器物丁重罪

脳幹 まこと

モノのモノによるモノのための裁判


 目覚めると僕は裁判所にいた。

 記憶が間違っていなければ、僕が今立っている地点は被告人がいるべき場所だ。両手首にガムテープが何重にも巻かれていることから、おそらく予想は正しいのだろう。

 意識が鮮明になるにつれ、周囲の様子がはっきりと分かってきた。裁判官をはじめとして、ここにいる面々には見覚えがある。

 傍聴席からはがやがやとしたアラーム音が絶え間なく聞こえ、一日の始めを思い出させる。


「静粛に」


 裁判官が自分の頭をカンカンと打ち付けると、音は止んだ――ああ、やっぱり。は日曜大工で愛用しているトンカチそのものだ。


「ではこれより、被告人・茂野月ものづき愛世めでよに対する裁判を開始します。検察官、起訴状を朗読してください」


 通勤用のビジネスバッグがその大きな口を開いて、淡々と僕の罪状を読み上げていった。

 被害者は折り畳み傘。十数年もの歳月使いこんだ為か、骨組みがさび付きはじめていた。既に強い関節痛が発生しており、本人・・は引退を考えていたが、被告人――すなわち僕が一向に使うことを止めなかった。これはすなわち、権力を濫用した一種のハラスメント行為【器物丁重罪】に該当するということだった。

 読み上げの最中、折り畳み傘は絶えずすすり泣き、水滴が床へと垂れていった。


 僕はなんてことをしてきたのかと罪悪感に駆られ、モノを大切に扱ってきた自分を恥じた。彼らの為だと思ってきたが、どうやら要らぬお世話だったようだ。耐久年数はいわば定年のようなもの。それを超えるということは、老体に鞭をふるうことと何ら変わりない。声を上げることも叶わず、劣悪な主に従ってきたのだ。


 報告を終えたビジネスバッグがファスナーを閉めていく。ジジジジジというぎこちない摩擦音が法廷内に反響する。


「これから、今朗読された内容に関する確認を行います。被告人には黙秘権が――」

「いえ、結構です。すべて偽りありません」


 僕は彼らの裁きを無条件に受けるしかないのだ。

 左様ですか、と裁判官。


「それでは、弁護人・・・のご意見を伺いましょう」


 ……なんだって? こんな僕を弁護する物好きなモノがいるというのか?


「被告人の無罪を主張します。あくまで被告人は『モノを大切にしたい』『より長く寄り添いたい』という善意で我々に接しています。そのような慈悲深い行いに対し、感謝こそすれ、罪を与えることなど言語道断だと判断します」


 強気な発言だ。案の定、彼女・・の発言には、傍聴席から野次が飛ぶほどの激しい反発が見受けられた。特にパソコンをはじめとした電化製品組は熱暴走によって意識障害を引き起こす程の怒りを見せる。

 それはそうだ。終わりなく酷使させられ続ける。体全体が擦り切れようが、余所者の部分を移植してまで働かされるのだ。この怒りに衣服組も同意しているようだ。

 やっぱり僕は――


「でも、弁護人の言うことも分かる気がするなあ」


 発言の主は一冊の蔵書であった。僕が生涯を通して幾度となく――内容を暗記するまで読み返した彼。その全身は黄ばみ、今この時も痛みやむくみに悩まされているのだろう。


「そうだよね、結果がどうであれ、愛があるのは間違いないよ。いつも・・・最期まで一緒に付き合ってくれるから」


 同調するのは歯磨き粉。モノを大切にするのは貧乏性であるのも起因しているので、基本的に消耗品は最後の一滴まできっちり使う。

 自分の命をすべて使い切らされるというのはどんな気持ちなのだろう。例えるなら老衰で死ぬその日まで働かせているようなものだ。

 なんと罪深い。そのはずなのに、なぜか当の本人は喜んでいるのだ。


 かくして、器物丁重罪をめぐる僕の裁判は大混乱の形相を呈した。

 有罪か、無罪か――それを決める部分は「愛さえあれば何をしても許されるのか」。

 愛があったとしても、経年劣化による苦しみは想像以上に強い。しかも、その強さはモノによって全然違うのだという。

 参考人として召喚されたシャツの発言では、継ぎはぎパッチワークの身体には絶えず拒絶反応が沸き起こり、昼夜問わずチクチクとジクジクに悩まされているらしい。

 かと思えば、カッターナイフは「安物の自分に頼ってくれて、ありがとう」なんて言うのだ。錆びついた刃を誇らしげに見せたりもする。

 この繰り返しは数十回と続いたが、ついに決着には至らず、次回・・へと持ち越しになった。

 ちなみに僕は平謝りだった。「無機物に痛みや苦しみといった感情があるとは思っていなかった」と一応事情は話した。「出された判決には素直に従う」とも。



「――当たり前ですよ。あなたの愛は皆、知っているんですから」

 

 裁判は一日中続いたが、遂に僕に対する人格攻撃はなかった。てっきり「ヒトでなし」くらいは言われるものだと思っていたので、面食らってしまったのだ。

 その理由を尋ねると、彼女は朗らかな笑顔で説明をしてくれた――彼らは気持ちのやり場に困っているだけなのだと。

 愛に報いたい、だが、身体は動いてくれない。愛を止めてくれないと、申し訳なさで押し潰されてしまう。本当は捨てられる方が嫌なのだ。きちんと使ってくれる度に、自分が恵まれていることを理解する。そう理解すればするほど、今度は自分の不甲斐なさが嫌になってくる。

 だから折り畳み傘は泣いていた。肉体の切断カットに悶え、精神の葛藤に悶えていたから。


「皆の思いを聞いてあげてください――それがあなたに出来ることです」


 それから、と少し間を空けてから、彼女はその小さな身体を僕に委ねた。


「こんな時代遅れなわたしを選んでくれて、ありがとう茂野月さん」


 こちらこそ、僕のフィギュア

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