせば良いのだ、という単純な解決策に。
見なかったことにしよう。内心で呟く俺だったが、
「……なんて言えるかああああ!」
セルフツッコミは心の中だけに
いや、もう、無理。若い女性の
「どうしたのよ、マサハル。子供みたいに叫んで……」
右側からザブンという水音と共に、真理の声が聞こえてくる。続いて、
「そうですよ。びっくりしちゃう」
左側でポチャンという水音を伴うのは、香織の声だ。
いやいや、ちょっと待って。二人の裸を見ただけでも衝撃的だったのに、湯船の中で挟み撃ちまで食らうとは……。
「すっかり大きくなったと思ったけど、まだ子供っぽいところも残ってるのね」
真理は無邪気に笑っているようだが、シャレになっていなかった。こんな状態では、男として、体の特定の部位が大きくなってしまいそうだ。
まあ現実的には、特撮ヒーローの「この
それよりも問題なのは、俺が真理と香織を女として意識してしまうことだろう。
兄弟姉妹のいない俺にとって、真理も香織も、妹のような存在だ。あまり異性という意識はしていなかったし、ましてや性的な目で見るような対象ではなかった。そういう気持ちを二人に向けるだけで、背徳感や罪悪感を覚えるほどだったのだ。
恋愛のスパイスになるような、良い意味での背徳感や罪悪感ではない。嫌悪感というほどではないが、一種の気持ち悪さに近い感情だ。
もちろん男の本能としては、女の裸を見たことにも、一緒に入浴していることにも、喜びを感じる部分はあるのだが……。そんな俺自身に対して、俺は困惑してしまうのだった。
こうやって考えている俺は、黙り込んでいるように見えたのだろう。
「ねえ、マサハル! 無視してないで、何か言いなさいよ!」
「いや、無視しているわけじゃないんだが……」
「でも、こっちを向こうともしないじゃないの!」
それはそうだろう。この状況では、とてもじゃないが、真理も香織も直視できない。
だが、それを口にしても無駄な気がする。俺が逡巡していると、
「じゃあ、実力行使!」
真理が俺の右腕を取って、ギュッと抱きかかえた。
さすがに驚いた俺は、右側を向く。顔と顔とが触れ合いそうな距離に、真理の笑顔があった。
まだお湯に浸かったばかりなのに、早くも真理の頬は、
「ようやく、こっち向いてくれた!」
真理は嬉しそうに、腕にさらに力を込める。ちょうど『回復の森』での『抱きん子ちゃん人形』状態と同じだが……。
あの時とは、決定的に違うことが一つ。今の真理には鎧がない。というより、服も着ていない。だから生肌が直接、俺に触れてくる。
要するに、俺の右腕は今、二つの胸の膨らみに挟まれている状態だった。
「あっ! 真理お姉ちゃん、ずるい!」
反対側から、香織もガバッと抱きついてきた。
二人目なので、もう俺は「驚いて振り向く」というほどでもない。だが、真理は直視したのに香織は見ない、というのでは不公平だろう。
そう思って、左側に顔を向ける。二人の入浴時間に差はほとんどないはずなのに、香織は、真理以上に真っ赤な顔をしていた。大和撫子のような、しおらしい表情を浮かべているが……。
やっていることは、とても『大和撫子』ではなかった。何しろ真理と同じく、香織も『抱きん子ちゃん人形』のように、俺の腕にしがみついているのだから。
ただし、真理ほど体を押し付けているわけでもないので、俺の左腕は『二つの胸の膨らみに挟まれている』というほどではない。かといって「かろうじて触れている」という程度の「ささやかな接触」でもないので、ソフトランディングとでも言えばいいだろうか。
香織の胸の感触は、今日、何度か洋服越しに感じることもあったが……。こうしてダイレクトに伝わってくる肌触りは、それらが生ぬるく思えるくらい、別格だった。
今まで「胸を当てている」という表現を使ってきたが、あの程度でそう言ってしまうのは、少し大袈裟だったかもしれない。それとも、やはり今までのが「胸を当てている」であって、現在の状態は、別の表現が相応しいのだろうか。例えば「おっぱいを当てている」とか……?
いやいや。
何を冷静に、おっぱいの感触について考察しているのだ、俺は。
これでは、それこそ体の一部が『変身』してしまう!
しかも、香織の胸について考えていながら、まだ俺は彼女の顔を見たままだった。ある意味「見つめ合っていた」という状態だ。
慌てて俺は正面に向き直り、真理とも香織とも目を合わせないようにした。
「懐かしいわね。こうして三人一緒に、お風呂に入るのって……」
「そうだね。小さい頃は、何度かあったよね」
「ね? お姉ちゃんに任せて良かったでしょう?」
「うん! この世界のこと、わからないうちは、真理お姉ちゃんに従うようにする!」
真理と香織は、俺を挟んで言葉を交わしていた。
先ほどは「こっち向け」と言った真理も、もう今は文句を口にしていない。一度は俺が真理の言葉に従ったから満足したのだろうか。あるいは、二人で両側から抱きつく状態になったから「どちらも見ないのが平等」ということなのだろうか。
ともかく、二人の顔を直視できない俺としては、正面を向いて、ひたすら浴室の壁を見ているしかなかった。……壁の水滴でも数えていれば、この状態、終わるのだろうか?
もう早く風呂から出たいのだが、相変わらずの『抱きん子ちゃん人形』状態であり、両腕をおっぱいホールドされていては、身動き一つ取れやしない。迂闊に腕を動かすと、二人の体の別の部分に、手が当たってしまいそうなのだ。それこそ、おっぱい以上の秘部に。
「なあ、真理も香織も……。そろそろ、風呂から出ないか?」
「えー。せっかくだから、もう少し、このままで!」
「はい! 真理お姉ちゃんに従いまーす!」
二人に声をかけたのは失敗だったらしい。返事をすると同時に、二人は体でも反応を示したのだ。
まず真理は、胸をこすり付けるような感じで、さらに強く俺の右腕をホールドしてきた。さしずめ、ハイパーおっぱいホールドとでも言うべきか。
そして香織は、力を込めるというより、自分の方に俺の左腕を引っ張る感じだった。
「あっ!」
その勢いで、俺の左手が――左腕の先が――香織の柔肌に触れる。いよいよ『秘部』にタッチしてしまったか、と焦ったが、よく確認してみると太ももだった。ちょっとホッとする。
しかし。
手が触れた先を、見もしないで『確認』するということは……。
「きゃっ!」
「どうしたの、香織?」
「ううん。何でもないよ、真理お姉ちゃん」
そんなつもりはなかったが、香織の太ももをサッと撫でる形になっていたのだ。
言葉では誤魔化す香織だったが、その全身がビクッとしたのは、おっぱいホールドされている俺には、ダイレクトに伝わってきていた。
「……」
何だろう、この不思議な気持ち。
先ほどまであった不快感や戸惑いは、少しずつ消えてきたような気もする。俺の頭の中で「認めたくないものだな。若さゆえの男の本能を」という言葉が流れた。
そうした気持ちの変化は別として。
風呂に浸かったまま出られない今の状態には、相変わらず「困った」という思いしかない。
そういえば、二人が風呂場に入ってきた当初、漫画やアニメになぞらえて『ラッキースケべ』という単語が頭に浮かんだものだったが……。
「こんなの全然ラッキーじゃないだろう」
そう呟いて。
風呂にのぼせた俺は――ついに限界に達した俺は――、そのまま意識を失った。
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