第六十七話 洞窟探検・中編(ラビエス、パラの冒険記)

   

「アルデント・イーニェ・フォルティシマム!」

 俺――ラビエス・ラ・ブド――の隣で、パラが魔法を放つ。得意の火系統、それも第三レベルの超炎魔法カリディガということは、最初から出し惜しみはしないつもりなのだろう。

 ならば、俺も。

「ヴェントス・イクト・フォルティシマム!」

 今度は様子見ではないので、超風魔法ヴェントガを唱えた。

 そんな二人の魔法士の間を、マールが駆け抜ける。

「ラビエスもパラも、魔法の無駄撃ちは控えなさい!」

 と言い捨てて、敵に斬り込んでいく。

「いや、無駄撃ちというわけじゃなく……」

 俺としては、的確な判断で五匹のモンスター全体にダメージを与えた、という認識だった。おそらくパラも同じはず。

 一方、

「ずるいぞ、マール! 待てと言われたから、待っていたのに!」

「俺たちも行くぜ!」

 リッサとセンの武闘家コンビも、モンスターに突撃。

 こうして、接近戦が始まった。


「まずは、それぞれ一匹ずつ! 先にランスゴブリンを仕留めるわ!」

 後ろから来た二人に指示を出しながら、マールが炎魔剣フレイム・デモン・ソードで、ランスゴブリンに斬り掛かる。

「おう! 了解だぜ!」

「ラゴスバット・クロー! ラゴスバット・クロー! ラゴスバット・クロー!」

 センとリッサは言われた通り、それぞれ別のランスゴブリンの相手をする。鉤爪を使うリッサはともかく、センは素手でランスゴブリンと渡り合っているのだから、いやはや凄い話だ。

 ……などと、他人事のように見ている場合ではなかった。

「ヴェントス・イクト! ヴェントス・イクト! ヴェントス・イクト!」

「アルデント・イーニェ! アルデント・イーニェ! アルデント・イーニェ!」

 俺とパラは、残りの二匹――騎士ナイトゴブリン――に、それぞれ風と炎を浴びせていた。全体攻撃ではなく単体攻撃であり、俺が右側、パラが左側の騎士ナイトゴブリンを狙う。

 連発も可能にしたいので、また、牽制の意味合いが強いので、敢えて第一レベルにとどめている。ランスゴブリンと戦うマールたちが横から攻撃されないよう、タイミングを見計らいながら魔法を放つようにしていた。

 だが、いくら弱い魔法とはいえ、ほぼ休みなく続く攻撃だ。食らった騎士ナイトゴブリンの方では、少しずつダメージが蓄積していくはずだった。

 加えて。

 後ろを振り返る暇はないので、この目で確かめたわけではないのだが……。

 どうやらヴィーも、『珊瑚の槍』で援護してくれているらしい。

 俺やパラが狙う騎士ナイトゴブリンに対して、何度も電撃が飛んできたのだから。


 そうこうしているうちに、三匹のランスゴブリンは全滅。

 続いてマールは、俺が担当していた騎士ナイトゴブリンに斬り掛かり、センとリッサは二人がかりで、もう一匹に向かっていく。魔法攻撃と電撃で、既に二匹とも、かなり弱体化させられた後だったので……。

 強敵であるはずの騎士ナイトゴブリンも、案外あっさりと倒されるのだった。


 戦い終わって。

「あれが騎士ナイトゴブリンか……。ランスゴブリンは相手したことあるが、騎士ナイトゴブリンは初めてだぜ」

 額の汗を拭いながら、センがボソッと口にした。

 特に誰かに対しての発言というわけでもないようだが、一応、俺は返事しておく。

「俺たちも、まだ数えるほどしか遭遇していないモンスターだな。東の山脈で出会っただけだよ」

「しかも、山を登る時だけね。帰りは、もうモンスターは出なくなっていたから」

 と、俺の言葉を捕捉するマール。

 それを耳にして、

「確かに、東の山脈では、手強てごわいモンスターも多かったですね。騎士ナイトゴブリンだけでなく、急降下鳥ダイブ・バードとか鉄錆吐息ラスト・ブレスとか……」

「おお、そうだぞ。鉄錆吐息ラスト・ブレスが同時に三匹も出てくるなんて、後にも先にも、あそこだけだったろう?」

 パラやリッサも、思い出話に花を咲かせ始めた。

 賑やかな女たちのお喋りを尻目に、センは俺に少し近寄り、

「やっぱり東の山脈って、噂通り、かなり高レベルのモンスターが出現する場所だったんだな。その脅威が消えたのもラビエスたちのおかげってことなら、感謝しないといけないぜ!」

 と笑いながら、バンと背中を叩く。手荒い『感謝』の表現だ。

「いや、そこまで言われるほどじゃないが……」

 一応、俺は謙遜してみせたのだが。

「ふむ。本来ならば、そうしたモンスターを排除することこそが、私を護衛するという任務のメインだったはず。だが魔法士を含まぬ貴様たち三人では、騎士ナイトゴブリンを相手するのは苦労したのではないか?」

「そこは追求しないでくれよ、ヴィーさん」

 ヴィーとセンが言葉を交わすのを見ていると、少しはセンの気持ちも、わかるような気がするのだった。


 洞窟は平坦ではなく、内部の通路は、少しずつ下へ降りていく感じだった。

 つまり、外から見えた岩山が洞窟全体を覆っている、というわけではなかったのだ。あくまでも入り口だけであり、洞窟そのものは、地下に広がっているらしい。なるほど、もしもあの小さな岩山が全てならば、とても浅い洞窟ということになってしまうだろう。

 そうやって、潜るように進んでいくと……。

 次に遭遇したモンスターは、ウィスプ系の集団だった。

「ヴェントス・イクト!」

 俺の風魔法――しかも最弱レベル――で、緑ウィスプたちは逃げていく。

 ただ一匹、黒ウィスプだけが残ったが、

「アルデント・イーニェ・フォルティシマム!」

 パラの超炎魔法カリディガを食らって、あっけなく消滅した。

 黒ウィスプは、ウィスプ系モンスターの最上級であり、魔法攻撃にも少しは耐性がある、と言われているのに。


 二度の戦闘の後。

 続いて俺たちが出くわしたのは、モンスターではなく宝箱だった。

「おお、ここにも宝箱はあるのだな」

「当然でしょうね。この洞窟は、ダンジョンなのだから」

 喜ぶリッサに、冷静な言葉を投げかけるマール。

 確かに、彼女の言う通りだ。

 一般的にダンジョンと呼ばれる場所には、モンスターがいて宝箱も転がっている。しかも不思議なことに、回収されて空っぽになった宝箱の中身も、倒されていなくなったモンスターも、しばらくすると復活する。それがこの世界におけるダンジョンの仕組みであり、逆に言えば、それが当てはまる場所をダンジョンと定義しているわけだが……。

「……いや、ちょっと待て」

「どうしたの、ラビエス?」

 マールが俺の呟きに素早く反応して、不思議そうな顔を見せた。

 別に皆の行動を止めたかったわけではなく、自分の思考に対する『待て』だったのだが……。まあ、いいや。ついでに、彼らにも説明してしまおう。

 俺は彼女だけでなく、仲間の顔を見回しながら、言葉を続ける。ゆっくりと、口に出すことで、自分の考えを整理しながら。

「ネプトゥウ村の人々は元々、ここがダンジョンであることを知っていたよな? でも『龍神の宝珠』のおかげでモンスターは出なかった、と言っていたよな?」

「そうですね。それは、確かに私も聞きました」

 俺の発言を肯定するパラ。彼女だけでなく他の者たちも、口には出さないものの、頷いている。

「モンスターが出なかった、と言えるのは、この洞窟に何度も入ったからだよな?」

「そうね。そもそも、龍神祭は『龍神の宝珠』を拝みに行くお祭りだ、って言ってたし。おそらく村のみんなが、一度は洞窟に足を踏み入れてるのでしょうね」

 今度はマールが、同意の言葉を口にする。

 ならば……。

「それじゃ、次の疑問だ。洞窟に入った彼らも、今の俺たちのように、宝箱を見つけたはずだよな? 彼らは、どうしたと思う?」

「それはもちろん……。あっ!」

 何かに気づいたような顔で、パラが小さく叫んだ。


 要するに。

 村人たちは、モンスターが出ない平和なダンジョンで、宝箱の中身だけ回収できたわけだ。しかもダンジョンというシステム上、時間が経てば中身は復活するのだから、いくらでも取り放題、という話になる。

 ならば龍神祭云々とは無関係に、ネプトゥウ村の人々は、この洞窟に足繁く通っていたのではないだろうか。何度も繰り返せば、このダンジョンで宝箱が回復する時間を見定めることも容易だろうし、その後は、タイミングを見計らって定期的に通うようになったに違いない。


「そう考えると……。このダンジョンって、ネプトゥウ村の財源になっていたのかもしれないわね」

 苦笑しながら、俺の話をまとめるマール。

 彼女に対して頷きながら、あらためて俺は考えてしまう。

 レスピラからネプトゥウ村の話を聞いた時は、龍神祭を客寄せにした観光収入がメインの村なのかと思ったが……。実際には、別の意味で龍神様の恩恵に預かっていたらしい。

 ちなみに。

 今回の宝箱に入っていたのは、小額の金貨。これは旅費に充てさせてもらおう、ということで、ヴィーに預ける形になった。


――――――――――――


 ラビエスさんをリーダーとして、私――パラ・ミクソ――たちは、洞窟を進んでいきます。

 完全な一本道ではないのですが、迷うほど複雑な分岐は存在しません。枝道は少し歩いただけで行き止まりになるので、そこで戻って別の道を行けば大丈夫。特に困ることはありませんでした。

 遭遇するモンスターは、ゴブリン系とウィスプ系ばかり。こちらからの最初の一撃だけで逃げ出してしまうような、低レベルの雑魚モンスターが中心です。

 これでも私たち四人は、魔王軍幹部どころか魔王すら一人、倒していますからね。RPGゲームとは違って数値化されないので実感は湧きませんが、かなりレベルアップしているのでしょう。

 そこに、さらにセンさんとヴィーさんも加わった六人パーティーです。モンスターに恐れられても不思議ではありません。……と自分で言い切ってしまうと、少しこそばゆい気持ちにもなりますが。


 モンスターが出てくるだけでなく、宝箱も結構たくさんありました。中身は金貨やポーションばかりなので、標準的なダンジョンなのではないでしょうか。ラビエスさんやマールさんほどダンジョン探索の経験はないので、あくまでも想像に過ぎないのですが。

 そうやって、モンスターと戦ったり、宝箱を回収したりしながら、奥へ奥へと進むうちに……。

 なんだか、ゾワッとした感覚がありました。あの東の山脈での事件くらいから、私もモンスターの気配は何となくわかるようになっていましたし、この洞窟でも、ゴブリン系やウィスプ系と出くわす時には、ちゃんと気配が読めていたのですが。

 どうも、少し違うのです。気のせいかもしれませんが、川で遭遇したサハギィ系モンスターとも違うような……?

 ちょうどリーダーであるラビエスさんが隣を歩いているので、声をかけてみましょう。

「ねえ、ラビエスさん。この気配って……」

「パラにもわかるのね。ええ、そろそろだわ」

 ラビエスさんより先に、後ろからマールさんが応えてくれました。ラビエスさんは、苦笑いっぽい表情で、黙って頷いている様子です。

 そして、まもなく。

 少し道が左に曲がった辺りを過ぎて、視界が開けた途端。

 それが見えてきたのです。

   

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「冒険者って何ですか?」――元ウイルス研究者の異世界冒険記―― 烏川 ハル @haru_karasugawa

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