毛玉

ナンカ憑いてる。

もさもさした毛のような、霞の如くぼんやりとした小動物のようなものが、信号待ちしてるやつの肩にいるなあと思っていた。

最近はペットを肩に乗せたまま移動するやつもいるのか。

全く漫画やフィクションじゃないのだから、幾ら大人しいだなんだ言っても管理はしっかりしてほしい。首輪も付けていないんじゃ、逃げ回ったときどうするつもりなんだか。

「!よう。お前中学の時の」

「え。」

そんな非常識野郎がまさか己の知り合いとは。

俺の知る世界の生き物ではないソレを抱えた人間が、俺と楽しげに対峙しやがる知り合い。


嫌だなあ。


うん。嫌だ。

若しかしたら、世の女性が可愛いと囃し立てそうな毛玉は、知り合いの肩にちょんと乗ったまま微動だにしない。

可愛かろうがなんだろうが、得体の知れぬものは嫌だ。

なんだろう、コイツ。

兎かな。耳の生えた、ハリネズミ。

眼の、大きな。


「でさ、今度矢吹と呑みいくのよ。お前も来ないか。」

「はは。いいねえ。是非行くよ。」

「決まり!じゃあそん時連絡してやるよ。」

「おう。連絡先、ほいよ。」

「サンキュー。」


以前の職場で使っていた名刺を渡した。

ほとんど使っていないメール番号が書いてある。

此奴、癖は変わっていないらしい。


「最近肩が凝るんだよ。」


だろうな。

重そうには見えないけど。

ヤツはまだ肩に乗っている。


「じゃあな。」


「ああ!それじゃまた。」


また、会えるものならソレを落としてから会いたいものだ。

ああいう毛玉のどこがいいのだろう。

俺にはとんとわからないな。


ガタン、ゴトンと揺れる車内には毛玉の影も形もない。

夕刻に照らされた、疲れ顔でカクンカクンと首を揺らす女性のスカート。

清潔感のある、白のスカート。

毛が、付いていた。


駅に着いた。俺は女性から目を離し、向かいのドアが開くのを待った。

ドアが開く。

毛が、ふわりと舞った。

動物は俺には飼えそうにないな。

きっと、スーツによく付く。


ガタ。


「ただいま。」


「おかえり。」


「え。」


まだ電気は点けていない。


玄関に鎮座する毛玉。


「とめて。」

え。


此処は俺の家だ。

賃貸の俺のマンション。

得体が知れない。此処は俺の家なのに。


嫌だ。


ソレの不気味に大きな目玉が、ぎょろりと反転した。

裏返った先の目玉も、黒かった。

首に当たる部分がぐにゅんと曲がって、俺の顔を覗き込む。


「とめて?」


「…わかったよ。」


泊まれば、帰れよ。

ソレは俺の肩にぼすんと乗ってきた。


ぐぐ


ぐぐぐ


ぐぐぐぐ


ソレが俺の肩にのしかかってきた。

どんどん、どんどん重さが増していく。

「ぷぎゅぐゅぐぎゃぐぷくる」

ああ、これは動かないよな。重いよな。

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