水と花

ぴちょん。


冷たい。


滴る雫が瞼を叩いて目を覚ます。

跳ね起きようとした私は、額を強打した。

「ぃでッ!?」

倒れこんだ耳元で水がバシャンと飛沫をあげる。

指先でなにか柔らかいものを潰した。

暗い。

それに酷く狭い。

どうも真四角の立ち上がることすらできない空間に、私はいるらしかった。

倒れたせいかシャツがぐっしょりと濡れている。

この水、実際どれぐらいあるのだろう。

天井に手をつく。

このままの体制でも十分に手がつく。

やっぱり低い。

手に力を込めても、天井はびくともしない。

一体どこなんだろう。

酸素は大丈夫なんだろうか。

・・・眠ってしまおうか。

いや、開いたときに死んでいるとでも勘違いされては困る。

天井が軋む。

「おまえはまだ匣に閉じ込められたままなんだね」

上から声がする。

天井に誰か座っている。


こん。


正面の壁を誰かが蹴った。

靴の踵がみえたから、座ってるやつが蹴ったんだ。

心臓が浸るまで水が溜まってきた。ひんやりする。

「なあ」

私は上にいるやつに声をかけた。

「ここからだして」

「無理だ」

・・・。

『嫌』じゃなくて『無理』、か。

「『どうして』とは聞かないんだな」

「・・・この匣はがぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼ」

水が内蔵に詰まっていく。

頭の先が水に埋まった。


「・・・ああ」

尻が浸水しはじめたので重い腰をあげる。

今頃匣の中の彼は匣製の海に沈んでいることだろう。

「母なる海は気持ちいいかい?」

狭い狭い水槽で自らを埋めて埋めて埋めて。

ごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼ。

空虚な彼は、その虚ろの全てを水で埋めることにしたのね。


誰もが泣いてもがいて苦しいこの世で

泣き縋るあなたが、また匣を開ける。

匣の中に、花弁と共に散らばるばらばらの身体がある。

あなたは水に浮かぶ首を掬いあげ手にとる。

開く睫毛から玉が転がり落ちる。

薄く色づいた唇がほんのりと弧を描いた。

「ほう」

あなたは泣き崩れた。


首は笑った口のまま水を吐いた。


「わたしがうめてあげましょうか?」わたしをうめて

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涅槃の求道者 @nishiki_dan

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