第一話 転生者には転生者をぶつけんだよ
「ほら、プレト! 起きなさい、プレト! プレト・ゴドウィン!」
朝っぱらから、俺の名前を連呼する黄色い声。
もちろん言葉だけではなく、まるでブランコか何かのように、俺の体を必死に揺すっている。
「ああ、うん。おはよう、フローラ」
とりあえず鬱陶しい目覚まし人間を止めるために、目は閉じたまま口だけ開いたのだが、
「おはようじゃないわよ! ちゃんとベッドから出てくるまでが起床! ちゃんとプレトを起床させるまでが幼馴染の使命!」
騒音と振動は、いっそう激しくなった。
どうやら俺は、いきなり朝から、行動の選択肢を誤ったらしい。
フローラ・フォーラーは、隣の家に住む娘さんだ。
家族ぐるみの付き合いってやつで、まあそれは構わない。
だが今朝のように、お節介にもズカズカと部屋まで乗り込んできて俺を起こそうとするのは、さすがに辟易する。
もしかすると「幼馴染が目覚まし時計の代わりなんて、羨ましい話!」と思うかもしれないが……。
冗談ではない!
フローラは、まだ十二歳の
いくらフローラが外見的には美少女――金髪の巻き毛とクリッとした瞳が特徴――だとしても、こんなの相手にニヤニヤするのは、それこそロリコンだけだろう!
……いや真のロリコンにとっては、すでに十二歳はボーダーラインを超えているのかもしれないが。あいにく俺は、ロリにもペドにも詳しくないので、そこのところは勘弁してくれ。
ともかく。
仕方がないのでベッドから出て、
「ちょっと顔を洗ってくる」
と言い捨てて、俺は一人、階下へ。
こう言っておけば、さすがのフローラも、ついて来たりはしない。おとなしく部屋で待っていてくれる。つまり、俺を一人にしてくれる。
洗面所で顔を洗った帰り、まっすぐ二階へ戻る気もせず、ふとキッチンを覗けば。
木目調の美しいテーブルの上には、いつもの木製のボウルが並べられており、すっかり朝食の支度は整っていた。
「おはよう、父さん」
すでに父クインク・ゴドウィンは、一人で食べ始めている。今日は休日だが、どこかに出かける用事があるらしい。
「おお、プレト。フローラが起こしに来てくれたようだが……」
「はい、ばっちり起こされました。フローラなら、まだ部屋の中です」
「そうか」
クインクは、意味ありげな笑みを口元に浮かべて、
「いい娘さんじゃないか。将来の嫁候補として、大事に扱えよ。今日は休みだし、二人で遊びに行くといい」
と俺に告げる。
そう、彼にしてみれば。
俺とフローラは、お似合いに見えるのだろう。
何しろ今の俺は、十三歳の少年なのだから!
異世界転生。
どうせなら、元の世界と同じ肉体にして欲しかった、と考えるのは贅沢だろうか。
魔王が選んだ転生方法。
それは、この世界の十三歳の子供たちに転生者の魂を放り込む、というシステムだった。ちょうど人間に爆弾を埋め込むような感じで、十三人の異世界人に、俺たち転生者の魂をそれぞれ一つずつ、ねじ込んでいったわけだ。
俺としては、赤ん坊からやり直すよりは、まだマシかもしれないが……。それでも今さら子供時代を経験するのは、かったるいとしか言いようがない。
まあ、こうして俺の魂が入り込んだことで、元々の『プレト・ゴドウィン』の意識は消えてしまったようだから、彼こそが一番不幸なのだろうが。
部屋に戻ると、フローラは、俺のベッドで横になっていた。
うつ伏せの姿勢で、膝から下を無駄にバタバタ動かしながら、枕元にあった本に目を通していたらしい。
なんだか、どっかで見たような光景だなあ……。特にフローラ、一応は元々の『プレト・ゴドウィン』の幼馴染なわけだし……。
嫌な
「あら、プレト。ようやく戻ってきたのね」
待ちわびたかのような声を出すフローラ。可愛らしい口調のつもりだろうが、そんなアピール、俺には通用しない。
フローラの方でも、それはわかったとみえて、急に少しムスッとした響きになった。
「それにしても……。またプレトったら、こんな子供向けの本を読んでたのね」
彼女が手にしているのは、青い表紙に赤い字で『ゆうしゃとまおう』と書かれた薄い本。隠語の『薄い本』ではなく、本当の意味での『薄い本』だ。そもそもこの世界には、前者の方の『薄い本』は存在していないはず。
「ああ、うん……」
適当に誤魔化すしかない俺。
子供向け絵本にすら書かれている伝説によれば、はるか昔、神々が別の世界から呼び寄せた勇者により、魔王は滅ぼされたのだという。
しかし……。
魔王、まだ実在してるんだよなあ。
絵本のおかげで推察できたが、おそらく伝説にある『神々が別の世界から呼び寄せた勇者』というのは、いわゆる転生者のことなのだろう。魔王は、それと戦うために俺たち十三人を転生させたわけだから……。
要するに「転生者には転生者をぶつけんだよ」という魂胆だ。
その当事者の一人である俺としては、勇者とか魔王とかの伝説は、全く他人事ではなく、興味津々となるのも仕方のない話だった。
「今日は、清々しいくらいの青空だなあ」
俺は窓際に歩み寄り、わざとらしく空を見上げた。
「何言ってんの。いつも通りの青空でしょ」
バカ言ってんじゃないわよ、という口調のフローラ。
確かにこの世界、雨なんて降らないから、白い雲すら空には浮かばないのだが……。
話題に困ったら天気の話、となるのは、元の世界の習慣かもしれない。この世界に来て既に一週間だが、こういう癖は、どうも簡単には抜けないらしい。
「いや、まあ、そうなんだけど……」
口ごもりながら、視線を下に向けると。
窓の外の通りでは、もう人々の往来が賑やかになっていた。その中の一人に、俺の注意は引き寄せられる。
長い黒髪に、物憂げな表情。
「この絵本も、どうせ、あの泥棒猫の店から買ったんでしょ? いまいましい、あの泥棒猫の絵本売り!」
背後から聞こえるフローラの言葉は、ある意味、タイミングばっちりだった。
フローラが『泥棒猫』と呼ぶ少女こそ、今、俺の視線の先にいる少女なのだから。
つまり、俺の仲間の――十三人の転生者の――ひとり、ノーザ・ゴッドブレスなのだから。
転生爆弾サーティーン 烏川 ハル @haru_karasugawa
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