第5章 ヒールを求めて 後編
朝になり、関所から町に戻ると遼二達は休む間もなくオークの洞窟に出かけていた。
「さすがに……疲れたわね……」
梓の声は疲れ切っていた。やはり疲れていた遼二は、梓をよどんだ目で見た。
「だったら、朝まで戦わなければよかっただろ」
遼二に指摘され、梓はそっぽを向いた。
「だって、素材とかほしかったから仕方ないでしょ。装備直すお金も欲しかったし」
そういい返されると遼二は黙るしかなかった。誰も何も話すことなく遼二達は洞窟に入った。
洞窟の中は、相変わらず松明で明るかった。その明るい中を遼二達は目的の場所へと進む。宝箱へと向かう分岐は、ほどなくして見つかった。
「この道を右に行けば宝箱がある。そんなに長い道じゃないから、さっさと取って帰ろう」
遼二の提案にだれも反対しなかった。そして、そのまま奥へと進んでいく。出てきたモンスターを排除しつつ歩いていくと、行き止まりに出た。宝箱はそこにあった。
「これだけなの?」
あっけにとられながら遥が言った。遼二は頷いていた。
「何もなければいいだろ。早く帰って休もう」
そういうと遼二は宝箱に歩み寄った。そして、宝箱を開ける。中には、小さな水晶のような結晶が入っていた。
「これが魔力のかけらですか?」
和幸が聞いていた。
「ああ。魔法を覚えるのに絶対にいるものだ」
端末を見ながら遼二は返していた。魔力のかけらと呼ばれた結晶を和幸はまじまじとみた。それは、見た目には簡単に割れそうなものだった。
「落としても大丈夫みたいだぞ。原理はよくわからないけどな」
そういいながら遼二は魔力のかけらを和幸に手渡した。和幸は魔力のかけらを折ろうと力を込めた。だが、魔力のかけらにはヒビ一つ入らなかった。
「硬い……何ですか、これは……」
和幸は助けを求めるように遼二を見た。
「何って、まだよく分かっていないんだ。製作陣は必要なものとしては用意したけど、それが何かっていうところまでは最低限の情報以外考えていないと思う」
遼二の説明に和幸は頷いていた。
「用も済んだし、戻るぞ」
遼二は梓達に言った。誰からも反論はなかった。
町に帰った時は、夕方に近かった。遼二達は急いで魔法屋と呼ばれる店へと駆け込んだ。魔法屋は建物の外観は武器屋などと変わらなかったが、商品らしい商品は置かれていなかった。巻物がショーケースに入れられて飾られているという不思議な店だった。しかも、ショーケースに飾られている巻物のほとんどには準備中と書かれていた。遼二は興味深く巻物を見ている梓達を置いて、カウンターに歩み寄った。
「あっ、いらっしゃいませ」
魔法屋の主人は巻物を読みながら、夢の世界へと旅立とうとしていた。旅立つ寸前で遼二に気づいたのか慌ててカウンターに散らばっていた巻物を片付ける。
「変なこと聞いて悪いけど、ここって誰か来てるのか?」
店主が余りにも暇そうにしていたため、遼二は思わず聞いていた。
「お客様方が今日初めてのお客様です」
作り笑いを浮かべながら店主は返していた。
「そう、か。ヒールが欲しいんだけど、時間はかかりそうか?」
遼二は引きつった笑みを浮かべた。そして、魔力のかけらと夜光草を取り出す。
「確か、薬草ってここで売っていたっけ。3つ売ってくれないか?」
遼二は店主に聞いていた。店主は困った顔になった。
「その……言いにくいのですが、薬草は今売り切れていまして……」
店主に言われ遼二は目を見張った。そして、梓達へと振り返った。
「薬草ってどこに生えてるの? 自生しているやつってあるわよね?」
梓に尋ねられ、店主は両腕を組んだ。
「薬草でしたら、このあたりにも生えています。端末に送りましょうか」
ほどなくして遼二達の端末に、薬草の画像が送られて来た。遼二達はそれぞれの端末を眺める。ユリに似た花が端末の画面に映し出されていた。
「これが薬草か……近くの街道にも生えているんだな……」
端末を見ながら遼二は呟いていた。
「すぐに採れそうだな」
遼二は梓達へと振り返った。
「明日になったら薬草を探しに行こう。今からじゃたぶん日が暮れる前に見つからない」
時計を見ながら遼二は梓達に言った。
「夜になったら探すの無理だろ。ライトとか買うのにも金かかるし。そんなところに使うほど資金に余裕はないはずだ」
遼二はなおも何か言いたげだった和幸に向け、くぎを刺していた。和幸は一瞬眉をひそめていた。遼二はそれを見逃さなかった。
「あのな、俺ら昨日寝ていないんだぞ。お前以外の全員疲れているんだ。分かるだろ」
遼二は和幸から視線を移した。遥の足元はおぼついていなかった。その遥を梓が支えていた。和幸は遥の様子を見てしぶしぶといった様子で頷いていた。
「それにしても、なんで薬草が売っていなかったのかしら?」
遥のベッドサイドに座った梓が聞いていた。遥は疲れていたのかすでにベッドの中で寝息を立てていた。
「たぶん……RPGでよくある理不尽な品切れじゃないのか? ほら、イベントでいったん品切れになっていたものを取ってきたり、流通の障害を取り除いたりしたら再版されるっていうやつだ」
遼二の説明を頷きながら梓は聴いていた。
「だから、俺達が薬草を見つけたらたぶん店にも入るようになると思う」
遼二は言いながら端末を立ち上げると、薬草を見た。
「これって、毒持ちとかじゃないよな」
遼二は梓と和幸に聞いていた。梓は人差し指を額に当てた。
「あたし達の世界のユリはたぶん毒持ってなかったわね。この世界のは知らないけど」
梓に言われ遼二は安どの表情を浮かべていた。梓は立ち上がった。
「どこに行くんですか?」
疑問に思った和幸が尋ねていた。
「日記書きに行くの。見られてもいいやつと、絶対見られたくないやつの二冊書くから時間かかるわね」
言い残すと梓は日記帳を荷物から取り出すと部屋から出ていった。
「ここって、梓と遥の部屋だったよな」
梓が部屋を出ると思い出したように遼二は呟いていた。
ゲーム内時間の翌日、遼二達の姿は街道にあった。遼二の手には4つの薬草が握られて。
「わかっていたけど、全然最後の一つが見つからないな……」
ため息をつきながら遼二はつぶやいた。そして、街道わきにある小高い山を見た。
「山に入らないと見つからないかもしれないわね」
梓が遼二に声をかけていた。遼二は無言で頷いていた。そして遼二は端末を見た。端末には注意の文字が映し出されていた。
「何だこれ?」
遼二は注意と書かれた文字を押した。文字を押すと、豚のような生物が端末に映し出された。
<ツチブタが凶暴化しています。山に入る方はご注意ください。雑食で何でも食べます>
遼二は首をひねった。そして、ツチブタと呼ばれる生物の情報を確認する。
「どうですか」
心配半分興奮半分といった様子で和幸が遼二の端末を覗いてきた。
「ツチブタは確かに小型の動物を食べはする。でも、ウルフにはかなわないらしいから、何とかなるんじゃないのか?」
ツチブタのステータスを確認しながら遼二は和幸に返していた。それだけ聞くと和幸は興味を失ったように視線をそらしていた。
山の中は、ところどころ草が抜かれた跡があった。
「駄目だな、近いところの薬草は全部取られている」
舌打ちしながら遼二はつぶやいた。
「薬草って意外に高いのよね。50コインもするし」
苦笑しながら梓が返していた。そして、近くの木を見た。梓は眉をひそめた。
(ずいぶん木の実がなってるわね……。木の実を食べる動物が増えなかったらいいんだけど……。てか、このゲームに食物連鎖の概念ってあるのかしら)
梓は木の実を手に取った。そして、木の実を下に落とす。落ちた瞬間、近くにあった小さな穴から大ネズミが出てきて、木の実にかじりついた。
「邪魔よ」
梓は眉をひそめながら大ネズミを蹴り飛ばした。蹴り飛ばされた大ネズミは、近くの木の幹に当たり、そのまま動かなくなった。大ネズミに死骸に、岩陰から現れたスライムが待っていたかのようにまとわりついた。大ネズミの死骸がスライムに消化される様を梓は見届けることなく遼二達の後を追おうとした。その時だった。ウルフの吠え声が聞こえた。
「お姉ちゃん……」
梓のもとへとやってきた遥が不安そうに梓にまとわりついた。
「大丈夫よ。獲物を追いかけているみたいね。あたし達には関係ない……」
梓が言いかけた時、ウルフと思われる動物の声が大きくなった。そして、動物の声は止んだ。梓と遥は首をかしげながら顔を見合わせた。そして梓と遥は、視線を先頭を歩く和幸へとむけた。和幸の足は止まっていた。先に追いついていた遼二も何かに驚いていた。差にかを悟った梓はできるだけ音を立てないように遼二と和幸のもとへと歩み寄った。そして梓は目を見張った。大きな茶色い豚のような生物が、ウルフの死骸を食い荒らしていた。
「厄介なところにあるな……」
目を細めながら遼二は呟いていた。梓は遼二の視線を追った。遼二の視線の先には薬草が生えていた。
「あの猪みたいな豚がツチブタですね。どうします?」
和幸が遼二に聞いていた。
「どうするって、行くしかないだろ」
首を振りながら遼二は言った。
「でも、お兄ちゃんさっきツチブタはウルフよりも弱いって言ってたの」
遥に指摘され、遼二は言葉に詰まった。だが、すぐに首を横に振った。
「あくまで端末の情報は、一種の基準でしかないんだ。現実の世界だって、草食獣が肉食獣を食べたっていうのもあるだろ」
遼二に言い返され、今度は遥が黙る番だった。遥が黙ったのを確認すると遼二は視線をツチブタに戻した。
「さっさとやっつけて薬草とって帰ろう」
遼二は周りを見た。梓と和幸は頷いていた。遥も渋々といった様子で銃を構えた。
「撃つけどいいの?」
遥は遼二に聞いていた。遼二は無言で頷いていた。遼二が頷くのを確認すると遥は銃の引き金を引いた。発射された氷の弾は、ツチブタの胴体に命中していた。ツチブタから甲高い悲鳴が漏れた。ツチブタは辺りを見回した。そして、人間四人の姿を見つけた。ツチブタは遼二達に向かって突進してきた。ツチブタに再び氷の弾が放たれた。今度の氷の弾はツチブタの頭に命中していた。ツチブタは倒れた。が、まだ完全に仕留め切れていなかったのか、のたうち回っている。遼二と和幸はのたうち回っているツチブタに襲い掛かった。ツチブタの体に剣と刀が振り下ろされた。今度こそツチブタは動かなくなった。
「ツチブタ消えないですけど、大丈夫ですか、これ」
和幸がどこか不安そうに端末を見ながら遼二に尋ねていた。
「大丈夫だ。ツチブタは回収できるらしい」
端末を見ながら遼二は和幸に返していた。
「ニワトリみたいに肉採れるし、革は鎧とかの材料になるらしい」
補足するように遼二は付け足した。
「で、大きな獣とかのしまい方だが、バックパックの入れ口をしまいたいものに近づけると収納されるみたいだ」
遼二はバックパックをツチブタの死骸に近づけた。ツチブタはバックパックに吸い込まれていった。その様子を見て遼二の目が点になった。和幸達も呆然としている。
「バックパックって、どういう構造になってるの?」
ひきつった笑みを浮かべながら遥が梓に言った。梓も苦笑しながら首を横に振るばかりだった。そして、思い出したように薬草を見た。
「そうよ、薬草よ。あたし達、これ採りに来たのよね」
梓に指摘され、遼二は慌てて薬草に駆け寄りバックパックに入れた。
遼二達は薬草を持つと再び魔法屋へと駆け込んだ。
「えっ!? 薬草って再入荷したの!?」
魔法屋の素材棚に薬草が並んでいるのを見て、梓は驚愕の声を上げていた。
「その……緊急の入荷分が先ほど入荷しまして……」
魔法屋の店主が申し訳なさそうに謝っていた。
「RPGの理不尽なイベントだな」
遼二は淡々と梓に声をかけていた。梓は小さくため息をつくとカウンターから離れていった。
「じゃあ、今度こそヒールの魔法を頼む」
遼二は魔法屋の店主に注文していた。
「では、手数料として五百コインいただきます。すぐに準備をしますので、少々お待ちください」
言い残すと店主は店の奥へといった。しばらくすると、店の奥からバチバチという大きな音が聞こえ始めた。遼二はもとより、ショーケースの巻物を見ていた梓達も何事かとカウンターへと駆け寄ってくる。
「何やってるの!?」
不安を隠そうとせず遥が、遼二に聞いていた。遼二も何が起きているのか分からず、ただ首を横に振るばかりだった。しばらくすると今度は雷が落ちるような音がした。音はそれっきり何も聞こえなくなった。店の奥から店主が何事も無かったかのように出てきた。
「えっと……魔法を作るときっていつもその雷が落ちた音とかがするのか?」
ひきつった笑みを浮かべながら遼二は魔法屋の店主に尋ねていた。魔法屋の店主は頷いていた。
「では、手数料の五百コインをお願いします」
手数料と聞いた瞬間、梓達に驚愕の表情が浮かんだ。遼二は小さく頷くと端末を出し、レジに触れさせた。
「いや、値段書いてあったの見てなかったのか?」
呆れながら遼二は梓達に聞いていた。梓達は慌ててショーケースを見た。
「全体回復の手数料は五千コインもするのですか!?」
「敵全体への攻撃魔法って、一万コイン近くもするんだ……」
ショーケースに書かれている値段は高かった。それを梓達は呆然としながら見ていた。
「これに必要物品もかなりいるんだ。だから、このバイトが終わるころになっても絶対に買うことはできないだろうな」
値段のわきに書かれていた必要なアイテムの一覧を見ながら遼二は呟いていた。梓達もアイテムの一覧をみた。そして、言葉を失った。
「洞窟にもぐったり、魔法屋で魔法素材作ってから魔法を買わないといけないやつまであるの……。こんなの今じゃ絶対に無理なの……」
ため息混じりで遥が言った。遼二は魔法店の店主を見た。店主は笑みを浮かべていた。
いったん町の宿屋に戻った遼二は、もらった巻物を開いた。そして、その途端巻物が消えた。
「消えた……本当に覚えているのか、これ?」
遼二は端末を見た。ステータスの魔法の欄にはヒールの魔法が書かれていた。
「これでできることが増えるな。アイテム代も節約できるし……あとは魔法が通る範囲か」
呟くと遼二は立ち上がった。そして、装備を確認する。
「武器も防具も修繕したし、アイテムも十分な数がそろった」
遼二は宿屋の部屋の外に出た。そこには、梓達が待っていた。
「そろそろ行くの?」
梓が遼二に訊いてきた。遼二は無言で頷いていた。遼二は端末を取り出そうとした。
「リザードマンの巣穴は、二階層あるわよ。あと、ボスキャラのグループで魔法使ってくるから、注意しないといけないわね」
遼二が何か言う前に梓が解説していた。遼二は慌ててのどまで出かかった言葉を飲み込む。遼二の視線の先には梓が笑みを浮かべていた。
「あたしだって考えてるわよ。それに、次のダンジョンが終わったらお別れでしょ」
梓の言葉の最後のほうはどこか寂しそうだった。遼二も何かを悟ったのか、口をつぐんだ。沈黙がその場を覆った。
「とにかく、次のダンジョンを攻略するの。後の話は、それからすればいいの」
遥が沈黙を破った。遼二達もそれに頷いていた。
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