第3章 不協和音 後編
遼二の目になじみ始めた宿屋の天井が見えた。起き上がると彼は、端末を確認する。
「やっぱり、預けておいて正解だったな……」
苦笑すると遼二は辺りを見回した。いつものような笑みを浮かべている和幸、資金が減りこの世の終わりといった表情をしている遥、その遥を慰めている梓。
「で、誰が何やらかしたんだ?」
遼二は梓達を見た。
「遥が……1000コインほどもって行かれたわね」
梓が返していた。遼二は和幸に視線を移した。
「お前は?」
「……防具が擦り切れそうなんです」
和幸に言われ、遼二は首をかしげた。そして、再び端末を見る。
「武器とか防具に耐久値があるのか!?」
遼二は驚愕の声を上げた。そして、折れた剣を取り出す。それを見て、梓達は息をのんだ。そんな梓達をよそに、遼二は手持ちの防具を見る。
「こっちもだ……そんなに使ったつもりはなかったのに……」
大きなため息を遼二はついた。そんな時ドアが開いた。
「あら、あんた達ずいぶんひどい格好だけど何があったの?」
宿屋の主人が入ってきた
「ああ……少し厄介な奴に出会って。武器やら防具やらが駄目になりかけているんだ」
苦笑しながら遼二が言った。それを聞くと、しばらく宿屋の主は腕を組んで考え込んでいた。動くたびにスキンヘッドが光る。
「なるほどね……オークソルジャー達に挑んで返り討ちにあった。それに、武器や防具を更新するどころか、武器や防具を繕ったりアイテムを補充する資金にも事欠いている、と」
「そうなんだ。今のレベルで受けられそうな依頼は受けきったし、素材を売って稼ぐのも限界なんだ。モンスターが経験値しか落とさないから、どうも勝手が違って……」
困り切った口調で遼二は答えていた。
「ありきたりなことだけど、さっきの洞窟でレベリングしてきたらどうかしら?」
宿屋の主人は答えた。それを聞き遼二は勢いよく端末を操作し始め、遼二以外の三人は洞窟にいたモンスターの種類や出現の頻度などを話し始める。ただ、梓達の会話はすぐに止んだ。梓達の視線が遼二の端末に向けられる。遼二の手が止まった。そして彼は、梓達を見て首を横に振る。
「駄目だな……換金用の素材は集まるけど、修繕用の素材が追い付かない。それに、修繕とかもしながら戦うと思うから、できればここから近いところで戦いたい」
遼二に言われ宿屋の主は頭を抱えた。そして、遼二達を見て大きくため息をつく。
「方法がないことないけど、かなり危険よ。アチキはあんまりお勧めできないけど」
宿屋の主はそう前置くと話し始めた。
徐々に町から人影が消えていっている。店は計ったように閉まっていく。遼二は広場の時計塔を見上げた。
「19時……か」
呟くと遼二は飲みかけのコーヒーを飲みほした。そして、近くのゴミ箱にコーヒーの空き缶を投げ入れる。遼二は視線を和幸に移した。
「興奮するかもしれないけど、目的間違えるなよ」
和幸からの返事はなかった。遼二もそれを予想していたのか、再び視線を時計塔に戻す。
「お待たせー」
梓の声がした。その後ろには、どこか不機嫌そうな遥がついてきている。
「夜更かしはお肌の敵なのに……」
遥はつぶやいた。梓はそれを聞いて首をかしげる。そのしぐさを見て、遥は梓をにらみつけた。
「なんでお姉ちゃんは、ろくにケアしないのにそんな肌奇麗なのさ! それに……いくら食べても太らないし……!」
それを聞いて梓は苦笑した。そして、遥を抱きしめる。
「そんな怒らないの。遥のいいところは、全部あたしが知っているから」
遥が落ち着いたのを見て、梓は静かに抱きしめている手をほどいた。
「それじゃあ、行こうかしら」
梓は遼二と和幸に言った。遥は不安そうに梓の腰にしがみついてきた。
「お姉ちゃん、大丈夫なの?」
遥に聞かれ、梓は人差し指を額に当てた。そして、遥に笑みを向ける。
「大丈夫よ。他にもやっている人いっぱいいるみたいだし。それに、一晩だけよ」
「でも……モンスターいっぱい出てくるんだよね……」
時は少しさかのぼる。
「夜に町の外で戦うのはどうかしら?」
宿屋の主に言われ、遼二達はどこか馬鹿にしたような表情になった。
「あんた達、アチキの事馬鹿にしているでしょ」
「いやだって……」
「今更町の周りのモンスターだよね……」
言いずらそうに梓が言い、遥が梓を代弁していた。それを聞いた宿屋の主は不敵な笑みを浮かべた。遼二に嫌な予感がよぎった。
「とにかく、モンスターはいっぱい出てくるわよ。あとは実際に見ればわかるわ」
そう言い残すと宿屋の主は部屋を後にしていた。
町の防壁の端から二房の黒髪が飛び出していた。やがて人の顔が出てくる。
「うげぇ……」
遥は眼下を見渡し、奇妙な声を上げた。ウルフが群れを成し動きまわっており、大きなニワトリがウォーキングプラントを追い回していた。スライムと大ネズミがけんかをして、負けた大ネズミがスライムに飲み込まれる。が、次の瞬間には複数の大ネズミがスライムに襲い掛かっていた。スライムは核を残すことすらなく食いつくされる。それは、弱肉強食であるこの世界の縮図を示しているようだった。
「多すぎない……」
不安そうに遥は言った。だが、梓も和幸もやる気でいた。遥は助けを求めるように遼二を見た。遥と遼二は一瞬目が合った。だが、遼二は即座にそらしていた。
「さあ、行こうか」
遥が何か言う前に和幸が促していた。やむ負えないとばかりに遥は歩き始めていた。
荒い息を和幸はついていた。だが、息遣いとは裏腹に表情は悪くなかった。
「後は……どれくらいだ……!」
和幸は顔を上げた。街道の奥から次々と新手のモンスターがやってきた。和幸は近くにいたスライムを斬った。刀が核に当たったのか、スライムは一撃で砕け散った。続いて彼は、飛びかかってきたウルフを斬る。和幸は顔をしかめた。
(まずいな……刃こぼれがひどくなってる……)
傷が浅かったのか、ウルフはいったん飛びのいたのち、再び襲い掛かってきた。噛みついてきたウルフを、和幸は刀で受け止める。だが、ウルフは和幸を押し倒した。和幸は押し返そうとするが、ウルフの力は強く押し返すことはできなかった。
「くそっ!」
和幸は悪態をついたが、どうにもならなかった。徐々にウルフの顔が迫ってきた。ウルフの鼻が、和幸の顔に当たりそうになった時だった。飛んできた氷の槍がウルフを貫いた。和幸は安どの息をつくと、援護をしたであろう遥に向きなおろうとした。向き直った瞬間、今度は大きなニワトリ――化けニワトリが目の前に現れた。舌打ちしながら和幸は化けニワトリに向かって行った。そして、すれ違いざまに刀を一閃させた。化けニワトリの羽が何枚か舞った。そのまま化けニワトリは倒れた。
大ネズミが宙を舞った。落ちてくると同時にその大ネズミにけりが入れられた。
「まだよ。モンスターをもっとよこしなさい!」
梓はモンスターの群れに向かい叫んでいた。その声に応じるかのように、大ネズミが飛びかかってきた。梓は飛びかかってきた大ネズミをつかむと地面にたたきつけ、踏みつけた。完全に倒しきれていなかったのか、大ネズミはまだ動こうとする。が、その大ネズミをスライムが捕食しにかかった。体力がほとんどなくなっていた大ネズミは簡単に解かされる。そのスライムを梓は摘まみ上げた。
「あたしの獲物、勝手に取らないでくれるかしら」
低い声で梓はスライムに言った。そして、そのままスライムを投げる。そう遠くないところで、スライムが何かに当たった音がした。梓はその方向を見た。視線の先には、顔面がスライムでまみれたオークがいた。梓の唇の端が吊り上がった。オークはわめきたてながら梓に襲い掛かってきた。勢いよく棍棒が梓に向かい振り下ろされる。梓はそれをよけたが、完全には避けきれずかすめる。一筋の赤い線が梓の腕に残された。オークの表情が喜びに歪んだ。そのオークの顔に拳が飛んできた。だが、すぐに棍棒を梓に向かい振り下ろす。梓もまたこぶしを棍棒めがけて繰り出した。棍棒と拳がぶつかった。
「~~~~~~~~!!」
梓は声にならない悲鳴を上げた。よほど痛かったのか、力いっぱい右手を振る。梓は涙目でオークを見た。オークは笑っているように見えた。それを見た梓は悔しそうに拳を振った。その瞬間、衝撃波のようなものがうっすらと出た。梓は目を見張った。梓が動かなくなったのを見たオークが、再び襲い掛かってきた。梓は迫ってくるオークを見た。そして、呼吸を整えこぶしを横に振る。今度ははっきりとした衝撃波が生まれた。衝撃波がオークを襲う。勝利を確信していたオークは、目を見開きながら倒れた。
「これで……これでオークを倒せる!」
嬉しそうに梓は叫んでいた。梓はあたりを見渡した。だが、そこにオークはいなかった。小さく舌打ちすると梓は、手近なモンスターに襲い掛かっていた。
空の端が徐々に白み始めてきた。ゆっくりと太陽が昇り始める。太陽の光が降り注ぎ始めると、モンスター達が逃げ始めた。一晩中戦い続けた人間たちに追いかける余裕はなかった。あるものは精魂尽きたのか地面に横たわり、またある者は大きく膨らんだバックパックをあさり始め、またある者は何度か同じことをしているのか何事もなかったかのように街へと戻っていった。
「ずいぶんたまったの」
遥は持ちきれないほどに膨らんだバックパックを触りながら言った。バックパックからは、倒された化けニワトリのしっぽが飛び出していた。
「ニワトリの死体なんて売れるの? 絶対誰もひきとらないって思うな……」
遥はニワトリの死体を引っ張り出した。遼二は引っ張り出されたニワトリの死体をじっと見た。そして、いつものように端末をいじり始める。
「いや、そうでもないぞ。羽は矢に使うらしいし、肉も使える。結構いい値段で売れるみたいだ」
そういうと遼二は端末を梓達に見せた。
「ホントだ……素材は10とか20なのに、ニワトリの死体は100コインで売れるのね」
どこか嬉しそうに梓は声を上げた。
遼二達が町の外から宿屋に戻ると、笑みを浮かべた宿屋の主が待っていた。
「ね、アチキの言ったとおりでしょ」
遼二達は何度も頷いていた。
「モンスターってのはね太陽の光を嫌う習性がある。だから、夜の間はモンスターが昼間とは比べ物にならないほどいるのよ。まあ、人間にしてみりゃ建築するのにも囲いから作らないといけないから、手間と金がかかって迷惑この上ないってわけだけどね。アチキもここに宿出すのに金でずいぶん苦労したわ」
宿屋の主は遠くを見るようにして呟いた。
「だけど、おかげで助かった」
笑みを浮かべながら遼二が返していた。宿屋の主も不敵な笑みを浮かべた。
「で、話は変わるんだけど、あたしビームみたいなの出たけど、これって何?」
梓が話題を変えていた。
「ああそれは、光波術ね。この世界だと強く念じれば割と誰でも使えるわよ。普通に光波を発射したり、光波を刃物や障壁に変えたり結構いろいろできるわね」
宿屋の主の説明を、遼二達は頷きながら聞いていた。
「まあ、そのうち他の連中も覚えてくると思うわよ」
そう言うと宿屋の主は部屋を後にしようと立ち上がった。
「待って。もう一つ聞きたいことがあるけどいい?」
宿屋の主を梓が呼び止めていた。
「遥の攻撃に属性? みたいなのついているけど、こっちは何?」
宿屋の主はそれを聞いて足を止め、遼二達に振り返った。
「攻撃に属性がついているの!? そりゃまた、珍しいのがいるわね……」
驚いたような声を宿屋の主は上げた。そして額に手を当て考え込む。
「攻撃に属性がかかるっていうのは、千人に一人いるかいないかっていう割合よ。今動いている冒険者の中に十人そこらしかいないわね」
宿屋の主に言葉に遥は目を見張った。
「あたしの能力って、そんなに希少なものなの?」
首をかしげながら遥が宿屋の主に聞いていた。
「希少に決まっているわよ。アチキもうわさで聞いた程度よ。まさか、うちの宿屋に攻撃の属性がついているのが来るなんて、思いもよらなかったわね」
ため息まじりで宿屋の主は遥に言った。
「もう聞きたいこととか言いたいことはないかしら? ないのだったらアチキは管理室にもどるわね」
言い残すと宿屋の主は部屋から出ていこうとした。そして、思い出したように遼二達に振り返った。
「言っとくけど、属性ついたからって攻撃力は上がらないわよ。属性は氷だったから、相手の動きが遅くなるってぐらいしか効果はないわね」
宿屋の主が言い残した言葉に、思わず遼二達は目を点にしていた。
遼二達は、再び洞窟の前にやってきた。
「武器もいいのを買えたし防具も新調できたから、今度は楽勝ね」
ニワトリなどを売った資金で新しい武器などを買えたので、梓は機嫌がよかった。それは、和幸も同じだった。彼は、感覚を確かめるように何度も刀を鞘から出し入れしている。
「和幸は、まだあたしに借金が残ってるよ。忘れないでほしいの」
遥は和幸を制していた。そのとたん彼は、どこか気まずそうに眼をそらす。思い出したように和幸は遼二を見た。
「俺は、もう梓に返し終わったぞ」
遼二に言われ、和幸は目を見張った。そして、梓を見る。梓はにこにこしていた。
「じゃあ……借金があるのは僕だけ……」
うわごとを言うように和幸はつぶやいた。
「そりゃそうだろ。俺らよりも、ワングレード高い武器買っているんだ。防具も同じやつ買っていて、保存食も前のやつより高いの買っている。借金返さなかったらそうなるぞ」
遼二は冷めた目で和幸を見た。
「でも、1000とか2000だったら、この洞窟を攻略すれば稼げる。そうですよね」
「新しい武器を買わなかったらだ。今持ってる武器を下取りに出して、この洞窟で得た報酬と加えれば、新しいのが買えるかもな」
遼二は挑発するように和幸に言った。とたんに和幸は考え込む。
「俺の金じゃないから、好きにすればいいだろ」
洞窟の奥の開けた場所に、再びオーク達はいた。
「今度は、タイミング合わせて動くぞ。前みたいにいきなり動いて……」
オーク達を見ながら注意を促していた遼二は、後ろを振り返った瞬間言葉を止めた。
「和幸と梓は?」
遼二は唯一残っていた遥に聞いていた。遥は無言で前を指さした。その先には、オーク達に向かって行く和幸と梓の姿があった。
(あいつらは……くそっ!)
遼二は心の中で悪態をついていた。だが、何もしないわけにはいかない。舌打ちしながら遼二は剣を抜いた。和幸と梓の前線を突破したオークが遼二に襲い掛かってきた。オークの刀と遼二の剣がぶつかった。再び遼二の両腕をしびれが襲う。
(しびれはするけど……前よりひどくない)
両腕のしびれはしばらくするとすぐに引いた。遼二は体勢を立て直し、再びオークに斬りかかる。オークの振り下ろされた刀をかわすと、剣で斬りつける。オークはひるみ2,3歩下がる。それを見た遼二は追撃しようと一歩踏み出す。その瞬間、柔らかいものが全身に当たった。
「何だ!?」
遼二はぶつかってきた何かをどけようとした。ぶつかった何かと目が合った。
「あっ、ごめん。そっち行っちゃった」
梓が吹っ飛ばしたオークだった。遼二は文句を言おうと立ち上がった。その瞬間、額に氷の弾が飛んできた。遼二の体力はゼロになり、意識はそこで散っていた。
「やっちゃった……の」
遥はひきつった笑みを浮かべていた。さすがに今のはまずかったのか梓がとがめる。
「遥、やりすぎよ。てか、普通に狙い外すことなんてないわよね」
それを聞いた瞬間、遥は銃を撃った。発射された氷の弾が起き上がったオークの頭部に命中する。オークは崩れ落ちた。遥は梓の視線に気づいた。そして、気まずそうにうつむく。何をやっているのかは、遥自身がよく知っていたからだった。
「ごめんね……お姉ちゃん……あたし……」
梓には、遥が何を言いたいのかよくわかっていた。だが、梓には言葉が見つからなかった。不意に梓は誰かに肩を叩かれた。梓はその手をはじく。はじかれたことに怒ったのか、先ほどの手が梓のむき出しになった肩をつかんだ。梓は不快そうに眉をひそめると振り返る。振り返った先には、自らを指さすオークがいた。梓の目が点になる。慌てて梓は和幸が戦っていたと思われるところを見た。そこには、2体のオークがばらまかれた食料をあさっていた。
「なっ、何勝手にやられてるのよ!?」
梓は叫んでいた。その叫びを聞いたのか、食料をあさっていたオーク達が梓達を見た。梓の額に嫌な汗が流れた。梓は遥を抱えた。そして、今来た道を戻る。が、そこには見えない壁のようなものがあった。梓は額を強くぶつける。
「~~~~~~」
梓は声にならない悲鳴を上げた。痛さのあまり、梓の足が止まった。
「はにゃ!?」
下から奇妙な悲鳴が上がったが、梓にそれを気にしている余裕はなかった。梓は後ろを振り返った。思い思いの武器を持ったオークが迫ってきた。梓は遥に振り返った。
「何とかするわよ、遥!」
「絶対に無理なの!」
遥の悲痛の声は、オーク達の怒号の中に消えた。しばらくして、食料が詰められた袋が2つ地面に落ちていた。
宿屋の部屋は、重苦しい雰囲気に包まれていた。遼二は何をするわけでもなく、目の前の喧騒に聞き入っていた。先ほどから、梓と和幸が言い争っていた。それを聞きつつ遼二は端末をいじる。
「5戦目は、オーク3体を制圧するもオークソルジャーの魔法と残ったオークにより全滅。オークは1体しか残ってなかったけど、どっちがオークソルジャーを倒すかでもめてその間に全滅」
遼二は冷めた目で梓達を見ていた。言い争いをしている梓と和幸はもちろんだったが、梓と和幸の間でおろおろしながらも、遼二と目が合うと敵意を含んだ視線を向けてくる遥にもだった。遼二は小さく舌打ちすると再び端末に目を移す。
「8戦目は……もう秩序だっていないな……。斬ることと目立つことで競い合って、誤射率もどんどん上がっていっている……これじゃ勝てるわけがない」
ため息をつくと遼二は視線を上げた。
「そろそろやめたらどうだ」
ため息まじりで遼二は梓と和幸に言った。梓と和幸は、遼二に向きなおる。
「今思ったんだけどさ、遼二ってあんまり前で戦ってないわね」
梓はきつい視線を遼二に送った。
「回復アイテム送っているのは誰だ。それに、和幸も梓も目の前の敵しか見ていないだろ。援護する身にもなってくれ」
遼二はため息まじりで返していた。そして、視線を遥に移す。
「援護はしっかりしたいつもりだけど、後ろからもいろいろ飛んでくるからな」
遥は遼二に対抗するようにきつい視線を送った。だが、遼二の冷ややかな視線に負けたのか目をそらす。
「とにかく、まったく秩序だっていない。これじゃ負けるに決まっている」
遼二に言われて和幸は抗議の声を上げようとした。
「もうそろそろ、次に行きたいんだ。いい加減、オークの顔も見飽きた」
「それは……わかっている。ですが……」
和幸よりも先に遼二が続けていた。毒気を抜かれたのか、和幸の声は徐々に小さくなる。
「わかっているんだったら、いい加減勝手に前に出るのをやめろ。パーティーがパーティーの体を成していない。雑魚相手には苦戦していないけど、それは装備のおかげだ。組織立って行動する相手と戦ったら、負けるに決まっている」
遼二の辛らつな言葉に、梓達は何も言い返せなかった。
「好きにやりたいんだったら、好きにすればいいぞ。こっちも好きにさせてもらうから」
言い残すと遼二は立ち上がった。そして、部屋から出ていく。乱暴に扉が閉じられる音がした。残された梓達は、何も言うことができなかった。
町に近い街道上に、遼二はたった一人でいた。
(結局俺は、一人きりが似合っているんだな)
遼二は自嘲的な笑みを浮かべていた。街道わきの茂みが動いた。大ネズミが二、三匹現れた。遼二は剣を抜き、構えた。
(そういうえば、このゲーム始めてから常に誰かがそばにいたな)
人と交わることを拒んでいた遼二は梓達と冒険していたことを思い出すと小さくため息をついた。それと同時に大ネズミが襲い掛かってきた。
「俺はこの世界でどこまで一人でできるんだろうな」
呟くと遼二は先頭の大ネズミを切り伏せた。完全に体力を奪うまでには至らなかったのか、大ネズミは体勢を立て直すと、再び遼二に飛びかかってきた。
「邪魔」
短く言うと遼二は先ほどダメージを与えた大ネズミを切り裂いた。大ネズミは倒れ、動かなくなった。その時、端末から特徴的なアラームが鳴った。無意識に遼二は端末を取ろうとした。その瞬間、大ネズミがお飛びかかってきた。とっさに遼二は左腕で体をかばった。大ネズミが遼二の左腕にかみついた。
「っっ! このっ!」
遼二はかみついた大ネズミを振り払おうとした。二度三度左腕を振り回しているうちに、大ネズミが左腕から離れた。遼二は大ネズミに駆け寄ると、剣を突き刺した。
「後一体……どこだ?」
遼二は辺りを見回した。大ネズミは逃げ出したのかいなかった。遼二は大きく息をついた。その瞬間、左腕に鈍い痛みが走った。ネズミにかられた左腕は、変色し始めていた。
「毒か……」
他人事のように言うと遼二は、バックパックから小さな瓶に入った青い液体の毒消し薬を取り出し、一息に飲み干した。
「…………苦いな」
遼二は慌てて懐から水が入った瓶を取り出した。瓶の水を飲みほしているさなか、茂みが揺れ、低いうなり声が聞こえてきた。
「今度は何だ?」
舌打ちしながら遼二は音がした場所を見た。茂みの中から大ネズミを口にくわえたウルフが現れた。
「さっきの大ネズミか……? まあいいや」
首をかしげている遼二の目の前で、ウルフは加えていた大ネズミを飲み込んだ。そして、新しい餌を見つけたといわんばかりに遼二に向けうなりだす。
「あんまり、動物が吠える声好きじゃないんだけどな」
遼二は呟くと再び剣を構えた。ウルフが襲い掛かってきた。遼二にかみつこうとウルフは、大きく口を開けた。遼二はウルフの鼻先を切りつけた。ウルフは苦悶の声を上げながら遼二から離れた。
「逃がすか!」
遼二はすぐさまウルフの後を追った。遼二が追いかけてくるのを見ると、ウルフは再び遼二に向かい飛びかかってきた。ウルフを追いかけることに意識が集中していた遼二は、反応が遅れた。ウルフは遼二に覆いかぶさった。
「うあ!? この……離れ、ろ!」
突然のことに遼二は驚いた。ウルフは遼二にかみつこうとしたが、それよりも早く遼二がウルフの目を指でついた。先ほど以上にウルフは驚いた。すかさず遼二はウルフの下から逃れ、ウルフの胴体を深々と切り裂いた。痛さのあまりウルフはのたうち回る。遼二はとどめといわんばかりにウルフの腹に剣を深々と突き立てた。二度三度けいれんすると、ウルフは動かなくなった。
「ふうっ」
遼二は息をついた。そして、町へ向かって歩き出した。
遼二はいつもの宿屋に戻らず、別の宿屋にいた。装備を置き、落ち着くと遼二は端末を開いた。そこには、不在着信が多数入っていた。そのすべてが梓からだった。
「あっ……」
遼二は返信しようとした。が、すぐに別の画面を開いていた。
(今は、互いに冷却期間が必要かもしれないな)
ため息をつくと遼二はステータスを確認した。
(レベルは確実に上がっている。無理をしなければウルフ一体や大ネズミ数匹なら一人で戦える。オーク相手に一対一で勝てたら、話し合ってもいいかも)
次に遼二は素材を見た。大ネズミが落とした小さな毛皮やウルフが落とした毛皮が表示されている。
「換金したら、しばらくの間は乗り切れるか。貯金もあるし」
遼二はそういうと端末をベッドのわきに置き目を閉じていた。
梓はよどんだ眼をしながら和幸の後をふらふらと歩いていた。すぐわきには複雑な表情をした遥がいる。
「ねえ、遼二は戻ってくるのかしら……」
先ほどから梓の口から出てきている言葉は遼二が戻ってくるかについてばかりだった。
「たぶん戻ってくると思いますよ。そこまで馬鹿じゃないですから」
あまりの梓の落ち込み用に驚きながら和幸は返していた。
(全く……せっかく僕以外の話せそうな人ができるのに。なんで無駄にするんだろうな)
ため息をつきながら和幸は梓を見た。梓はひどく落ち込んでいた。和幸は遥に視線を移した。遥は戸惑っているように見えた。
(でも、遥は遼二に当てていたのか? ずっと前衛にいたからわからないですね……)
和幸は遥が遼二に攻撃を当てていたかもしれないということを信じられずにいた。
(お姉ちゃん……なんで……)
遥は遼二がいなくなり落ち込んでいる梓のことが信じられなかった。遥は梓に非難の視線を送った。だが、非難の視線は一瞬だった。
(でも、あたしが余計なこと言ったらお姉ちゃんに嫌われるはずなの)
遥は梓の性格を熟知しているゆえか、感情を読み取ることにも長けていた。だからこそ遥はあえて何も言わずに黙っていたのだった。
「遥……あたし、大丈夫だから」
梓は遥の視線に気づいたのか、遥に笑みを送った。ただしその笑みは弱々しいものだった。遥は何か言おうと口を開いた。その時だった。
「モンスターです」
前から和幸の声が聞こえた。遥はすぐに声のしたほうを見た。二体のオークが遥の視線の先にいた。和幸は笑みを浮かべると刀を抜いた。そして、背後を見ると一瞬笑みが消えた。モンスターが出てきているにもかかわらず、梓の動きはあまりにも緩慢だった。
「お姉ちゃん、オークだよ!」
遥は梓に叫んでいた。梓はオークを見た。その目に生気は宿っていなかった。梓が戦える精神状態でないと理解した遥はすぐに銃を構えた。すでに、オークの片方は和幸と斬りあっていた。残るオークはほとんど無防備の梓へと向かって行った。そのオークに遥が放った氷の弾が襲い掛かった。オークの動きが止まる。だが、オークの動きが止まったのは一瞬の事だった。すぐさまオークは体勢を立て直していた。
「来てるよ、お姉ちゃん!」
オークが目の前に来ているにもかかわらず何もしない梓に向かい、遥は再び叫んでいた。
「うえっ!?」
梓の口から奇妙な声が漏れた。その時には、オークは棍棒を梓に振り下ろそうとしていた。とっさに梓は棍棒をかわした。だが、完全にかわすことができなかったのか頬に一筋の赤い線が走った。その瞬間、遥の瞳孔が開いた。舌打ちしたオークが再び棍棒を振り上げるよりも早く、遥はオークの右手を狙い氷の弾を放った。オークは棍棒を取り落とした。
「お姉ちゃんになにしやがるの!?」
オークを罵ると遥は再び銃の引き金を引いた。銃口から発射された氷の弾がオークの目に当たった。オークは崩れ落ち、そのままのたうち回り始めた。遥はナイフを引き抜いた。そして、そのままオークに馬乗りになりオークののどにナイフを突き立てた。二度三度遥はナイフをひねった。オークは二度と動かなくなり、そのまま消滅した。
「お姉ちゃん、大丈夫!?」
オークが消滅したのを確認すると、遥はすぐさま梓に駆け寄り頬の傷を見た。
「大丈夫よ。ただのかすり傷だから」
梓は遥をなだめようとした。だが、遥の表情はなおもすぐれなかった。
「…………一度町に戻りましょうか」
別のオークを倒した和幸が戻って来た。梓は首を横に振った。
「お姉ちゃん、無茶しないで。いったん戻ろうよ」
目の端に涙を浮かべた遥が梓に訴えた。遥の表情を見た梓は、やむ負えないとばかりに頷いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます