第5話「私は結婚したかった。だから結婚する」
酔っぱらいが見ず知らずに求婚し、受け入れられる可能性は限りなく低い。
しかし、結論から言えば、紆余曲折、時間的換算にしておよそ二年を経た後、水子は結婚することになった。お相手は例のサラリーマンである。二人は結婚式を挙げることになった。
「結婚式は準備大変ですから頑張ってくださいな」
「実感なう」
「何かあったら相談に乗りますよ。人生墓場アドバイザーですから」
ゲリラ豪雨はメロンソーダフロートをくるくるとかきまぜる。品の良い喫茶店内の席はほどほどに埋まっており、それぞれがそれぞれの人生をしていた。
水子が愚痴をこぼしたとおり、挙式に必要な準備は実に多岐にわたる。式のスケジュール、食事の内容、音楽や写真などの小道具の準備、招待者の選定、二次会の調整、受付の依頼、お車代などの準備、エトセトラエトセトラ。これらを全て日常生活の合間にこなさなければならないのだ。名字の変更に伴い諸々の手続を取らなかったことに加えて、さらにたくさんの決定をしなくてはならないとは、と水子は嘆息した。
「結婚式ってなんでするんでしょうね。楽しみですけど不安ですよ」
「あれは茶番ですよ。なんの意味もありません。だけど、あなたたちのために茶番に付き合い、祝福してくれる人がいること、それこそが貴くて喜ぶべきことなのです」
水子はブラックコーヒーを口にする。幸福のように苦かった。
「私は」と水子は口を開く。「私は正しかったんでしょうか。私はあの人を愛しているのだと思います。思いたい。けれどもそれが、私の感情が正しいなんて保証、どこにありますか? 私は結婚したかった。だから結婚する。そこに愛情が挟まる必要性はないわけですよね。紐帯は愛じゃなくてもいいわけですよね。だから不安なんです」
「愛なんてものは結果の美称にすぎませんよ。不安とかなんとかぬかしおりますが、結局結婚しようがしまいが不安なんでしょう。なら何も変わりませんよ」
「不安の質が違います。今の不安は相手に対して不誠実じゃないかって不安なんです」
「そんなこと死んでから考えればいい話であって、今のあなたに必要なことは目の前の現実を謳歌することです。それが誠実ってやつですよ」
「言いますね」
「人生墓場アドバイザーですから」
ゲリラ豪雨は笑った。つられて水子も笑った。
「そういえば、新しい名字なんでしたっけ?」
「田中です」
「平凡ですね」
「そうですね、でも悪くないです」
○○○
水子は結婚した。
そして挙式した。それは素晴らしい結婚式だった。本当に素晴らしいかどうかは、個々人の評価基準によるべきであり、完全無欠な素晴らしさを有していたと断定することはできないが、少なくとも素晴らしいと感じた列席者がいたことは事実だった。
さて。
人生において本当に語るべきことは少ない。
だからそれからの大海原水子について長々と語ることに意味はない。価値はない。だってただの人生だから。
ただ、もしかしたら彼女が幸せであったかもしれないし、そうであったとしても不思議ではなかった。
素晴らしき結婚 ささやか @sasayaka
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