終章 転校生
終章 転校生
テスターのバイトが終わり、二週間が過ぎた。始業式が終わり、新しい学期が始まったにも関わらず、藤野遼二は抜け殻のように過ごしていた。
「会いたいな……」
遼二の口からは、そんな言葉ばかりが出ていた。その遼二を二宮和幸は顔には出していなかったが、不安そうに見つめていた。
「新学期始まってから藤野ずっと変だけど、春休みに何かあった?」
生徒の一人が和幸に聞いてきた。和幸はただ苦笑するばかりだった。
「まさか、藤野に女ができたとか……いや、あいつに限ってそれはないよな」
その問いに対し、和幸は首を縦に振った。和幸に遼二の事を尋ねた生徒は一瞬言葉に詰まったが、次の瞬間には大声を出していた。
「その話、マジで!?」
他のクラスメイト達が何事かと和幸へと視線を向けた。それと同時に教室の引き戸が開いた。
「お前ら何かあったのか? でかい声が外まで聞こえていたぞ」
教室に入ってきた担任教師に言われ、慌てて生徒達は席に戻っていった。
「ホームルーム始める前に、転校生の紹介だ。男子は喜べ。女子だ。入ってきていいぞ」
担任教師は廊下に向かって言った。だが、誰も入って来なかった。担任教師は首を傾げ、廊下を見た。そして彼は、目を疑った。転校生の腰に、同じ学校の中等部へと転校してくる生徒がしがみついていたからだった。
「おい、どうしたんだ?」
担任教師は苦笑しながら転校生に聞いていた。
「すみません。あの、後で会えるって言ったのに、どうしても聞かなくて……」
転校生が大慌てで事情を説明していた。担任教師は大きくため息をついた。
「しょうがない。中等部には先生から電話しとくから、その間になんとかしてくれよ」
すりガラス越しに映る影は、担任教師に向かい何度も頭を下げていた。
(おや、この声はどこかで……)
和幸は謝る声に聞き覚えがあった。そして和幸は、遼二へと視線を送る。遼二は相変わらずハイライトの消え失せた目をしていた。和幸は遼二に声をかけようとした。だが、それよりも早く担任教師が、教室へと戻ってきた。
「改めて、だ。今日からこのクラスに転入してきた一ノ瀬梓さんだ。みんな、仲良くしてやってくれ」
担任教師が一ノ瀬梓を紹介すると、クラスメイト、主に男子生徒からの歓声が上がった。和幸は何度も目を瞬かせながら見覚えのあるナチュラルブラウンのベリーショートの少女を見ていた。
「先生、その……一ノ瀬さんのそばにくっついてる中等部の子って、誰ですか?」
女子生徒の一人が担任教師に聞いていた。
「妹です。ねえ、遥。ほら、昼休みとかに会いに行くから、中等部に行きなさい。ねっ」
梓は頑なに離れる事を拒んでいる大江遥に言った。
「やだ」
遥の答えは単純明快だった。
「あたしには、お姉ちゃんをお兄ちゃんの毒牙から守るとても大事な仕事があるの。だから、ここから離れたくないの」
頬を膨らませた遥はそっぽを向いた。
「大丈夫よ。遼二にその気があったら、とっくの昔に毒牙にかかっているるわよ」
苦笑しながら梓は遥を制していた。そんな梓と遥を差し置いて、遼二と和幸を除いた教室の生徒達は混乱していた。
「お兄ちゃんに毒牙に……何より遼二!?」
男子生徒の一人が叫んでいた。そして、叫んだ男子生徒は和幸に向き直った。
「二宮、一ノ瀬さんと藤野って一体何なんだ!?てか、中等部の子が藤野の妹ってどういう事だよ!?」
男子生徒は何度も和幸の体を前後に揺さぶった。
「酔う……酔いますから、やめてくれませんか……」
和幸は目を細め、体を揺さぶってくる男子生徒の手をつかみ、力を込めた。小さな悲鳴を上げると男子生徒は手を放していた。そんな騒動が起きている間に、梓は遼二に歩み寄った。
「これからも、よろしくね、遼二」
そういうと梓は遼二に抱き着いた。教室から一段と大きな歓声が上がった。梓に抱き着かれ、遼二は驚いていた。が、すぐに表情を緩め、笑みを浮かべた。クラスメイト達が初めて見るような遼二の笑みだった。
「ああ。よろしく、梓」
それだけ言うと、遼二は動きを止めていた。
「うん。ここまでもっただけでも上出来ですね」
フリーズしている遼二に聞こえないとわかりつつ和幸は冷やかしの声をかけていた。
「お姉ちゃんからさっさと離れるの!」
叫びながら遥が遼二と梓のもとへと歩み寄っていた。
数日ぶりに自宅に戻った藤野由梨花は、不在着信があったことに気づいた。そして、すぐさま電話をかけていた。
「思ったよりも順調に終わった。で、そっちの案件はどうなったの。いい加減、このゲームを名無しにしておくわけにもいかない」
疲れていることを隠そうとせず、由梨花は話しかけていた。
『ええ、その件については決まりました。いろいろもめましたがね。メール、見ましたか』
「まだ見ていないわね。すぐに見る。後出かけなおすわ」
そういうと由梨花は電話を切った。そして、すぐさまスマートフォンのメールを開く。
「なるほど。これなら納得できるかもしれないわね」
メール画面には、それまで空欄だった企画書のゲーム名称のところに文字が入っていた。
「ヒュードラ、か」
唇の端をゆがめながら由梨花は呟いていた。
「これから忙しくなりそうね」
ため息をつきながら笑みを浮かべると由梨花は、パソコンを起動させていた。
ヒュードラ @da74385
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