第6章 噛み合う歯車 前編
関所を抜けて、しばらく歩いたところにリザードマンの巣穴はあった。オークの洞窟は岩や砂が多かったが、リザードマンの巣穴は木や草に囲まれていた。
「足元が岩と草ってどっちが戦いやすいですか?」
だしぬけに和幸が聞いてきた。遼二達は首をかしげていた。
「やっぱり草かしら。足元安定しているから、戦いやすいわね」
梓が返していた。遼二も同意と言わんばかりに頷く。
「で、それがどうしたんだ」
遼二は和幸に尋ねた。和幸からの返事はなかった。答える代わりに和幸は洞窟に近づいた。遅れてはならないとばかりに梓が和幸の後を追い、遥がそのあとをついていった。
「待てよ。中に待ち構えているかもしれないぞ」
慌てて遼二は梓達を止めていた。
「大丈夫でしょ。そんな入ってすぐに敵なんて……」
遼二の心配をよそに和幸は笑っていた。だが、すぐにその笑みは消えた。入口の角を曲がった瞬間、リザードマンに出会った。遼二は頭を抱えた。だが、そうしてばかりもいられなかった。リザードマン達も突然のことに慌てたのか、何もできなかった。それを見ると遼二は梓達を追い抜いて前に出た。そして、先頭にいたリザードマンを切りつけた。それが合図だったかのように、梓達とリザードマン達は正気に戻った。
「やっぱりモンスターいただろ!」
遼二は叫んでいた。その叫び声につられるかのようにリザードマン達は遼二に向かっていった。最初に遼二が斬ったリザードマンも起き上がろうとしたが、その前に遼二が剣を突き立てていた。剣を突き立てられたリザードマンは、二度と動くことなく消えていった。
「クリアリングぐらいしろよ!」
リザードマンが振るう剣を受け止めながら遼二は梓達に怒鳴っていた。だが、梓達も言い返す余裕は全くなかった。遼二に向かおうとするリザードマン達と戦っていたからだった。遼二は梓達への不満を目の前のリザードマンにぶつけるかのように強く剣を振った。遼二により武器をはじかれたリザードマンがのけぞる。遼二はそのまま追撃しようと一歩踏み出した。が、遼二は足を踏み出す寸前で止まった。遼二の目の前を氷の弾が通り、そのままリザードマンの頭に当たった。
(今のはどっちだ?)
無意識のうちに遼二はそんなことを考えていた。そして、悟られないように遥を見た。一瞬であったが、遥の表情が不機嫌なものに変わった。
(まったく、一体何でここまで嫌われないといけないんだ?)
遼二は小さくため息をついていた。わずかな間であったが、遼二は視線をリザードマン達からそらせた。だからこそ遼二は、梓の表情に気付くことができなかった。
遼二は無表情に梓達を見た。梓はさすがにまずいと思ったのか気まずそうに眼をそらしている。和幸は笑みを浮かべていたが、時折頬を引きつらせていた。
「遼二、その……」
話しかけた和幸を遼二はにらみつけた。
「そうだったな、最初に入ったのはお前だったな」
できるだけ感情を押し殺しながら遼二は和幸に言った。
「せっかくチームとして出来上がってきているんだ。それを無駄にすることはやめてくれないか。このダンジョンは一発でクリアしたいんだ」
遼二は不満を隠そうとしていなかった。だからこそ和幸はこれ以上怒らせてはいけないと思い黙った。遼二も言いたいことを言い終わったのか、落ち着きを取り戻してきた。
「そうなの。あと少しで終わるんだから頑張るの」
その場の雰囲気を変えようと遥が声を上げた。ただ、あと少しというところはやけに力がこもっていた。遼二も和幸も頷いていた。遥は満足げに梓を見た。だが、梓の表情はすぐれなかった。
「お姉ちゃん、どうしたの?」
首をかしげながら遥は梓に聞いていた。梓は遥に返事をしなかった。
「とにかく進もう。今の戦闘で、他のリザードマンが来たら面倒だ」
梓が遥に何か言う前に遼二が言った。そして、遼二は思い出したように和幸を見た。
「お前、ケガしてない」
遼二に言われ和幸は体を見た。和幸の左腕に薄い切り傷があった。
「大丈夫ですよ、これぐらい」
和幸は軽く聞き流した。だが、遼二は両腕を組み和幸を見続けていた。
「ヒール試したいから、いったんダンジョンの外に出てくれないか?」
「試すのに何で外に出る必要があるんですか」
首をかしげながら和幸は聞いていた。遼二は真顔で頷いていた。遼二の表情を見た和幸はしぶしぶ外に出た。
「ヒール」
和幸が外に出るのを確認すると、遼二は淡々と魔法を唱えていた。そして、端末を取り出し、和幸のステータスを見る。
「駄目だな……マップの外だと魔法が届かないのか。和幸、もういいぞ」
遼二に言われ和幸は戻ってきた。和幸が戻ってくるのを見ると遼二は再びヒールを唱えた。遼二から和幸までかなりの距離があった。だが、ヒールは問題なく和幸に届いていた。
「よし。うまくいったな」
満足げに遼二は頷いていた。和幸は驚いたように腕を見た。傷は完全に消えていた。梓も目を見開いていた。遥はどこか悔しそうな視線を遼二に送っていた。一瞬遼二と遥の目が合った。むっとした表情で遥は遼二から目をそらしていた。
リザードマンの巣穴に出てくるモンスターはオオネズミやスライムといった戦ったことのあるモンスターが多かった。そのためか、遼二達は順調に進むことができた。歩いているうちに床の切れ目と木製の梯子が見えてきた。
「RPGでよく見かけるけど、実際に見たらなんか変だよな」
苦笑しながら遼二は呟いていた。
「少し降りてくるから、待っていてくれ」
遼二は梓達に言った。それを聞いた和幸が階段に歩み寄った。
「だったら僕が……」
「お前だとそのまま奥まで行くだろ」
下に降りようとした和幸を遼二は制していた。その様子を梓がにやにやしながら見ている。和幸は不満そうに遼二を見た。が、遼二に睨まれると諦めたのか階段から離れた。
「安全だったら呼ぶからな」
言い残すと遼二は梯子を下り始めた。その様子を和幸は上からのぞき込む。遥も下の様子が気になるのか、階段に向かっていった。
「待って遥。落ちたら危ないわよ」
厳しい表情をしながら梓が遥を止めていた。
「大丈夫なの、お姉ちゃん。そんなに高くない……」
「いいから動かないで」
なおも階段がかけられている穴に歩み寄ろうとした遥を、梓は強い口調で止めた。ニコニコしていた遥の表情がこわ張る。
「余計なことしないで」
追い打ちをかけるように梓は遥に告げていた。遥は呆然としながら梓を見た。
「降りてきても大丈夫だ。見える範囲にモンスターはいない」
穴の中から遼二の声がした。梓は小さく頷いていた。
「遥、先に降りて」
いつもより低い声で梓は遥に言った。
「でも……」
「一応遼二は前衛もできるから。前で戦うのあんまり好きじゃないでしょ。あたしもすぐ降りるから」
下に降りることを躊躇した遥に梓は再び先に降りるよう促した。遥はしぶしぶ梯子に手をかけていた。
「どこであたし、間違えたんだろ」
遥の耳に梓の声が聞こえた。だが、何のことを言っているのか遥はわからなかった。
梯子を降り、再び歩き始めてから遥はしきりに梓の顔を見ていた。
(なんでお姉ちゃん怒ってるの? あたし、何か悪いことしたの?)
梓の表情は、どこか不機嫌なものだった。遥は何度もその理由を考えていた。だが、心当たりが全くなかった。何の前触れもなく数匹の巨大なトカゲが飛び出してきた。
「オオトカゲだ。ってことは、奥まで進んできたのか」
遼二は事前に端末で見た情報を思い出していた。そして、剣を構える。和幸も刀を鞘から抜き、前に出てきた。だが、梓は遼二達と遥の間で立ち止まったままだった。
「どうしたんだ?」
不審に思った遼二が前を見たまま梓に聞いていた。
「確かめたいことがあるの」
梓は遼二に言った。
「確かめたいことって……」
「いいから! ほら、襲ってきたわよ」
遼二は梓が何を確かめたいのかを聞こうとした。が、梓がオオトカゲが襲い掛かってきていることを警告した。遼二は梓の声に押されるかのようにオオトカゲに向き直っていた。
「早い……!」
遼二が前を見た時には、オオトカゲは目の前に迫っていた。オオトカゲは後ろ足で立ち上がると遼二をひっかこうとした。オオトカゲの爪が遼二の腕をかすめた。遼二の表情がゆがむ。遼二は痛みをこらえつつ剣を振った。剣はオオトカゲの背中に当たった。何枚かのうろこが剥がれ落ちたが、オオトカゲは何事もなかったかのように後ろへ下がった。
「斬られても平気なのか!?」
遼二は目を見開きながら叫んでいた。すぐわきでは、同じように和幸の刀もオオトカゲのうろこにはじかれていた。
「遼二、オオトカゲの倒し方ってわかりますか!?」
攻撃が効かないという予想外の事態にもかかわらず、和幸は笑みを浮かべたままだった。
「そんなの自分で考えろ!」
吐き捨てるように遼二は和幸に言った。そして、遼二は注意深くオオトカゲを見た。オオトカゲは体を斬られたことに驚いたのか後ろへ下がり、舌を伸ばした。遼二はオオトカゲの舌をかろうじてかわしていた。すぐ後ろにあった太い何かの枝にオオトカゲの舌は絡みついた。遼二はすぐさまその舌を斬った。舌を斬り取られたため、オオトカゲはのたうち回った。しばらくすると舌を斬られたオオトカゲは動かなくなり、消えた
「舌だ。舌を伸ばした時に斬れ!」
遼二は和幸に怒鳴っていた。和幸は小さく頷いていた。だが、遼二が和幸に視線を向け、和幸もその声に応じ遼二を見たことにより、オオトカゲへの注意が薄れた。その瞬間、一体のオオトカゲが遼二と和幸の間を抜けた。オオトカゲはそのまま梓に襲い掛かった。
「あっ……」
オオトカゲが梓に向かっていったのを見て、遥から小さな声が漏れた。遥は銃を握りなおした。そして、再び梓を見た。梓は完全にオオトカゲだけを見ていた。オオトカゲは梓に向かい尻尾をふるった。梓は尻尾の動きを見切り、尻尾をつかんだ。そして、そのままオオトカゲを壁にたたきつけようとした。梓が尻尾を持つ手に力を入れた瞬間だった。オオトカゲの尻尾が半ばから切れた。
「わっ!?」
梓は勢い余ってバランスを崩した。尻尾を半ばから失ったオオトカゲが大きく口を開け
梓にかみつこうとした。オオトカゲが口を開けた瞬間、遥は銃の引き金を引いていた。氷の弾が勢いよくオオトカゲの口に入る。オオトカゲは驚きのけぞった。梓の眼前でオオトカゲはうろこにより守られていない腹をさらした。梓はオオトカゲの腹に向かい、渾身の力を込め拳を繰り出した。骨が砕ける感覚が、梓に伝わった。その間に遥は、銃口を別のオオトカゲに向けていた。再び氷の弾が放たれた。
乾いた音が洞窟に響いた。遥は左頬を押さえ、茫然としながら梓を見ていた。
「そういうことだったのね。わざと当ててたの?」
梓の声に起伏はなかった。遥は涙を流しながら首を横に振った。
「じゃあどういうつもりかしら」
その梓の問いに、遥は答えられなかった。
「梓、分かっていると思うからもう……」
遼二が止めに入った。梓は遼二に視線を移した。
「黙っててもらえるかしら」
梓は遼二をにらみつけた。あまりに鋭い眼光に、遼二は何も言えなかった。
「遥、別のゲームで順位はどれくらいだったかしら」
遼二が黙ったのを見て梓は遥に視線を戻した。遥は黙って震えているだけだった。梓は小さく息をついた。
「サバゲーで上位に入っているのに、何でそんなに外すのかって、あたしずっと気になってたのよね。わざと、遼二に当ててたのよね」
わざと、というというところを梓は強調しながら言った。再び遥は首を横に振った。
「もうやめましょ。さっきの戦闘で、あたしがモンスターとほぼほぼ密着していたのに遥は口の中射抜いた。でも、遼二とモンスターってそこまで近くなかった。それが何で、遼二に当たったのかしら?」
梓に言われ遥はうつむいた。遥からの反論はなかった。
「あなたが思ってるほど、あたしはバカじゃないの。オークの洞窟からおかしいなって思ってたけど、本当にわざとだって思わなかったわね」
たたみかけるように梓は遥に言った。
「違うの……そんなつもりじゃなかったの……」
ようやく遥は梓に反論した。だが、その言葉に力はこもっていなかった。
「そんなつもりじゃなかったら何?」
梓は遥に言い返していた。遥は何も言うことができなかった。気まずい沈黙がその場を覆った。
「ごめん……なさい……」
遥の口から謝罪に声が漏れた。だが、梓は無反応だった。
「梓、もう……」
再び遼二が口をはさんだ。
「お姉ちゃんは……あたしを見捨てないよね……」
遥は梓に縋り付いた。
「見捨てるって、どういうことですか」
今まで黙っていた和幸が言った。遼二もまた、気になったのか梓と遥を交互に見た。
「遥のところ、仕事とかで親がほとんどいないの。だからあたしがそばにいた。まあ……下手に血がつながってるよりも姉妹していたつもりよ」
ため息混じりに梓が言った。それを聞いて、遼二はようやく遥から向けられていた敵意のようなものの理由を悟った。
「あたしは遥のそばを離れるつもりはないって思ってたんだけどな」
思っていた、と聞いて遥の表情が変わった。
「今はそばにいるの、ちょっと無理かも」
その言葉を聞いて、遥は立ち尽くした。梓は遥を振り返ることなく歩き始めた。
「お姉ちゃん、待って!」
遥は慌てて梓の後を追っていた。そして、すぐに転んだ。その時だった。洞窟が揺れた。
「えっ?」
遼二の口から間の抜けた声が出た。遼二の足元の床が崩れた。誰かが遼二と誰かの名前を呼ぶ声がした。遼二が覚えていたのはそこまでだった。
どれくらいたったのか遼二は目を覚ました。そして、二度三度頭を振る。遼二は上を見た。上には大きな穴が開いていた。
「こんな隠し要素いらないんだけどな……」
苦笑しながら遼二はつぶやいた。他に誰か落ちていないかと遼二は辺りを見回した。遼二の目が見慣れ始めた黒髪に留まった。
「ああ……どうしようか」
遥もまた、遼二とともに落ちていた。遼二は小さく息をついていた。そして、遥をゆすり起こす。
「大丈夫か?」
遼二に言われ、遥は上体を起こした。だが、その目からは完全にハイライトが落ちていた。遥は死んだ魚のような目で遼二を見た。
「お姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃん……」
遥の口からは、うわごとのように同じ言葉が漏れ続けていた。
(重症だな……でも……)
一瞬遼二は遥に同情した。だが、次の瞬間には表情を改めていた。
「戻ろう」
遼二は短く遥に言った。遥は驚いた。
「いろいろ……言いたいこととかあるかもしれない。でも、ここからはどちらかがしくじれば共倒れになる。それだけは覚えていてくれないか」
遥が何も言い返してこないのを見て、一瞬遼二は眉をひそめた。
「こんなことが起きるなんて、聞いてなかったし知らなかった。ひょっとしたらバグかもしれない。もしもここから上がれなかったら……」
「ゲームの世界から出れなくなっちゃうの?」
震えながら遥は遼二に聞いていた。遼二は何も言わなかったが、沈黙がすべてを物語っていた。遥は遼二がゲームから出れなくなるということを危惧していることに気づいた
「そんなの絶対ヤダ! お姉ちゃんに会えなくなっちゃうじゃんか!」
遥は叫んでいた。
「……戻りたいんだったらしくじれない。さっきも言ったけど、どちらかがしくじったら共倒れになる。分かったな」
遼二は鋭い視線を遥に送った。遥はその視線に気おされた。震えながら遥は小さく頷いていた。
「遥! 遥!」
梓は遼二達が落ちた穴をのぞき込みながら叫び続けていた。その間に、和幸は真顔で辺りを探索していた。そしてスライムの体液で隠されていた注意書きを発見した。
「これは……。梓!」
和幸は梓を呼んだ。梓は何か手掛かりが見つかったのかと和幸に詰め寄った。
「どうしたの!?」
梓の剣幕に和幸は一瞬驚いたが、すぐにいつもの笑みを浮かべた。
「読んでください」
和幸に言われ梓は洞窟の壁に貼られたプレートを読み始めた。
『危険 落とし穴注意』
梓の目が点になった。そして、安どのため息をついた。
「じゃあ、これバクとかそういうのじゃないのね」
確認するように梓は和幸に聞いていた。和幸は無言で頷いていた。
「でも、こんなのあったって知っていたのかしら?」
梓に言われ和幸は首を傾げた。そして、首を横に振った。
「いや、あるとは思いましたけど、こんな序盤にあるとは思わなかったですね。普段は罠の確認を遼二に全部任せていたから」
和幸は苦笑していた。罠の確認を任せていたと聞いて思わず梓は和幸から目をそらしていた。だが、次の瞬間にはハッとなった。慌てて和幸に振り替える。
「遼二はこのこと知ってたの!?」
「たぶん知らないと思いますよ。スライムの体液でプレートが隠れていましたし、さっきのごたごたで探す余裕がなかったし」
先ほどのごたごた、と聞いて梓の表情が曇った。
「あの子……昔からあんなふうなの。あたしへの依存が強いっていうか、あたしが遥以外の人といるのが許せないっていうか……なんていうか、ごめんね」
梓の不意な謝罪に和幸は動揺した。そして、慌てて和幸は首を横に振っていた。
「そういうのは、遼二に言ってください。僕は別に何もされていないし」
和幸に言われ、梓は安どした。
「とにかく、ヘタに動くよりもここでじっとしていたほうがいいかもしれない。向こうには遼二がついてますから、安心できます」
梓を励ますように和幸は言った。梓は頷いていた。
遼二と遥は上へと戻る道を探していた。壁や床などに注意を払っている遼二の後を遥がゾンビのようにふらふらと歩きながらついてくる。前から物音がした。遼二はすぐさま剣を抜きはらった。ウォーキングプラントの一団が現れた。
(4体……いや6体。こんな時に多いな)
遼二は舌打ちしながら後ろを見た。遥がおぼつかない手つきで銃を構えている。遥は弾は入れていたが、火薬は入れていなかった。
「火薬は入れたのか?」
遥の銃の不備に気付いた遼二が指摘していた。慌てて遥は火薬入れを取り出し、そして火薬入れを落とした。
「あっ……」
遥の口から小さな声が漏れた。その瞬間、ウォーキングプラント達が襲い掛かってきた。舌打ちしつつ遼二はウォーキングプラント達を迎え撃った。振り下ろされた剣がウォーキングプラントを切り裂いた。それだけでウォーキングプラントは消滅した。
(やっぱり、レベルが上がっているから攻撃力も上がっている。これなら……!)
一撃でウォーキングプラントを撃破したことで、遼二に余裕が生まれた。すぐさま次のウォーキングプラントに向かって行く。ウォーキングプラントが腕を振り下ろしてきた。その腕を剣で遼二は受け止めるとそのまま遼二はウォーキングプランの腕を押し返し、そのままウォーキングプラントの腕を切断した。ウォーキングプラントはひるんだ。
(援護は来ないのか!?)
遼二は背後を見た。遥は銃を構えたまま硬直していた。眉をひそめると遼二は、片腕を失ったウォーキングプラントにとどめを刺していた。
遥は震えながら遼二とウォーキングプラント達を見ていた。遥は銃を構えているものの、引き金を引くことができなかった。
(なんであたし、お兄ちゃん狙っちゃうの……?)
遥は何度も銃を構えなおした。だが、そのたびに自然と遼二に銃口が向かって行った。遥は目をつぶりながら引き金を引いた。発射された氷の弾は見当違いのところに当たった。洞窟の岩壁が僅かにえぐれた。遥は唇をかみしめもう一度引き金を引いた。今度はウォーキングプラントの体をかすめた。そのためか、ウォーキングプラントが遥の存在に完全に気付いた。ウォーキングプラント達が遥に向かって行った。
(くそっ、何体か抜ける!)
ウォーキングプラント達の動きを、遼二は舌打ちしながら追っていた。そして、すぐに手近なウォーキングプラントへと襲い掛かっていた。遥に向かって行っているため、遼二に無防備な背中をさらしていたウォーキングプラントが遼二により斬られた。
「遥、撃て!」
遼二は遥に向かい叫んでいた。だが、遥は首を横に振るばかりだった。
「俺に当ててもいいから! 早く!」
ウォーキングプラントと戦いながら遼二はなおも叫んでいた。その叫びに応じるかのように遥の銃の銃口に水色の光が集まり、放たれた。氷の弾は遼二をかすめ、遼二のすぐそばにいたウォーキングプラントに命中した。ウォーキングプラントは遼二に向け突き立てようとした手を止めた。そのすきを逃さず遼二はウォーキングプラントを切り裂いていた。
(間に合うか!?)
遼二は遥のもとへと駆け出していた。その間にもウォーキングプラント達は遥に迫っていた。遼二の額に一筋の汗が流れた。
(もし、遥に何かあったら……絶対梓に俺がひどい目にあわされるんだろうな……)
無意識のうちに遼二はそんなことを考えていた。そして、ウォーキングプラント達を追いかけた。ウォーキングプラント達の足は遅く、すぐに遼二は追いついた。が、その瞬間ウォーキングプラントの一体が遼二に向かっていた。
「ああくそっ、足止めなんて余計なことを!」
悪態をつきながら遼二は向かってきたウォーキングプラントに向け剣を振りかぶった。そして、目を見張った。
(色が少し違う! ほかのやつらと違って、黄色みがかっている)
とっさに遼二は剣を振り下ろすことをやめた。同時にウォーキングプラントが種を飛ばしてきた。
「うおっと!?」
飛んできた種をとっさに遼二は剣で防いだ。だが、種による攻撃を防いだことで遼二はバランスを崩していた。黄色みがかったウォーキングプラントは遼二に向かい突っ込んできた。そして、ウォーキングプラントは腕を突き出す。
(間に合わないっ!)
剣での防御が間に合わないと思った遼二は、とっさに左手を前に出した。ウォーキングプラントの腕が遼二の左腕に深々と突き刺さった。遼二はのどまで出かかった悲鳴を飲み込んだ。そして、右手だけで持ち直した剣をウォーキングプラントに突き立てた。ひるんだウォーキングプラントが腕を引っ込めた。
「一撃で倒せないってことは、やっぱりこいつは強化体か何かか?」
無意識のうちに遼二は端末に手をやった。その瞬間だった。
「端末!」
遥の叫び声がした。ハッとなった遼二は端末から手を離した。遼二が意識を正面へと戻した時には、黄色みがかったウォーキングプラント――ウォーキングプラント強化体はすぐ近くまで来ていた。だが、遥の警告のためかウォーキングプラント強化体を迎え撃つことはできていた。ウォーキングプラント強化体が腕を伸ばすよりも早く遼二はウォーキングプラント強化体の懐に潜り込んでいた。遼二の剣がウォーキングプラント強化体の体を貫通していた。
「やっぱり、強化体でも雑魚モンスターの延長でしかないんだな」
荒く息をつきつつ遼二は呟いていた。
「そんなこと考えるから油断しちゃうの」
ため息をつきながら遥が遼二に言い返していた。遼二は思わず視線をそらした。だが、遼二が目をそらしていた時間は短かった。
「軽口を叩ける程度には、調子が戻って来たんだな」
遼二に言われ、遥は目を見張った。そして顔をうつむけた。
「今まで……何回も当ててごめんなさい……」
消え入るような声で遥は遼二に謝っていた。遼二は小さくため息をついた。
「……問題は、これが俺と遥だけの問題じゃないっていうことはわかっているか?」
遼二は強い視線を遥に向けた。遥は言葉に詰まった。
「梓が、故意の誤射を許すかどうか。それは俺よりも遥がよくわかっているはずだ。先に言っておくけど、俺は何もしないからな。自分のやったことは自分で責任持ってくれ。子供じゃないだろ?」
遥の顔がみるみる蒼ざめていった。だが、遥はまっすぐ遼二を見据えていた。
「責任は取るの。ちゃんと後始末しなかったら、それこそお姉ちゃんに嫌われちゃうの」
震えながらも遥はしっかりと返事をしていた。遼二は不安そうに、だが、どこか満足そうに頷いていた。そして遼二は、何気なくウォーキングプラント達が現れた方向を見た。そこには、木製の梯子があった。遼二は梯子の下へと駆け寄ると、上を見た。視線の先には洞窟の天井の切れ目があった。
「上がれそうだな」
梯子を見ながら遼二は呟いていた。そして、遥に振り返った。
「梯子を確保しているから、先に上がってくれないか?」
遼二に言われ遥は頷いていた。そして、はしごに手をかけ二三段上がる。思い出したように遥は階段の下で警戒している遼二を見た。
「スカートの中、一応見られても大丈夫なようにしているけど、絶対覗かないでね」
遥に警告され、遼二の目が点になった。
「みっ、見ないから大丈夫だ!」
顔を真っ赤にしながら遼二は遥に反論していた。遼二の表情を見ると遥は、一瞬いたずらっぽい笑みを浮かべていた。
洞窟の片隅にあった穴から二房の黒髪がのぞいた。梓の表情が明るくなった。が、それは一瞬の事だった。梓の表情が険しくなった。洞窟の片隅の穴から遥が上がってきた。和幸は安どの表情を浮かべていたが、梓の表情は厳しいままだった。遥は梓に駆け寄ったが、梓はそっぽを向いたままだった。
(お姉ちゃん……)
遥の表情がみるみる沈んでいった。そうしているうちに遼二も上がってきた。
「行きましょうか」
遼二と遥が無事なことを確認した梓が促した。そして、梓は歩き出した。
「お姉ちゃん!」
慌てて遥は梓の後を取った。そして、洞窟の地面に足を取られ転んだ。梓は一瞬振り向いたが、歩き続けた。梓はしばらく歩いたところで振り返った。遥は転んだままだった。さすがに心配になったのか、梓は遥に歩み寄った。
「お姉ちゃんがいなくなったら……あたし……どうすればいいの……」
涙混じりの声を聴いて、梓は大きくため息をついた。そして、遥を起こす。
「あたしが何言いたいか、分かるわね」
梓に言われ、遥は小さく頷いていた。
「ごめんなさい。もう……ぜったいにしないから……」
遥の謝罪を聞いても梓の表情が緩むことはなかった。
「本当に当てないの? 約束できる?」
梓に言われ、遥は何度も頷いていた。
「じゃあ、約束して遥。次の戦闘で当てたらもう二度と口きかないって思ってて」
遥は驚いた表情になった。その顔がみるみる蒼ざめていった。
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