第27話 漫画映画の登場人物のようなきらめき
蝋燭の灯りでちらちらとほのめく橙色の世界を、銀が3度横切った。弱まった光は、目の不自由な居合抜きの達人が斬った刀の先で、再びぎらぎらと光った。
宿場の親分は、後退りして全身から脂汗を流した。ふたりを取り囲む、大勢の子分たちも、その按摩、居合抜きの達人の腕を見て、身動きすることができなくなった。
次は、お前さんの首が飛びますぜ、と、按摩は言った。
わ、わかった、確かに金は払うから、と、親分は言い、かたわらの銭函に寄りかかった。
頑強そうに見えたその銭函は、親分が触れると、鈍い音がして割れた。斜めにずれた斬り口からは、金・銀・銅の貨幣がじゃらじゃらと、鉄球遊戯の大当たりのような勢いで畳に漏れ出た。
*
はい、映像確認します、と、撮影役の監視者は言い、応啓(おうけい)っす、と、映画監督である領主の代理人・ウサミは満足げに言った。一同は安堵の声を漏らした。
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科州の、ウサミを筆頭代理人とする領地の領主は、実に悪いことをする宿場の親分のように見える顔つきと体つきだった。若い武官と領主は、按摩と宿場の親分という設定の拵えを改め、夜の祝宴をした。先生のような腕に心得があるおかたをお招きできるとは、これでいつ縄張り争いが起きても頼もしい、と、領主は言い、武官の前に置かれた硝子の切込杯に葡萄酒を注いだ。いやもう、映画の続きはやめましょうよ、と、武官は答えた。
隣の大広間からは子分役を務めた領民、および撮影を手伝った役人たちが賑やかに騒いでいた。
現像所から、出来あがったばかりの連続写真の薄板を手にして戻った監視者とウサミは、なにやら言い争いをしていた。
ウサミは、私の撮影の腕が悪いと言うのだ、と、監視者は説明した。
*
連続写真により、1秒を30駒で区切って撮影すると、確かに理屈通りヒトの動きはなめらかに見える。これは最近再発見された懐古的技術で、領主はウサミにそのための撮影機を数台、せがまれるままに買った。大きな機械や薄板はそれなりに値は張ったとはいえ、技術原理は単純なものなので、携帯端末の応用演目としては安価に配布されていた。
ここ、ここ、ここっすよ、銀色の刀が蝋燭を斬るところ。ぼんやりくっきりした銀色の光にしか見えないっしょ、と、ウサミは不満の理由を説明した。
ヒトの目にはその程度の技術で十分だからな、と、監視者は説明した。つまり、その薄板に焼きつけられているのは偽の世界としては普通なのだ。1000尺の徒競走で走る走者を、この技術で撮っても同じことだろう、と。
監視者と領主は、差し出された薄板を確認し、うなずくと監視者に戻そうとした。そのとき、領主の肘が葡萄酒の瓶にあたり、瓶が床の上に落ちそうになった途中、机と床の途中にある瓶を、ウサミは、ひょい、と取った。
な、な、なにをした、と、武官は驚愕した。
ウサミの動きは、武芸に練達していた武官の眼にもしっかりとは認識できなかった。
まったくもう、しっかりしろよな、おっさん、と、ウサミは領主に言い、この子はそういう子なのだ、と、領主は言った。
ウサミは、漫画映画の登場人物のように、偽と真の中間にある存在なのだ、と、監視者は言った。だから、中途半端な偽の動画に不満を抱くのは無理がない、と。
何言ってんすか先輩、と、明らかに不自然なくねくねさで、ウサミは緩んでいた首の飾紐を一旦解き、また結び直した。
季節は冷期に向かいつつあり、涼期も終わりに近ずきつつあった。夜は虫の音よりも風の音が寂しく聞こえるほどだった。
八州奇譚集 るきのるき @sandletter
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